第33話 放課後の悪霊退治
いきなり夏から冬へといたったような今年。急激に寒くなってきました。
風邪やインフルエンザには気をつけてください。
「髏・亞・亞・亞・亞・亞・亞ー!!!」
地獄の奥底から響いてくるような恨みと悲嘆に満ちた叫び声を上げている曲霊。
その姿は一言で言い表すなら、どす黒いモヤのようなものだった。それだけでも決してまともな生物などではない事が窺えるだろう。
そして、その細部に目を向ければ常人なら下手をすると失神するような醜悪な姿をしている。それは、黒いモヤの中に浮かぶ無数の目と口という姿。
その目の一つ一つが恨みがましげに和範と真理子を睨みつけ、その口の全てが悲哀に満ちた呪詛を撒き散らしている。
それもまた問題だった。
その睨みつける目の一つ一つが邪視としての効果もあるのだろう。和範や真理子には全く通じないが、並みの術者ならその一睨みでかなりの霊力を削がれているはずだし、常人ならそれだけで死にかねない。
また、口から吐かれている呪詛によって周りのコンクリートや木材が加速度的に風化したり腐れ落ちている。
現世に有るだけで世界を壊してゆく存在。
和範は、この半年ほどで何度も見たが、その度に感じる。
こいつらは、現世に有ってはならない存在だと。
同時に、現世にいる事を許されない儚い存在でもある、と。
尤も、儚かろうが何だろうが眷属にでもするわけでない以上、和範がこいつ等にしてやれるのは祓い清める事だけだ。
理性や本能が些少でも残っているなら説得や威圧も通じるだろうが、ただ狂っているだけの目前の曲霊にはそれらは通じない。
説得も威圧も無視して生者への怨念に突き動かされ此方に襲い掛かってくるだけだ。
と言うか、既に襲われていた。
「髏・亞・亞・亞・亞・亞・亞っー!!」
バシュゥゥゥゥウウ!! ズサァァアアアア!!
曲霊が、その体から細く黒い触手のようなものを伸ばして此方に攻撃を仕掛けてくる。
それを和範も真理子も素早く避けたので怪我などは無かったが、さっきまで二人がいた辺りは曲霊の触手に触れただけで砂となって崩れ落ちる。
…いやいや、ちょっと待て。依頼内容の曲霊の情報と随分違わなくないか?
そう内心で首を傾げた和範は、これはいったい? と言う思いを込めて真理子の方を見やる。
すると、真理子も同じ心境であったのか似たような思いを込めて和範へと視線で問うていた。
ゆえに、確認の意味も兼ねて八重香も含め言葉を交わす。
「おいおい、依頼内容だと曲霊の力は死霊の中位程度の実力だったはずだけど?」
「ええ、どうやら依頼内容よりも曲霊としての位が高まっているようですね。この曲霊は間違いなく悪霊の中でも中位に位置しています。神の階級で言えば下位の方とは言え、下級二位に位置していますよ。」
「以前に見た死霊の中位程度とは、纏うとる呪力に大きな違いがあるのう。…じゃが、どこか妙な気配のする曲霊じゃのう…」
「妙な気配って、どこがだい?
真理子も何か感じるか?」
八重香の言葉に出た妙な気配が分らぬ和範は、八重香と真理子の二人に尋ねる。
「いえ、私には感じ取れませんが…」
「どこか、と言われてものう…。何となく全体的に変、と感じるだけじゃからのう…」
その歯切れの悪い返答に和範が意見を述べる。
「でも、こいつら曲霊って元々変な存在だろ?
偶々初めて会う型の曲霊だったんじゃないのか?」
「まあ、たしかにの。だが、依頼内容と違う状況に変わりは無いしのう。原因次第では酷い目に遭うやも知れぬぞ?」
「そうだよなぁ。これって、依頼内容の記載間違いかな?
