第30話 第一章最終話 (第一章タイトル:出会い、そして羽ばたき)
辺りには未だ莫大な神力が漂っているが、和範と高之助の試合が終了してすでに30分ほどが経過していた。
そして、試合が行われた中庭は現在非常に騒めいていた。
強大な力を誇る神格者同士の戦いを間近で見た為に周りの者達が興奮している、というわけでは無い。無論、試合の終了から10分間ほどはそれが理由で騒めいていたが、それ以降も続いている騒めきは、話しが真理子の処分に移ってからのものだ。
そう、試合前の和範や高之助の予想と異なり、和範が力を見せ付けてなお、文句をつけてくる連中がいるのだ。 これには流石に戦った二人ですら困惑していた。
確かに、和範と高之助の試合そのものは高之助にやや優勢な形での引き分けで勝負がついた。
だが和範が、試合の中でとはいえ、高之助の全力の攻撃を受けきってなお、さらに戦えるほどの余力を残していた事もまた事実である。よって、真理子が神月第三公園で和範相手に不覚を取った一件の処分に関しては、周りの大人達は真理子の味方は勿論、敵ですら、不問にするのが妥当だと判断ぜざるを得なかった。
そもそも只の術者風情が神格者相手に勝つ事は不可能なのだ。
ならばその当然の帰結に至るべき。それが彼等の、いわゆる大人の判断なのだろう。
だが、ここにきてなおそれに異論を唱える者達がいたのだ。
それは、大人の判断をする事ができない者達、つまり、つまり、真理子と同世代に位置する若い男連中達なのであった。
喧々轟々と言葉の応酬が同世代の男女間で交わされる。
「だから!
そも、我等が問題にしているのは、九重真理子の任務遂行能力の話しなのだ!」
「議論を摩り替えないでよ!
いくら九重先輩とは言え、神格者の相馬さんになんて敵うわけ無いじゃないっ!!」
「いや、彼がいた神月第三公園に入るまでにあの程度の異能者を捕縛できていなかった事こそが問題なのだっ!」
「寝言を抜かすな!
最初からあそこを追い込み場に設定していたのだから彼と真理子が出会うのは必然だろうが!」
尤も、中には真霜誠二のように皆を宥める者も居て、
「まあまあ、落ち着けよみんな。少し冷静になろうぜ。」
と、周りの皆に訴えるのだが、ヒートアップしている彼等にその言葉は全然届かない。いや寧ろ逆に煽ってしまっていた。
「落ち着くなんて出来ませんよ、誠二さんっ!
まずは、九重家の小娘の責任追及してからですっ!」
「そうだっ!
初芝の言う通りだっ!
彼女は術も使っていなかった彼に一度遅れを取っているではないかっ!」
「何度も言ってるでしょっ!
相馬さんは神格者なんですよ?」
「だが、神格者の力を使ってなかった時に遅れをとったのも事実で…ひっ!!」
真理子の味方の女性陣達から真理子をかばう発言が出た時にまたもや起こり出す男達の反論。そんな未だ真理子に対する処分を悪い方へ傾けようとする同世代の男どもを軽く睨み据えながら和範は凄みを利かせた発言をする。
「神格者の力無しで、もう一回やりあいたいのか?
