第2話
厄介事に巻き込まれるのを承知でその場で相手を待ち構えていた和範と八重香。相手を極力警戒させないように戦闘体勢をとる事はせずに、普通にベンチで一服をして待つ。
公園にかけられている術に気付いていない鈍い術者を、演じる事に決めたのだ。
そうして待つうちに、和範と同じ歳ぐらいの美少年と25歳ぐらいのチンピラ風の青年が100mくらい離れた所に現れて、術を打ち合いながら戦っている。どうやら戦いに熱中するあまり、此方にはまだ気付いていないみたいだ。おそらく和範が、戦意を全く出さずに普通に座っているだけだったのが効を奏したのだろうが、この公園にかけられた術の使い手が全く気付いていないのも少しおかしい。まして、この公園は術の行使者が追い込み場として設定していたのだからこの場の出来事はある程度把握しているか、近くに伏兵か、監視者でもいると思っていたのだがその様子もまるで無い。
不審に思ったので、和範は八重香と相談してみる。
(八重香、立位置から考えれば、多分俺と同じ位の年頃の少年の方が、公園に術を仕掛けた方だと思うんだが…25歳程の男の方はまだしも、此方に少年の方までもが気付いてないのは少しおかしくないか?
仮に、複数の者達の合同でこの追い込みをしていたのだとして、そして少年がただの追い込み役だったとしても事前に俺という不審者の情報ぐらいは周りに張っている者達が携帯なり無線なり、あるいは術なりで知らせるもんだろ?
だが、少年に気付いた様子は無い。これはどういう事だと思う?)
(そうじゃのう、二人が現れてから改めて周囲を探ってみたが、あの少年を補佐できる位置どころか、1分以内に駆けつけられる位置にすら術者は居らぬ。この事から複数での行動の線は除外して良かろう。
となると、あの少年が単独でこの狩りをやっている事になるのじゃが、少年が妾達に気付いた様子は無い。
と言う事は、どうやらこの術には、結界内の情報が分るようには出来ておらんようじゃな。
まあ、見たところお主と同じ位の年頃じゃし、それ程大した経験が無いのか、もしくは、今回は何らかの事情で仲間となってくれる相手がいないのではないのか?
それならば一応は説明がつくしのう。)
(あ~、それじゃあ、つまり、公園に掛けられていた術には、俺達がここにいた事は誰かに伝えたりする機能は無い。
また、周囲にも特に伏兵や監視者の存在も無くて俺達の存在を知るものは誰もいないと言う事か?)
(そういう事になるのう…更に付け加えるなら、妾達が通る帰宅通路は監視カメラなどが存在する通路を避けているから、後日にその方面から調べられても、妾達の存在は浮かび上がってこんじゃろうしのう。
つまりはそういう事じゃ。)
それならさっさとこの場から逃げていてもよかったかなぁ、と少しだけ後悔する和範と八重香だった。
が、こういう幸運はそうそう有るものでも無いので、それを当てにした行動は命取りになりかねないから、仕方ないかと思い直したのだった。
和範と八重香が相談していた間、少年とチンピラ風の青年(めんどくさいのでこれ以降はチンピラ男と呼称)は、術による戦闘を目まぐるしく続けていた。
とは言っても、術を使っていたのはチンピラ男だけで、少年は回避を主に行っていただけだが。
「喰らえッ! ファイア・アロー」
ボウンッ! ヒュヒュッ!
チンピラ男の掛け声と共に、直径5cm、長さ20cmくらいの火の矢が二本ほど少年に向って射出される。
矢の速度はそれなりだが、決して避けられないほどの速度でもなく、また単純に二本同時にただまっすぐ進むだけだ。
なので少年は軽やかに矢を避ける。それに対してチンピラ男は、軽く舌打ちした後、再度術による攻撃を行う。
「ちっ! ならこれでどうだっ!
チェイス・オブ・ファイア・ボール」
ボッ! ビュンッ!
今度は、直径10cmくらいの火の玉が1つだけ少年へと射出される。速度は矢と比べてだいたい7割程度の速度だ。
矢も避けた少年だ、それより遅い火の玉を避けるのは、簡単だろう。が、文脈から考えれば、この火の玉が、どのような特性を持つかが分ったのだろう。先程よりも明らかに大きな距離をとって火の玉を回避する。
だが、火の玉は、そのまままっすぐに、少年のいた場所を通り過ぎてしまい、少年を追跡する気配が無い。
単なる術の失敗かと思っていると、4mくらい過ぎた辺りで方向転換して、少年へと向っていく。
意表をつくにしても、少し妙だなと思ってチンピラ男を見ると、チンピラ男は必死に何かを念じているようだ。そこから、この術がどんな特性を持つ術なのか理解できた。
だが、そうなると…
(普通、そういう場合は追跡を意味する、チェイス、じゃなくて、操作を意味する、オペレイト、か、ハンドル、って言うんじゃないのか?
仮に、支配や制御の意味まで入れたとしても、コントロール、だよな…
まあ一応、手動での追跡ではあるけど…)
(そうじゃのう。
相手を惑わす為に態と嘘をついたのなら、それはそれでいいのじゃろう。
が、あのチンピラの動向やらを観察する限りでは、ただ単純に英語を間違えただけのような気がするのう…)
(だろうなあ…。
一見した所だと、ただの頭が悪そうなチンピラだけど、実は、可哀想なくらい頭が悪いチンピラなんだな。)
などと、心の中で言い合う。
その間も、チンピラ男は火の玉を操作し続けていたが、少年もその術が、どんな特性を持っているのかを見破ったらしく、無詠唱の術でチンピラ男を攻撃する。
ゴッ!
