第1話、第一章
相馬和範も15歳になり、神月高校の1年生へとなっていた。
中学の時に驚くべき事があったが、その後は少し変わった事がいくらかあったぐらいで、それほど大きな事件には出会わなかった。
何故なら、八重香と事前に相談しあっていた事なのだが、そういった厄介事に巻き込まれた場合などは、今後の生活の事なども考えた場合、厄介事の関係者に身元なども知られない方が良かろう、と言う結論に達していた。
よって、そういう事に巻き込まれたりした場合にはその予兆を感じた段階で変装をしていた事もあって、その後は身元がばれたりして不都合に巻き込まれたりする事もなく平穏無事に過ごしてきた。
ただし、不良にからまれると言ったような小さな厄介事に巻き込まれた数などを考えれば厄介事に巻き込まれた数はかなりの数になる為に、今や変装の腕前はかなり熟練してしまっている。
尤もそのおかげで、学校や家族にもそういった事に関わっているとは気付かれていない為に、その間、学校生活や家族との家での生活は普通に過ごす事が出来ていた。そしてその裏、というか夕方や休みの日などは、今まで通り術や身体能力の上がった体を使いこなす練習をしていた。
ただ、別に和範は妖怪や悪魔と戦う退魔士(八重香のような存在がいるので、和範は多分いると考えているが遭遇した事は無い。ただし、術者らしき存在とは戦った事がある。)や俺より強い奴に会いに行くといった感じの格闘家では無いので、感じとしては毎日の部活でもしている感覚でそれらの修行を行っていた。
だが、軽い感じでも10年近くも続けていれば、それなりのものになる。本人の才能も重なり、そういう術やら妖怪やらが暗躍する世界においては、彼は八重香の力を借りなくても、一流とも呼べる程の術者に成っていたのだ。
そして、五月も末の今日、それの一端を知る事になる。
そう、厄介事の始まりはいつだって個人の意思など無視して襲い掛かってくるものなのだ…
その日和範は、いつものように学校へ向っていた。
公立校なのに、私服が着れるので中々いい学校だ。
途中で会う友人に挨拶をしたり、雑談を始めたりと平和そのものだ。
この事は学校についた後も変わらずに、まさしく普通の学生生活を送っていた。
「よう、おはよう。なんか話し合っているけど、何の話をしてるんだ?」
「おう、相馬か。昨日のドラマの話をしていただけで、そんなに大した事は話して無いさ。」
「そうだよ、あれに出てくる女優の話で盛り上がっていたんだよねー?」
「あははは。たしかに、あれには綺麗どころばかりが大勢いるからなぁ。」
などと和範も加えて、ドラマの話でひとしきり盛り上がるのだった。
この、平凡極まりない雑談に和範は心の中で、
(ああ、やっぱり、こういう何気ない会話こそが幸せの証なのだなぁ…)
と、感慨深く考えていると、八重香が此方もしみじみした口調(?)で、心の中で語りかけてくる。
(まさしくその通りじゃのう。
何の因果か知らぬがお主の周辺は意外とろくでもない事が起こるからのう…。)
(…言っとくけど、俺は別に騒動を引き起こしたりはしてないからなっ!!)
「話は変わるけど、最近の番組は、クイズや食べ物関係のものがかなり多いよなぁ~」
(それは、お主と共に行動しておる妾もよく理解しておるわい。
じゃが、お主自身が望まぬとも、厄介事に巻き込まれてしまっておるからのう…何と言うか、勝手に厄介事の方からお主に近寄ってくる、騒動招来体質とでも言うべき体質じゃしのう。)
「そういや、かなり多くなっているよなぁ…なんでだろ?」
(そんなのは、厄介事の方にでも言ってくれ。断じて俺が呼び寄せているわけじゃないからなっ!!)
(本当にそうなのかの?
もしかしてお主、何か怪しげな術でも使ったりはしてなかろうな?)
(そんな術は使った覚えはまるでないからなっ!
…俺がというより、八重香の方こそ妙な術を使ったりしてないだろうな?)
「んん~、多分その手の番組は金が余りかからないからじゃねえの?
最近は不況だし。」
(んっ! お主、妾を疑うのかや?
幼き頃より可愛がっていたお主に疑われるとは…妾は悲しいぞっ!!)