何なら今度は二度と文句が言えないよう内容を殺し合いに変更するか?」
その発言で、和範が神格者としての力を行使していなかった時に、殺される一歩手前の状態で嬲りものにされかけた過去を思い出す同世代の男達。
彼等はその恐怖を思い出した事と、何より神格者に睨まれていると言う事実に黙り込む。
何とか厳しい処分を引き出したいが和範という神格者は怖い。板挟みになった彼等は自然とこの場で最強の者、桂高之助へと縋る。
それを受けて、高之助は仕方ないか、とばかりに話そうとしだすが、その寸前に厄介な事実に思い当たる。
これを無視して事を進めると後々悪しき前例になるかもしれない。
だが、すぐに一人で考えても妙案は浮かばないので、皆と一緒に考えるかと思い直し、真理子の処遇と合わせて皆に伝える事に決める。
そして高之助が真理子の処遇を言い渡そうとする。
「では、九重真理子に対する一連の事件における処遇を言い渡す…と、言いたい所だが、それは出来ない。」
これを聞いた皆の反応は様々だった。
狐につままれたような顔をする者。開いた口が塞がらない者。思いっきり肩透かしを喰らっている者。中にはずっこけている者までいた。
それを見ながら和範と八重香は思う。このおっさん(小僧)、意外とお茶目な人(奴)だ、と。
そんな周りの反応を楽しんだ高之助はその理由を述べる。
「で、だ。その出来ない理由とは、私には確かに当主として桂家の者に対する処分権限があるが、あくまで通常時に限っての話だ。そして、今回の場合、真理子君は他の神格者の従者になってしまっている。そのような者に対して主たる神格者を無視して私が頭越しに処分を与える事は出来ないのだ。だが、相馬君が桂家の人間でなく外部の者だと言う点もある以上、彼が桂家内の問題に裁定を下す、と言うのも無理な話だ。よって今回の処遇は決めるに決められないといった状態なのだ。」
そして、困ったものだ、と話を締めくくる。
その発言に周りの者達も確かにと頷きあう。
この術者達が暗躍する裏の世界においては、神格者の存在は絶対のものだ。例えその神格者がまだ15歳程度の若造だとしても、いや、あるいはその神格者が赤子であったとしても、何十年も、場合によっては何百何千年の永きに渡る研鑚をつんだ高位の術者が頭を垂れる。
それは当然の帰結。
神格者が術者の上に位置する以上、決して覆せぬこの世の理。神格者に意見できるのは同じ神格者か神のみ。この裏の世界の常識だ。
ゆえにそこでモノをいうのは神格者や神の階位だ。より上位の神格者や神なら下位の神格者に対して命令する事もありうる。だが、今回の場合はその階位も和範と高之助の双方が中級二位と互角でしかない。つまり対等な存在な訳だ。無論、一方が折れればそれで解決だが、今度は桂家内部の事情が話をややこしくしていた。
意見が分かれているのだ。
高之助としては無処分が相当だと思うし、何より和範が神格者である以上、神月第三公園での真理子の失態は当然のものと外部は受け止めるだろう。
元々、力による支配を行っている時の高之助を知っている大人達は、神格者の恐ろしさを刻み込まれている為そんな気は既に無いが、だがそれを知らない若い世代の男達、特に真理子に対してよからぬ感情を持つ輩が未だ納得しようとしない。
和範に対する恐怖は徹底的に刻み込まれたようだが、それをも押しのけてまで食い下がってくる。
天晴れな精神力と誉めるしかない。尤も使いどころを完全に間違えているが…。
そういう意味では和範の最初の判断が正しかったかもしれない。
彼等を壊していれば反論自体出来なかったはずなのだから。
尤もその後の高之助の提案を受けたあたり、和範もまた彼等を見誤っていたと言える。クズではあるが、クズにはクズなりの自負があるのだ。
もはや各家の当主を初めとした大人達は黙り込んでいて、処遇は20代半ば以下の年齢の者達に丸投げする事に決めたようだ。子供達を信頼している者達二割と、ここまでややこしくなった案件に関わり合いになりたくない者達八割といった所か。
その後、男性陣と女性陣の睨み合いが続き膠着状態になりかけるが、そこに凛とした声が響き渡る。
埒があかない状況に対して、真理子が表情を引き締め、意を決して発言したのだ。
「当主様、私の処遇ですが、私自身に決めさせて貰えないでしょうか?」
その発言にすぐに噛み付いたのは清光だった。
「そんなの認められる訳が無いだろうがっ!!
お前の処遇は桂家の総意で決めるのが……うっ!!」
大声で真理子に叫ぶ清光に和範が殺気混じりの忠告をする。
「真理子は私の従者ですよ?