少年から、風塊がチンピラ男に放たれる。
チンピラ男の術とは一線を隔した速度で飛来し、チンピラ男を吹き飛ばす。それと同時に、火の玉は、あらぬ方向へと飛んでゆき、小さく爆発する。
ボンッ!
やはり、自動追跡ではなく、単なる遠隔操作の術だったらしい。
…それにしても、これまでの戦闘を見ただけでも、少し判明した事がある。それは、少年がチンピラ男よりも、かなり強い事だ。そして、同時に思う。何故さっさと決着をつけないのか? と。
だが、その答えもすぐに、わかる事となった。チンピラ男を吹き飛ばした後、少年が和範の方をチラッと警戒をした目で見たのだ。おそらく、和範の介入を警戒して、踏み込んだ攻撃を行っていないのだろう。
一撃で止めを刺すほどの、深い攻撃をすれば、当然それなりの隙となる。和範は、そういった攻撃こそを待っていたのだが、どうやら少年には、見抜かれていたらしい。それに、あまり手の内を知られたくない、と言う側面もあるのだろう。
まあ、相手は大した実力も無いチンピラだ。牽制程度の攻撃でも、充分に勝てると判断したのだろう。
だが、減らせる戦力は減らすべきだと、和範は思うのだが、ここいら辺は考え方の違いなのか、それともチンピラ男を舐めきっているのか…
おそらく、後者であろう。その浅はかな思い込みに和範は少し失笑する。
そして、八重香もまた「戦いを甘く見ておるな…」と、念話で同様の感想を告げてきたのだった。
相談の時間は15秒にも満たなかったが、二人の術者の戦いには少し動きがあったようだ。
先程からチンピラ男が使用している短詠唱の術では少年を捉える事が出来ない事を悟ったのか、少し距離を取った後、威力も効果範囲も短詠唱の術とは比べ物にならない(ただし、八重香は詠唱などせずとも、詠唱をした時とほぼ同等の威力をほこる。)正式な詠唱による術を行使する。
「大いなる四大が1つ、イグニスのエレメントを司るVulcanよ、汝がフォースを眼前の愚者に示せ。」
ボオオォォォッ!!
詠唱によってチンピラ男の体から今までの青年が使っていた術とは明らかに桁違いの莫大な熱量を持った炎が吹き上がる。そして、吹き上がった炎の一部がまるで生き物のように動いて、チンピラ男の左手へと集まっていく。
「うおりゃああぁぁぁぁぁああ、いくぞっ!!
ボルカニック・イグニスゥゥゥゥッ!!!」
ゴウンッ!
チンピラ男の左手から直径1m程の炎弾が少年に向って放たれる。
ドゴンッ!
炎弾は狙いを外す事無く少年へと直撃した。
そして、間を置く事無く、更に炎の一部が今度はチンピラ男の右手へと集まってゆく。
「おりゃああぁぁぁああ、もういっちょおぉぉ。
ボルカニック・イグニスゥゥゥゥッ!!!」
ゴウンッ!
今度は、チンピラ男の右手から直径1m程の炎弾が少年に向って放たれる。
ドゴンッ!
またも、炎弾は少年へと直撃する。それを一瞥した後、チンピラ男は、己の体を取巻く半分以上まだ残っていた炎を両手へと集めてゆく。
「そして、これでとどめだああぁぁぁぁああ!!
スパイラル・ボルカニック・イグニッションンンンン!!!」
最後に、チンピラ男は両手を組み合わせて頭上に掲げた後、台詞の終わりと共に、振り下ろす。
すると、
グウオオォォォオオオンン!!
チンピラ男の組み合わされた両手から螺旋状の炎のドリルとでも言うべきものが、未だ先程の炎が収まらぬ少年の立っている場所へと突き刺さる。
ドゴオオォォォォオオオンン!!!
盛大な破裂音と共に、爆炎が湧き上がったのだった。
「く、は、ははっ、は、ははははははははははははっ!!
くははははははははははははっ!!」
長詠唱の術を全て少年が、避ける事無く喰らったのを見て、チンピラ男は、狂ったように笑い続ける。今まで自分が、少年に良いようにあしらわれていた自覚があるのだろう。ゆえに、術を全て喰らわせた歓喜は一押しと言った所か…
「俺の10ある必殺コンボのうちの1つを全て喰らったんだ。これであのガキも、今頃は跡形も無く吹き飛んだか黒焦げになったかのどちらかだろうな。
どちらにせよ、もうくたばったな…
やれやれ、まだ15歳くらいのガキを殺すのは少し心が痛むもんだぜ。
でも、ガキよ、てめえが悪いんだぜ?おとなしく俺様を見逃すなり、さっさと降参するかヤラレルなりすりゃあ、命だけは助かったのによう。
ま、中途半端な実力で俺のような別格の実力者に挑むのがどれだけ無謀極まりないのかと言う事を学べたんだ。良い授業になったじゃねえか。尤も授業代はてめえの命になっちまったようだがなぁ?
くはははははは。」
チンピラ男は自分の詠唱術の威力によって、未だもうもうと土煙が立ち込める術の着弾地点、つまりは敵対していた少年の立っていた場所に向って、自分が殺した少年を嘲る言葉を吐きながら、自分の勝利に酔いしれるのであった。
かーたろうです。いきなり戦闘へと突入している人達です。ですが、チンピラ男の詠唱は、かーたろう自身が適当に考えたものなので、あまり突っ込みを入れないでください。この後の展開は見えてますが、そこはまあお約束ということで。