「そういや、昔に比べてCMが異様に多くなったよなぁ。
前は15分に一回だったのが今は5分に一回の頻度だし。」
(いや、単なる冗談なんだから、そんな泣き真似しなくても…)
「金出してる企業の宣伝を全部しようと思ったらそんぐらいの頻度にはなるだろ。
今じゃ番組1つを丸々一企業だけで買える企業なんて無いだろうから、どうしても複数の企業で番組1つを買ってるだろうしなぁ」
などと、念話で八重香と話をしながらも、周りの友人達との何気ない会話も平行して楽しむ和範。
そうこうしているうちに朝のホームルームの時間になり、担任である武倉教師が教室に入ってきて騒がしい生徒達にピシャリと一喝。
「これより朝のホームルームを始める。
騒ぐのはこの辺までにしなさい。」
担任の声は決して大きな声ではないが、不思議な威圧感をもって教室に響き渡る。
担任の見た目は身長175cmでオールバックにした髪形と眼鏡をかけた50代の実直そうな初老の老紳士と言った感じだ。
そして、その性格もまた見た目を裏切る事無く、実直そのもの。
それだけだと生徒に敬遠されがちだが、生徒の問題にも親身に取り組んでくれるので生徒の評判はかなり良い。
そして、それを証明するかのように彼にはちょっとしたあだ名がついていた。
そのあだ名を生徒達が口を揃えて言う。
「「「「「「分りました、師匠っ!!」」」」」」
それを聞いた担任はヒクリと頬を引きつらせ、和範の方をジト目で見るが、もはや何を言っても無駄と思い直して受け流す。
そう、この「師匠」と言うあだ名を最初に言い始めたのは実は和範であった。
元々は、和範と街の不良とのいざこざに担任が仲裁に入ってきた事が始まりだった。教師が入ってこようが関係なく不良どもは突っかかってきて、しかも必要は無かったのだが和範を庇おうとした担任が殴られてしまったのだ。流石に自分を助けようとした担任が殴られたので教師の前でも関係なく不良どもを力づくで制圧したのだが、それが担任には遺憾な行動であったらしい。
その後、ああいう連中はナイフなど持っているかもしれず危険だから大声で助けを呼ぶか、その場から逃げるべきだと諭され、挙句暴力だけで片付けられる程人生は甘くない、と後半は人生談義にまで発展した。
和範の方も、自分を気遣って説教しているのが態度から分ってしまうゆえに黙って延々と説教に付き合わざるをえなかったのだ。
説教後は特にお咎めも無しに開放されたが、人生談義までされて長時間の説教に付き合わされた和範が、次の日の朝のホームルームでちょっとした意趣返しで人生の師匠と言う意味で呼んだ「師匠」と言う担任の呼称が事の成り行きと共にクラスメイトに知れ渡り、あだ名として定着してしまったのだ。
尤も、クラスメイトに知れ渡っている内容では、不良どもは担任に全員のされた事になっている。
面白がった和範が誤解し易い言い方をして事実を誤認させる方向に持っていったのだ。
そのせいか、生徒を助けた部分では生徒の尊敬を得たが、7人もの不良を一方的にのした事になっているので恐れられてもいる。最初は事実を必死に説明したり、あだ名で呼ぶのを止めるように説得していた担任も最近では諦めたようだ。そして、生徒の親愛とおふざけの篭った言葉を受け流して担任はホームルームを進行していくのだった。
ホームルーム終了後、次いでその日の授業へと入っていった。
その後の授業も特に変わった事も無く、午前の授業、昼食、午後の授業と過ぎてゆき、帰りのホームルームが終了すると共に皆がそれぞれ、その後の行動へと移る。
終了後すぐに各々の部活へと赴く者、あるいは教室に残りだらだらと雑談に興じる者、そして街へと繰り出す為に仲間達と共にさっさと学校を出る者、または和範のようにする事も無い為に帰路へと着く者と皆其々だ。
そこまでは本当に平穏無事な一日だった。
異変は放課後の帰宅途中で起こる事となった。
和範は、いつもの帰宅経路を通って、自宅を目指していた。
自動販売機でジュースを買って一服する為に、帰宅経路の途中にある公園に立ち寄る事にした。
だが、公園に入って暫くして、微かに妙な気配を感じたので不思議に思っていると、八重香が、この気配に関して話し掛けてくる。
(和範よ、この周囲一帯は、薄くではあるが何らかの術の影響下にあるぞ)
(どんな術で、どこが中心なんだい?)