彼女への発言はそのまま私への発言とみなしますが、理解出来ましたか?」
表情はとてもにこやかで愛嬌がある。また、こういう場合は目は笑っていないものだが、目もまたしっかりと笑っている。なのに、確実に殺気が向けられている。そんな異常な状況に圧倒されかける清光だが、なお反論を試みようとする。だが、側近の一人である真霜誠二がそんな清光を宥める。
『落ち着け』、と。
しかし、それは逆効果となり、むしろ清光の態度を頑ななものへと変化させてしまっていた。
そしてとうとう清光は、真霜誠二の宥めを振り切って話だすが…
「で、ですがっ! わた…「お話中ですがよろしいですか?」」
と、清光の発言に割って入った者がいた。
それは驚く事に真理子だった。礼儀正しい真理子が他者の意見に割って入る事など今まで無かった事なので、周りの者達は少し驚いていた。清光自身も最初は驚いていたがすぐに我を取り戻す。
本来なら真理子に対して大声で怒鳴りつけたいが、和範が近くにいる以上そんな真似は出来ず、丁寧な対応をせざるをえなかった。
「っ、っ!
く……なんでしょうか、真理子さん?」
対応は丁寧だが真理子を睨みつける目は鋭い。だが、真理子はそんな事に頓着せず、今まで言いたくても言えなかった事を言う。
「清光殿、貴方やそちらの方達は、私が目障りで消えて欲しいんでしょう?」
その、あまりに直接的な物言いに流石に多くの者が絶句する。
清光もまたここまで率直に言われる事など想定していなかったので周りの者達と同様に絶句している。
平然としているのは、高之助と和範、そして高志くらいだ。春人ですら驚いていた。
「な、な、な……? 何を……いったい何を?」
清光は動揺して上手くろれつを回せないでいる。それを半ば無視しながら真理子は話を続ける。
「理由は薄々と分っています。私自身にも問題があった事も認めます。出来れば幼い頃のように皆と仲良くしたいと今もなお思っていますが、もはや我々の仲が修復される事は無いでしょう。ゆえに、貴方達の望み通り私はここから出て行きましょう。」
その真理子の発言に対して、何か感じるところがあったのか、清光は、はっとした表情をして、下を向く。そして、清光こそ下を向き口を閉じているが、この発言には多くの者が仰天した。だが、すぐに良子が慌てて引き止めようとする。
「ま、待って、真理子ちゃん。いくらなんでも出て行く事は無いわよ!」
「そうですよ、九重先輩っ! 先輩には悪い所なんて無いです。」
「自棄になるな真理子、落ち着け。」
「考え直してください、九重先輩っ!」
「その通りだぞ、真理子。この馬鹿共が貴女の実力に嫉妬してるだけじゃないか。」
「そうよ、この情ない男共。あんたらのせいよっ!!」
と、最初は引き止めるために言っていた言葉が、最後の方は男性陣への批難に変わる。真理子の発言に対してニヤニヤ笑いを浮かべていた男性陣も矛先を向けられた事に対して黙っているつもりは無いようで反撃を開始する。
「なに、他人のせいにしてんだよ。そいつが自分から言い出した事じゃん。」
「そうだそうだ。勝手にこっちに責任なすりつけんなよ。」
「それに誰が嫉妬してるって?」
「まあ、そいつが反省した点は認めてやってもいい点だがな。」
「そうそう、ようやく分際ってモノを理解したんだなぁ。偉いよ真理子ちゃん。」
ドッゴォォオオオオオオンン!!!
と、そこで、いきなり大音声が響き女性陣と男性陣のちょうど中間地点に大穴ができる。男性陣と女性陣の双方がぴたりと静まる。そして、その大穴を作ったと思しき巨大な呪力の発生している方角へと全員が目を向ける。
その方向にいたのは当然和範だった。神格者としての力こそ使っていないが、元々真理子とも互角の実力者。
その力は真理子や高志、春人以外では到底及ばない。
そして、その三人ともが罵り合いに参加していない以上、誰も口を利けなかった。
「悪いけど皆さん、私の従者が話をしている途中なので終るまでは口を閉じていてくれませんか?
