第31話 第二章開始 あれから半年近く経ちました。
お待たせしました。
物語の中だけでなく現実でもまさしくサブタイトル通り、実質的な第一章終了から半年近くたってしまいました。
本当にすみません。
「起きてください、主様。そろそろ訓練の時間ですよ。」
と、誰かに体を揺さぶられるが和範はいっこうに起きる気配は無かった。そこに別の者が声をあげる。
「どいておくが良い真理子。いつも言ってるようにこ奴はこれ位せんと起きぬぞ。」
その声の後、タンッ!
と何かから飛ぶ音が響き、そして、ドムッ! と鈍い音が響く。すると、
「ぐはっ!」
という呻き声と共に和範がのろのろと起き上がる。
「お、おはよう~…真理子。それと、毎朝素晴らしい起こし方する八重香も。」
そう朝の挨拶を二人に返した後、大きくノビをして本格的に起きる。
「じゃ、西の庭でいつもどおり術の訓練に入ろうか。」
「はい。参りましょう。」
「お主が一番遅かったんじゃがの。」
そして、いつもの早朝の日課である術と体術の訓練をこなしに西の庭へ行くのだった。
まず体術の組み打ちから始める和範と真理子。
向かい合って、そして真理子が先制攻撃を仕掛ける。
「はっ!!」
鋭い呼気と共に、繰り出される流麗な拳打。
それを、真理子とは違った無駄の多い、ぎこちない体捌きで避ける和範。当然隙だらけなのだが真理子はそれを突かず、あえて一歩下がる。するとそこには非常に分りづらい角度から放たれたどこか力んだ前蹴が真理子の体先を下から上に通過し天頂に至った後、すぐにそのまま振り下ろされる。もし隙を見てそのまま突っ込んでいればこの蹴りを喰らっていたし、この蹴りを避けた後に突っ込んでも同じだっただろう。
それを見事に避けた真理子に対して和範は特に動揺もせずに追撃に掛かる。その追撃はどこかちぐはぐな印象を受ける動きだった。
一連の攻撃の流れに無駄な力が入っていて妙に見切りやすいのだ。今も追撃として放たれる拳打は、ほんの少しだが大ぶりで、顔面を狙おうとしているのが鋭い者には何となく察せられる。そう、それなりの使い手には見分ける事は何とか可能なのだ。
だが、真理子は顔面ではなく、右鎖骨付近で右腕を肘の動きだけで回転させ…ドムッ!
と鈍い音がして和範の拳打を受け流す。
そう、顔面を狙っているはずなのに、拳打は何時の間にか右鎖骨付近を狙っていたのだ。誤った見切りを相手にさせる攻撃。これは和範が新しく考えついた戦い方だった。
元々正当な体術の才能では真理子に劣っていた和範が、その差をどうにかしようと考え、そして考えた末に辿り着いたのが、無駄な動きを逆に利用する事だった。
無駄な動きを極限まで省き、最短最速流麗を目指すのが武の奥義の深淵なら、和範の思想は真逆。あえて無駄な動きを取り入れて相手に此方の動きを読ませつつ、実は相手を間違った解法へと導くという邪道な戦い方。
分りやすくいうと、攻撃の一連の流れ全てがフェイントなのだ。
つまり其々の体の各部位や攻撃の際に出る気配において、無駄を強調する部分、無駄をそれなりに抑える部分、無駄を極力抑える部分の三つを、攻撃をする度または攻撃の途中に次々と入れ替えて、相手に此方の攻撃の型を読ませない戦い方を極めるのを目指しているのだ。
そしてどうやら、此方の戦い方は和範との相性が非常に良いらしい。最初は少々てこずったが、最近は無駄を自在に活用するのにかなり慣れてきたようなのだ。後は各部位の無駄の組み合わせを研究し続ける事と、行動に無駄を取り入れたが為に起こる体力の消費の増加対策として体力増強に励む事だけだ。相手を騙し、欺き、陥れる事を目的とした戦い方。無論、それだけが和範の闘い方では無いが、それ以外では技よりも基礎能力の向上にこそ力を入れている。
ゆえに技巧的な面で言えば、罠や誘導を得意としていた和範の戦い方をさらに進化させた戦い方といえよう。
そして和範とは逆に、真理子は正統派の武術を磨き続けていた。この半年で真理子の動きには更なる洗練さが宿っていた。