それとも八重香の感じた妙な気配の結果かな?」
「依頼内容の記載間違い、の線は薄いと思うのですが……」
「だよなぁ~。一般の人に被害を出すのはお役所が一番避けたい事だろうしな。」
そんな事を話しながら、三人は三日前に受けたばかりの依頼内容に思いを馳せたのだった。
〈高天原神月支部。三日前〉
その日、和範と真理子は珍しく高天原の支部に訪れていた。
通常、依頼の受注は発注などと違って、態々支部の窓口までいく必要は無く、インターネットや携帯のメールなどでも行う事が出来る。また、依頼に関する情報や通達事項などもそちらで得る事が出来る。
勿論、和範と真理子も普段はそちらを利用しているが、その日は直接訪れる必要があった。
ここ一月ほどで溜まった澱みの浄化に対する報酬を精算する為だ。
依頼終了の報告を入れれば、支部の者が現場確認をした後報酬が振り込まれる普通の依頼と違って、澱みの浄化は身分証明書も兼ねた札を支部の受付に提出して中の情報を確認してからでないと報酬は支払われない。その上、札が持つ澱みの報酬の保存機能は一月分ほどの容量しかなく、過ぎた分は抹消されてゆく。だからこうして報酬の精算の為に月に一回くらいは支部へと顔を出す必要があるのだ。 そして、和範が札を出しつつ告げる。
「すみません、澱みの報酬の精算をお願いします。」
「はい、承りました。団体名は…っ!? 霜霊水…って、あの上級術者ばかりの?
…しょ、少々お待ちくださいませっ!?」
「りょーかい。それと、落ち着いて落ち着いて。」
「は、はいっーーーー!!」
随分と慌てている受付に新人さんか、と内心で呟く。
そして、前の受付の人は産休を取るとか言ってたな、と思い出す。
そうこうしているうちに精算も終わり、報酬を振り込んでもらい、その明細書を受け取る。
もう帰るかな? と思った和範だが、ふと、依頼案件が張られた掲示板が目に入る。久方ぶりに掲示板から依頼でも探すか、と張られている依頼案件を見回す。
和範と真理子が受注する依頼はとにかく近場のものが多い。
二人共学生だし、家族に心配を掛けたくないので放課後に済ませられる依頼を受注している。
偶に休みの日を利用して遠出する時もあるが、それでも県内からは出ない。
余程の難依頼でも無い限り、特に依頼に関して頓着はしない。
そんな感じで依頼を見回しているうちに、通学路の近くにある依頼を見つけて、これにするか、と資料の提供を求める。
「この依頼の詳細な資料が欲しいんだけど、お願いできますか?」
「は、はいっ! ちゅ、ちゅぐにお持ちいたします。」
「………だから、落ち着けっての……」
その後、受付の人はパソコンのデータの中から情報を探していたのだが……
「え~と、それじゃないし、これでもない。…これも違うし…何でどこにも無いの~。どうしよう……ああっ!
そうだった、曲霊関係の依頼の資料はこっちのファイルに保管していたんだった。早くしないと~…ううっ。
って、よく考えたら、最初から依頼番号を打ち込んでいたらすぐに出せたんじゃないの?
