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神様と紡ぐ物語  作者: かーたろう
第一章 出会い、そして羽ばたき
32/44

第29話 当主戦後半

長らくお待たせしました。 

今や、二人の神格者の膨大な水霊の神気が渦巻き、局地的などしゃ降りの中で、和範が宣言する。


「桂高之助殿、これより切り札を切ります。死なないで下さいね? いきますよ。」


そして始まる和範の詠唱。


「千磐破 蛇の神へと 乞ひ祈むる 枯れ行く地へと 恵み与へと。

 呪歌をもって我、汝に支配下へ下る事を命ず。綿津見の存在よ我が元へと集え。」


高らかに詠唱されるのは、水の恵みを請い願う祝詞。そして、


「ちはやぶる 神を言向け まつろへぬ 人をも和し。

 …呪詩をもって我、敵を討つ事を誓う。」


武を持って敵を討つ古代の詩の一節。これを謡う事で先の呪歌で集めておいた莫大な水の力に攻撃的な要素を付加してゆく。

 この2つの唄を組み合わせる事で、超圧縮された水の刃を数千にも渡って放つという、現在和範が使える水刃系の術では最強の術を放つ為の準備を整える。

 詠唱の終了と共に莫大なまでの水霊の気配と、幾ばくかの金霊、風霊の気配が発生する。

 真理子や八重香とともに開発した和範が持つ最強の手札の1つが放つ準備を終える。

 そして、術を放つ為に詠唱する間も高之助の事は警戒していた。

 和範は、高之助がかつて真理子が使った霜晶鎧という術と同じでありながら確実に異なる術を唱えたのを確認する。

 さらに、そのまま此方に物凄い速さで特攻してくるのを見て、和範は満を持して術を放つ。


「綿津見と経津主そして志那都の力よ、綿津見を核として足し合わさり、敵を討つ幾千の水刃となれ。

 千重の水霊刃」


そして、幾千にも及ぶ超圧縮された水の刃が和範から放たれたのだった。





和範が呪歌を詠い出したのを察すると、高之助もまた呪歌を詠い始める。


「霜の上に 霰たばしり いや増しに 我は参来こむ 年の緒長く。

秋山之下氷壮夫よ、汝が神威をもって神綿津見の気、神志那都の気を足し霜の鎧と成す。霜晶鎧。」


詠い上げられたのは、霜の力を強化する事と相性の良い呪歌。

 その呪歌の後に、真理子が作り上げたものとは比べ物にならない程の強靭さを兼ね備えた霜の鎧を顕現させる高之助。そして、高之助は和範が術を放つ為の準備を終えたのを確認するとどう攻めるのかを一瞬だけ考えるが、すぐに首を振って考えを改める。

 お互いの全力の一撃を打ち合うのだ。殺し合いならともかく、これは試合。なら、セコセコとした駆け引きは無粋。

 そう思い至ると、高之助は和範に向って全速で特攻したのであった。





莫大な霜の神力を纏った霜の砲弾と化した高之助を迎え討つのは、和範が作り出した水神の力を宿す千をも超す水の刃の群れ。

 その二つが存在するだけでも周囲に桁外れの圧迫感が伝わる。

 かなり高位に位置する技量を誇る者達ですらその圧迫感に身動き1つ出来なくなってしまっている。

 ましてそれ程の技量を持たぬ者達は、くずおれてしまっていたり、中には気絶したり泡を吹いている者まで存在する。

 だが、二つの力はそんな周りに頓着などする事無く凄まじい速さで近づいてゆく。

 そして、

ガガガガガガガ!!

 と、水の刃が霜の砲弾に凄まじい勢いで降り注ぐ。幾つかの連なる水刃が霜晶鎧の薄い部分を突破するが、それでもつけられる傷は深いものではなく、高之助は気にもしていない。その上、水刃との衝突で勢いこそ少し落ちれども、その水刃の群れを蹴散らしながら、霜の砲弾は和範へと突き進む。

 だが、後僅かで和範に到達しようとした時に、和範が何かを呟く。

 その後、

ギイィィィィィイイイイイインンンッッッッ!!!!