お願いします。」
そんな事を和範は頭を下げながら言う。雰囲気も目上の相手に謙っているような感じで恭しい。それだけなら礼儀正しいが、直前の行動が言動の裏の意味を明確に告げていた。"これ以上騒げば攻撃する"。 静かになった周りを見ながら話を続ける。
「ああ、そうそう。最後に話した奴、確か初芝秀樹とか言ったかな?
……お前はこの俺の従者に向って随分な口を利いたな?
ついさっき真理子への発言は俺への発言とみなすと言ったはずだが?
そのくそ度胸に敬意を表して肩でも並べ合おうか?」
そして和範は、殺意が透けて見える薄ら笑いを浮かべつつ、初芝秀樹においでおいでを行う。そこでようやく、自分が調子に乗りすぎた事を理解して、何とか窮地を脱しようとするが、そんな事許さないとばかりに和範が先手を打つ。
「……逃げたら、頭と胴を切り離す……」
この時既に和範は笑っていなかった。青褪めた顔で此方の傍へと来た初芝秀樹と肩を組むと、真理子に話を続けるように促す。
「主様、お手柔らかに…。
…では、話を続けさせていただきます。
私と清光殿達、どちらかがいなくならない限り桂家内部の不和は収まらないでしょう。そして、清光殿達全員がいなくなるなど無茶な手段です。
…なら、私の方が消えるべきでしょう。」
その言葉に辺りが、シン、と静まる。皆薄々わかっていた事なのだろう。静寂の中、真理子の話は続く。
「それに、此方が最大の理由なのですが、今の私には桂家以上に大事な主様達が、相馬和範様と八重香様がいます。
九重真理子としての全存在を賭けて仕えねばならぬ主様達です。
だから、私は桂家の術者としてある事は出来ません。」
その言葉が辺りに凛、と響く。ここで、高志が真理子の決意に対して確認を行う。
「真理子君、その言葉に嘘偽りは無いな?」
「はい。」
間髪いれずに成された返答に高志は父である高之助に目配せをする。それに頷きを返し高之助が真理子の処遇を宣言する。
「良かろう。
桂家当主桂高之助が九重真理子に言い渡す。
汝、己の主たる神格者、相馬和範の元へ出向し、彼の者を助ける従者を務めよ。
この出向任務は無期限であり、そなたの生ある限り解かれる事無き任務である。」
それは、真理子が桂家から事実上、永久追放される事を意味する宣言であった。
だが、同時に真理子が見出した新たな居場所へと羽ばたくのを認め、見送る、手向けの言葉でもあった。
真理子は両方の意味を真摯に受け止め返答する。
「桂家当主様より下された任務、確かに承りましてございます。……10年以上に渡る御指導ありがとうございました。」
その真理子の返答に、力強く頷く高之助。その顔には、僅かな哀惜と新たな門出を大いに祝福している。そして真理子は、自らが忠誠を誓う主の方へと身体を向ける。そこには当然和範がいて、真理子に最後の確認をしてくる。
「いいのか?」
「ええ。これで良かったのです。今の私がいるべき場所は主様の傍らですから。」
「そうか……」
そして次に真理子が向いた先は自分の父と母がいる方向。
「父上、母上……今までありがとうございました。真理子は己が行くべき場所へと向います。」
「まさか、こんなに早く娘の門出を見送る事になるとはな……。相馬君、娘を頼む。」
「二人でならここに来てもいいのだから、偶には会いに来てね?」
それらの発言に対してまず和範が真理子の父、東吾に
「分りました、全力を尽くします。」
と、答え、次に真理子が己の母親の紅葉に、
「はい。母上の方もお元気で。」
そして、家族に別れの挨拶を終えた真理子は良子を初め、自分の味方をしてくれた先輩や友人達へと感謝の言葉を述べる。
「皆も、こんな私に良くしてくれてありがとう。元気でね。」
「真理子ちゃん……」
「真理子…」
「九重先輩……」
と、皆が万感の思いで真理子を見やる。それにもう一度礼をした後、和範と共に門へと向う。