其々にあった体術を磨き続ける二人であった(尤も、真理子が元々持つ、対和範用の予知とも言うべき、読みの固有技能があるが為に、和範が真理子に勝てた事は一度も無いのだが……)。
そして、その後は術の訓練なども行い一時間が経過した。
早朝の訓練はここまでとお互い声をかける。
「では、ここまでにしておきましょうか。」
「そうだな、ここら辺でお開きにしよう。」
訓練後の一礼をした後、汗を流すべくシャワーを浴びに風呂場へと向う。そして歩きながら訓練の成果を話し合う。
「真理子の攻撃は、日に日に捌くのが難しくなってくるな~。」
「主様の攻撃は日に日に読み難くなっていますから、お互い様かと。」
「そういや真理子は、もう上位の言霊を用いて術を毎回発動させられるようになったよな。大したものだ。」
和範に誉められた真理子は少し嬉しそうにするが、すぐに顔を引き締め自身の問題点を語る。
「いえ、まだ出力が安定していませんから、まだまだ向上の余地ありです。それに主様も発動させられるじゃありませんか。」
それに対して、和範の方は顔の前で手を振りながら疲れた感じで答える。
「ああ、駄目駄目。俺も確かに発動させられるけど、発動しない時もあるんだから。殆んどバクチだよ。」
更に八重香が茶化すように補足を加える。
「そうそう。しかもこ奴ときたら真剣にやった時に発動せず、片手間にやった時に発動する事もあるしのう。」
だが、意図してやっているわけでもない和範は当然反論する。
「仕方ないだろ、八重香。態とじゃないんだし。」
ここで真理子が和範の術の良い点を述べる。
「でも主様は、発動した時の出力は安定しています。」
「そう言えばそうだな。つまり、二人共まだ発展途上なわけだ。」
「結局、努力に勝る近道など無しと言う事じゃな。」
「そうでございますね、もっと頑張らないと。」
と、今後とも努力してゆく事を確かめ合う。そして、和範がふと思い浮かんだ事を確認する。
「そういや、上位言霊を完璧に使いこなせられるようになる事が、高級術者と認められる条件だっけ?」
「それに付け加えて、ある程度精緻に使いこなせないと認められる事はありません。つまり、今の私や主様みたいに出力が安定しなかったり、発動がまちまちだったりは勿論、発動は完璧で出力も安定、でも精緻さが足りない、といった状態も認められたりはしません。ですが、普通は今の私達がいる位置まで到達するのに、かなり才能ある者でも三十年ぐらいはかかります。
それに、大半の術者は上位言霊を使いこなすどころか、発動させる事自体、一生かかっても出来ませんので…。」
それを聞いて和範は驚く。それは初耳だったのだ。
「じゃ、俺達って術者の才能が有るわけ?」
「私と主様の才能は、ずば抜けています。 ただし、自惚れは危険でございますよ。」
和範の質問に対して肯定の返事を返した後すぐに戒めの言葉を添える真理子。それに頷いた時丁度風呂場へと着いたのだった。
和範は先にシャワーを浴び、次に入った真理子が修行の汗を流すのを終えるのを待ちながら、真理子と共にこの離れに住み出した当初を思い出す。
最初の頃はお互いに照れたりもしていたが、一月も経つ頃には既にそれが当然のようになった。
その後は二人で依頼をこなしたり、今日のように訓練に励んだりしているうちに何時の間にか春が過ぎ、夏も過ぎ、季節は秋へと移った。
そう、桂家での一件から既に半年近く経っていた。
この間に一番変わったのは、二人の御互いへの思いだろう。
当初は、互いへの恋愛感情は殆んど無かったが、この半年で少しは恋愛感情が育っていた。
尤も、互いへの忠誠心や信頼感に比べれば微々たる物だし、今後とも恋愛感情がそれらを上回る事は無いであろう。しかし、恋をした事で真理子は色々な部分が、かなり変化していた。
まず、表情が凛々しかっただけの以前と比べ、今は凛々しさの中にも確かな柔らかさというものが存在している。そして、髪を肩まで伸ばした事が、その柔らかさを更に強調していた。
だが、何より変化したのは、真理子の胸で、確かな膨らみを主張する、二つの山の存在だろう。