(多分人払いじゃの。
中心は少し離れた所にある。かなり薄い気配じゃから、気付くのに少し時間がかかったのじゃ。
気配の薄さと非力さからして普通の一般人にしか通用しない術じゃと思うがのう…)
(じゃあ、もしかしてこのままこの公園にいると自分はただの一般人ではありませんと態々公言しているようなものなんじゃないかい?
さっさとこの場から離れた方が良いんだろうけど…現時点でそれをするのは少し危険かなぁ?)
(おそらくの。
この術、一般人は寄せ付けぬようにしっかりと出来ておるが、反面少しでも術を扱えるような者相手には何の効果も無いように出来ておる。
まあ、余程感知能力に長けた者でない限り気付くのには時間がかかるじゃろうし、場合によっては術がかけられているのを知った後でも気付けないほど弱い術じゃ。精緻じゃが非常に薄く効果も低い為に気付くのに時間がかかってしまったのう。
もう少し早く気付ければ逃走と言う手段も取れたのじゃが、少し遅かったかのう…)
(仕方ない、この場で出くわす事を前提とした対処手段をとらせてもらうとするか。)
と八重香と相談しつつ、一服していた。
確かに、いつもは子供が遊んだり、その付き添いの親が世間話をしていたりと何人かは居るのだが今日は一人もいないようだ。明らかに普段の様子と異なる公園の様子に警戒はするものの、公園を取巻く薄い気配の出所がどの方角からくるものなのか判断がつかないために下手に動く事も出来ないでいた。
普通に考えれば来た道を戻れば良いと思うだろうが、妙な気配が既に生じていたと言う事は、術者が事前に術を使っていたと言う事だ。
おそらく術者はこの公園で何事かをなす為に今現在は別の場所から公園に向って来ている。
この公園は追い込み場であって、極端な話どの方向から追い込まれるのか分らないし、場合によっては回り込みながら術者が来る可能性もある。
事前にこんな術を施してある以上ここに誰かが立ち入ったのは相手にも知られているだろうし、追撃戦で逃げ切れる保証も無い。
ならば、下手に動いて相手と予期せぬ遭遇をするよりかはこの場で待ち構えていた方がマシだろう。
そして、相手に遭遇する事を前提とした対処法として変装を行う。伊達眼鏡を掛け、術で水を少し出した後それで髪をオールバックにする。こうするだけで和範の印象はかなり変わり、家族ですら別人だと勘違いするのだ。
だが、念のため、さらにハンカチを二つに裂いた後それを頬の内側に放りこみ、さらに化粧用の鉛筆で眉を少し太くし、付け黒子も顔に施す。
そうやってもとの面影を完全に消す。
そして簡単だが余程の事が無い限り見破れない変装を施した後、すぐに和範が荒々しい気配が近づくのを感じたのと同時に、八重香が真剣な声で警告の声を上げる。
(和範よ!近くで何者かが術を行使して戦っているようじゃぞ!しかもこっちに近づいとる。
気を付けよ!)
(確かに妙な気配を感じるな。
変な事に巻き込まれないうちに逃げるか…と言いたいけど、こりゃもう手遅れだな。
罠に近付いたんで狩人がもはや気配を隠す事も放棄して獲物を猛烈な速さでこの公園に追い込んでやがる。)
(そうじゃの…今更逃げようとすれば悪い意味で目立ってしまうのう。
それにこれだけの罠を仕掛けている術者が周囲に伏兵を配置していないと言う事もおそらく無いから、下手に動けば奇襲を受けかねん。
幸い変装は終えとるんじゃし、周囲の気配を探ったところだと、ここに来るのは二人、しかも敵同士じゃから追われとる方を味方につければ何とかなるじゃろ。仮に追われとる奴が何の役にも立たないような雑魚でも、それではそれで捨て駒として有効活用できるじゃろうしのう?)
(そうだな、ろくでもない事に巻き込まれるのも今回が初めてというわけではないし、今まで何とかなったんだから、今回も何とかなるに決まっているさっ!
と、でも思い込んでやる気を出す事にしようか。)
そして、八重香との話を終え、暫く相手が来るのを待っているうちに、そいつらは転がりでてきた。
ようやく、第一話に入りました。プロローグが3つにもなってしまったことは反省すべき点です。今後とも見捨てることなく閲覧してくださるようお願いいたします。