カツ カツ カツ。
「待てっ!」
そして、あと三歩ほどで門へと着くという時になって、後ろから色んな感情が込められた声がかかる。
声の主は清光だった。
実は彼は真理子が出てゆくと宣言した時から今まで下を向いたまま一言も喋っていなかったのだ。
「九重真理子、私はお前の事が大嫌いだ。そして、お前の事を心底憎んでいる。
…だが…幼い頃は確かに仲が良かったな……」
その言葉に僅かな笑みを見せつつ真理子は、和範とともに桂家から新たな居場所へと羽ばたいたのであった。
そんな情景を何割かの者は好ましいものを見るかのように見ていた。その筆頭は桂家次期当主である高志だ。彼はこれを機に清光が良き方向へ変わる事を確信していた。ゆえにこそ真理子の出奔は痛いが、その穴を何とか塞げるのではないかと考える。
また何割かの者はかなり驚愕した感じで清光を見ていた。彼等は永年に渡り真理子を目の敵にしていた清光がこのような事を言った事が信じられないのだ。だが、彼等もまた清光が真理子への対抗心を捨てるのならそれでも良いと考えていた。真理子に対してこそ嫌な態度を取り続けていたが、清光は元来は面倒見の良い人物だ。そうでなければ、いかに本家の者とは言え、次期当主でもなければ才能的にも劣る清光が、あそこまでの取り巻きを集める事は出来なかっただろう。
ここまでは良い。そう、ここまでは和範や真理子、そして桂家にとっても良いのだ。
だが、そうでない者も当然居る。その彼等一族は、態度こそ周りの者達と同じであったが、清光を見るその目は違っていた。
彼等は非常に分り難くではあるが、冷めた目付きで清光を眺めていた。
彼等は思う。せっかく今まで劣等感に苛まれていた清光を焚きつけ、唆し、捻じ曲げる事で、彼等一族にとって非常に目障りな政敵である九重家を攻撃する尖兵へと仕立て上げたのに、当の清光は彼等の傀儡の糸を無自覚とは言え断ち切ろうとしている。
…清光は女性陣の受けこそ悪いが、それは真理子との件があるせいに過ぎず、本来の清光は面倒見の良い人望厚き者なのだ。その彼を操る事で彼の信奉者も操れていたが、これから先はそうもいくまい…。
だがまあ、今はこれで良い。
九重家の長女を桂家から放逐できたのだ。もはや九重家は敵ではない。
そして、これから自分達一族が桂家内部での発言権を握り桂家を掌握してゆくはずだ。ゆくゆくは桂家の祭神"秋山之下氷壮夫"も我が一族が継承してゆく事になるのだ。
そんな謀略を内心で張り巡らせながら彼等一族は、表面上は周りの者達と同様の態度を浮かべ続けたのであった。
僅かに漏らしてしまった気配を、二人の神格者に察知された事に気付かぬままに……。
和範や八重香は思う。
本当に真理子は自分達の相棒として優秀だと。
もし鬼ごっこに彼女が止めに入らなければ自分達は、感情を捻じ曲げられた末に担ぎ上げられただけの御輿に過ぎない清光や、清光を慕っているだけの本当の意味での清光の側近達だけを壊して満足してしまっていただろう。
本当の黒幕、本当の元凶を完全に見過ごしてしまったままで。
同時に清光が勇気を振り絞り己の劣等感を撥ね退けてこの場で真理子に、和解の言葉というにはかなり足りないが、それらしき態度を示した事にも感謝する。
おかげで黒幕共が僅かながらその気配を漏らしたのだ。表面上は…いや、気配ですら高志を初めとした上級術者達を欺くほど腹芸に富んでいた…尤も、神格者である高之助は彼等をちらりと見た事から見抜いたようだが…。
そして当然に、欺きや騙し誘導を得意とする上に、高之助と同様の神格者として高度な直感力を持つ和範や、神である八重香もまた見抜いていた。