そう、なんと真理子の胸は、AAとも言えたまっ平らからこの半年でBにまで育っていた。そして今も成長中だ。
これには真理子自身も驚いていたが、和範には何となく理由を推測する事はできる。
別に迷信で言われている異性が揉んだりすると大きくなったとか言う、阿保な事を言うつもりは無い。
多分だが、真理子が女性としての自分自身を認めた事が、原因だと思っている。
確か、何かの研究でも、理想の自分自身を想像しながら訓練するのと、特に何も思い浮かべずに訓練するのとでは、同じ訓練をした者でも訓練後の筋肉や体の出来方に明確な差が出るらしい。これを当てはめれば、かつては女性としての自分自身を切り捨て、優秀な術士になる事だけを目指していた事が、女性としての成長を妨げてあんな中性的な体を作り上げていたのだろう。
しかし、真理子が女性としての自分自身も省みるようになった事で、抑え込まれていた女性としての成長が一気に進んだ、と考えている。つまり、本来ならこの程度の女性らしさは発揮していたはずなのだ。
そんな事を思いながら待っている内に真理子がシャワーを終えて出てくる。
肌が上気していて薄っすらと赤く染まっている。僅かに濡れた髪も少々扇情的だ。
ほんと今の真理子は女性の魅力に溢れていると感慨深く思う。すると、
「あの主様、私がどうかいたしましたか?」
和範が感慨深くこの半年の出来事を思い出しながら真理子を見ていたのだが、ずっと自分が見つめられ続けている事を不思議に思ったのだろう真理子が尋ねてくる。
それに対して和範は、苦笑しながら返答する。
「いいや、あれから半年近く経って、真理子も随分綺麗になったな、と思って。」
そういいながら真理子の頭を撫でる。それに真理子はすぐに頬にシャワーによるものでない赤みを浮かべるが、そのまま撫でられるに身を任す。そんな、女としても著しく成長を果たした真理子を愛でながら、皆が待つ母屋の食堂へと足を運ぶのだった。
本宅の食堂に行くと、既に全員揃っていた。和範の父に妹の紗奈、そして、桂春人。
そう、真理子が和範の従者として相馬家にくる事になった時、春人まで「俺は真理子の行く所、常に一緒だぜ」とか言ってついて来たのだ。
実力はかなり高いので、馬鹿と鋏は使いようと思って嫌がる真理子を説得して和範が許可を出したのが運のつき、この馬鹿は相馬家に来て家族と顔合わせをした時に、よりにもよって紗奈に一目惚れをした挙句「俺は今日、真理子を超える運命に出会った。我、今こそ、真の愛に目覚めんっ!!」と大声でほざいたのだ。 それ以来和範を、嫌な呼称で呼んでくる。
それは、
「おはよう、お義兄さん。今日も良い天気だな。」
このように和範を義兄と呼ぶのだ。当然それを認めぬ者達は春人の物言いに反論する。
「黙れ、お前に義兄と呼ばれる筋合いは無い。」
「そうよ、私はあんたを夫どころか、彼氏としても認めた覚えは無いからねっ!!」
だがそんな二人の心の叫びを春人は軽やかに無視し気楽な声を上げる。
「あはははは。二人共照れ屋さんだな~。」
「別に照れてなどいないっ!」
「お兄ちゃんに同じっ!」
更なる絶叫を上げる二人だが、春人の返答は彼等の予想斜め上を行く。
「ふむ、ならこれがかつて日本を席巻したという伝説の『ツンデレ』というものなのか…。ふっ! 照れるぜっ!!」
いい加減腹に据えかねた二人が物騒な事を言い出す。
「……いい加減にしないと、そろそろ実力行使に移る…ぞ?」
「いちいち確認なんかしなくても殴った方がいいんじゃない?
このお馬鹿はそうしないといつまでも妄想を垂れ流すよ?」
その場で殴りかかりそうな二人を見かねたのか真理子と、父が仲裁に入る。
「まあまあ、二人共落ち着いて下さい。それより早く食べないと朝食が冷めますよ?」
「そうだぞ、美味しい物を最も美味しい内に食べるのは食材への最低限の礼儀だ。」
……若干、父の仲裁はズレていたが。その為、辺りから声が途切れなんとも気まずい雰囲気の中、テレビから流れる悪徳商法の被害についてのニュースだけが虚しく響く。これが、今の相馬家の朝の日常的な風景であった。