あ~、私の馬鹿ぁ~。」
受付から聞こえてくる涙声混じりの声に和範と真理子はお互いに顔を見合わせてこの人が受付でこれから先大丈夫なのか? と、本格的に心配になった。その後もドタバタとした音が響いてきたが、ようやく資料が見つかったのか受付の人が渡してきた。
「え、え~と、此方が依頼番号1757の資料になります。良く確認した上、受注するのであれば団体名を記入して下さい。」
●廃屋に出現する曲霊の浄化(依頼番号857)
・所在
神月市花倉町二丁目174-3(紙面裏部に周辺地図を記載)
・報酬
30万円 (必要経費込み)
・備考
〇月×日に支部の術者による探査術で確認した時点での曲霊の力は死霊の中位程度。
人間の被害者は現在までに出ていないが、動植物に影響が出ているもよう。
曲霊の実力から下級下位の術者には受注を認めない。出来るなら中級以上が望ましい。補足として下に術者と曲霊の実力を相対的に示したものを記載する。対応する位置以上が受注要件。なお、神格者は技量とは関係無しに受注可能。
曲霊: 死霊下位 → 死霊中位 → 死霊上位 → 悪霊下位→
術者:下級下位 → 下級中位 → 下級上位 → 中級下位 → 中級中位→
曲霊: 悪霊中位 → 悪霊上位 → 妖霊下位 → 妖霊中位 → 妖霊上位
術者:中級上位 → 上級下位 → 上級中位 → 上級上位 → 高級下段 → 高級上段
と、資料を確認し「これでいいか?」 と、真理子に聞くと、「構いません」という返事があったので受注をする。
そして、この後に、偶々会った担当官から悪徳商法を行う術者の通達を受けたのだが、ここら辺は和範が聞いていなかったので割愛しよう。
とにかく、これが、三日前の高天原神月支部での出来事の詳細なのであった。
そんなこんなで三日前の事を思い出した三人は思わず似たような事を囁きあう。
「…あの受付の小娘が入力した情報なら、単なる打ち間違いじゃないのかや?」
「…なんか、俺も入力間違いのような気がしてきたんだけど……? っと、水霊っ!」
「…奇遇ですね、私も間違いの可能性が圧倒的に高いと判断してしまいました。はぁっ、風霊っ!」
「髏・亞・亞・亞・亞・亞・亞!!」
和範と真理子は囁き合いながらも曲霊の攻撃を捌きつつ短い言霊で術を曲霊に叩きつける。
ドゴッ! ゴウンッ!
術は狙い違わずに曲霊へと叩きつけられて、術による痛手を被った曲霊が苦痛(?)の叫び声を上げる。
「うぃ・り・り・り・り・り・り・りぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーー!!!!」
曲霊は叫び声を上げながら八つ当たりとばかりに周りの物に手当たり次第に黒い触手を叩きつける。
だが、少し離れた位置にいる和範と真理子に届くようなものでもないために、その行動は単なる隙を作るだけの無駄な行動でしかない。当然、和範も真理子もそんな曲霊の隙を見逃したりするような事はせずに、ここぞとばかりに攻め込む!
「ひふみよいむなやこと。神法をもって我、汝に支配下へ下る事を命ず。水霊の存在よ、我を守る鎧と化せ。水霊纏鎧!」
まずは、和範が速度重視を考慮して汎用の方の術で発現させた水霊纏鎧を纏って曲霊へと接近戦を挑む。こうする事で先程から暴れまわっている曲霊をその場に留めると同時にその力を極力削ぎ落とし、弱体化した曲霊に対して真理子の術で止めを刺す。無論このまま和範一人でも浄化は可能だが、これは連携の訓練も兼ねている。その為に前衛役兼囮役を和範がやっているのだ。
そして、その事を証明するかの如く、この程度の曲霊に対しては些か過剰な霊力に満ちた真理子の呪歌が高らかに響き渡る。
「千磐破 蛇の神へと 乞ひ祈むる 枯れ行く地へと 恵み与へと。
呪歌をもって我、汝に支配下へ下る事を命ず。綿津見と志那都の存在よ、集いて水の矢と化し、敵を射貫け。水霊纏矢!(×5)」
真理子の詠唱が終わり近くになる頃には和範も術に巻き込まれないようにその場から素早く飛び退く。そして、和範が飛び退いた直後、上位の言霊によって紡がれた術は出力も見事に安定した状態で発現し、その威力のままに曲霊へと放たれる。
尤も、曲霊ははちゃめちゃに暴れていたおかげで、軌道から外れる事が出来た。
しかし、ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!
全ての水の矢が曲霊の動きに合わせて、自動で軌道修正しながら突き刺さる。
「ギャシャアアアアアアァァァァァ………………………」
そして曲霊は断末魔の声を上げて消えてゆくのだった。その足下に奇妙な物体を残して………