そして瞬時に理解した。清光自身の真理子に対する感情は黒幕達に捻じ曲げられたものだと。そして同時に謝罪も心の中でする。いつまでたっても真理子の事にグジャグジャ言う事に対して、"クズなりの自負"などと失礼な事を思ってしまった。真の清光の側近達にとって清光は、神格者に歯向かってでも付き従う価値のある人物なのだ。
…まあ、真理子への劣等感につけこまれたとは言え、いいように操られた清光にも問題があるが、ここは素直に黒幕達の方が上手だったと認めよう。何せ和範や八重香ですら当初は、黒幕達の事は清光の派閥の中でも穏健派だと誤認していたのだから。
和範や八重香が叩き潰さなければならない本当の敵は、表舞台に立っているようで立っていないというあやふやな位置にこそ居たのだと。
そして思い出す。そういえば鬼ごっこの時も、奴は清光の側近でありながら唯一、水霊纏鎧の水の拳で吹き飛ばされた六人の中に居たな、と。今にして思えばあの時のような展開も考えて不自然でない形で早々にリタイヤしたのだろう。それに、先程の話し合いでもやってる事とその結果が真逆になり、見事に裏目に出ていたと和範や八重香ですら思っていたが、結局それも狙ってやっていたのだろう。まさか自分達がこうも容易く欺かれていたとは…。
だがまあ今は良いだろう。奴等は和範や八重香に正体を悟られるという決定的な失策をしてしまったし、それに奴等の目的は、おそらく桂家内部で主導権を握る事。
その最大の政敵である九重家の勢力を削る為に、真理子を桂家から放逐できたのは彼等にとって僥倖であろうが、同時に和範や八重香にとっても僥倖だ。
和範や八重香に桂家内部の事情など知った事ではない。いまやかなりの人数を好ましく思うが、それは、真理子が好意を持っているから好ましく思っているにすぎない。 あくまで間接的な好意。
それにほんの少し前まで清光達の事を敵として認識していたが、本来の和範なら彼等の事は寧ろ好ましく思ったはずだ。彼等の理不尽さ、不条理さ、支離滅裂な言いがかりなど『まさしくこれぞ人間』と感心すらしただろう…真理子を目の敵にさえしてなければ…。
和範と八重香にとって重要なのは結局真理子だけなのだ。だから、真理子が放逐に至った件は、寧ろ真理子と共に居られるお墨付きを桂家からもぎ取ったようなものだ。
そして、和範同様に気付いたはずの高之助も特に手を出してこないようだ。それが次代の若者を信じているからなのか、あるいは、和範が人間である前に神格者であるように(和範は、真理子や父、紗奈といった数人を除いて、そもそも人間全般を同じ階層の生物だとは見なしていない。神格者は基本的にこのような傾向があり、人としての常識を叩き込まれるより前に神格者になった者――例えば和範のように幼くしてなった者や、外界と隔絶された生活を送っていた者など――は、この傾向が特に激しい。)、高之助もまた当主である前に神格者であるという事なのか(分りやすく説明するなら、つまりは虫けら同士の権力争いや政治に興味を示していないと言う事。)、どちらなのかは分らないが…。
どちらにせよ高之助が関わってこない以上、これは和範や八重香と黒幕達の問題。
ならば、和範達の採る方策は、真理子を得る代わりに彼等の暗躍に目を瞑る事。
つまり和範や八重香と黒幕達は一種の共犯関係。
だから今は見逃してやろう。
だが同時に思う。
遠くで嘲笑っている分には無視するが、離れたのに態々近寄ってきてまで害を成そうとするなら、必ず……潰す…。
和範と八重香はそんな決意をしつつ記憶しておく。
本当の意味での真理子の敵であった、桂家序列第一位、真霜一族の事を…。
話の中で整合性の取れていない部分は書き直してゆきますので、気付いたらどんどん指摘してください。お願いいたします。
△補足
大半の清光の取り巻きの皆さんは、清光に心酔しているがために彼が憎む真理子を憎んでいた部分がかなりの部分を占めます。だから、彼が憎むのをやめたのなら、態々憎むほどの理由もなくなったわけです。