 と、金属同士が激しく擦れ合う音がしたかと思うと、次は、

どごっおおおぉぉぉぉおおんんんん!!!

 と、何かが壁にぶつかるような音が辺りに響く。

 そして、爆発的に立ち上がる土ぼこり。

 モウモウと立ち上がる土ぼこりは暫くの間収まろうとはしなかった。だが、やがてその土ぼこりも徐々に晴れてきだす。

 和範の術と高之助の特攻攻撃がぶつかった地点が完全に露となる。

 そしてそこに立っていたのは桂高之助ただ一人。全身に大小様々な切り傷を負っているが意識はしっかりしているようで一方向を睨み据えている。それを見た殆んどの桂家の者達は自分達の当主の無事と、おそらくは勝利した事に喜びを露にする。

 ただ一人、和範の従者となった真理子を除いて…。





九重真理子は深刻な動揺に陥っていた。

 強大な力を持つ神格者同士の全力のぶつかり合い。

 その後に現れた桂家当主だけが佇んでいる戦いの舞台。

 それを見た瞬間、決して思いたくない可能性に行き着き、自然と嘆き声を辺りに憚る事無く上げてしまう。


「あ、主様…………。

 い、いやぁぁっぁあああ!!」


それを見た多くの周りの者達は、はっ! と、した後、沈痛そうな表情を真理子へと向ける。

 だが、勿論そういった者達だけでない。

 単純に二人の神格者の激突に呆けている者もいる。

 今更ながら神格者という存在に恐怖を抱いている者もいる。

 そして、九重家に悪意を抱いているとある壮年の男とその一族は、周囲にばれないようにひっそりとではあるが、その様子を楽しそうに見ていた。

 だが、空気が重くなったその場に二つの声が投げかけられる。

「九重真理子っ!! お前の主がこれぐらいで死んだりなどしないと、おまえ自身が信じずにどうするっ!!」

「おお~い、真理子。 俺は無事……とは言い難いが生きてるから落ち着きなよ…」

前者は高之助でその内容は真理子の惰弱さを叱りつけるもの。後者は和範で口調は弱いが自らの生存を告げるもの。尤も、和範は声だけが響きどこにも姿が無い。真理子はその事に少し不安を覚えるが、和範の声を聞いた為、喜色に満ちた声を上げる。

「主様っ!! …よかった…、本当にご無事でよかった…。うぅっ…。」


と、最後の方は嬉しさと心配のあまり泣き崩れてしまう真理子。そして、その真理子を安心させるように和範が、完全にバラバラになって原型を留めない壁の向こう側から姿を見せる。足取りこそは軽いが、和範が負った傷が決して軽いものではない事を示すものがその腕に刻まれている。和範の左腕の手首から肘の部分は真っ青な痣がある上に霜によって酷い凍傷を起こしている。右腕は左腕ほど酷くは無いが、それでも打ち身になっている事は明らかだ。高之助と和範、二人はまさに手負い状態だった。





和範は、振り返る。千重の水霊刃と、霜晶鎧による特攻がぶつかり合った際の出来事を…。

 あの時、明らかに和範の術は高之助の特攻に力負けをおこしていた。軽い切り傷は作れども深い損傷は与えられない。このままでは相手の体当たりをまともに喰らう。だが、避けようにも下手によければ不安定な体勢になるし、その上軌道修正されて余計深刻な傷を負うだけだ。そう判断した和範は、水霊纏鎧で相手の体当たりを受け止める事を決断する。現時点では最強の威力を誇る千重の水霊刃が力負けしている以上防御に全力を傾けるしか対抗策が無い事もある。だが、何より、体当たりしてくる高之助の表情が、『目的を達したいならこの攻撃に正面から対峙して見せよ!!』と、思いっきり物語っていたからだ。

 それを見た和範は、真理子の為にも正面から立ち向かう覚悟を決める。そして、今までこれ程の、全力で挑んでなお勝敗の分らない相手との戦闘に、大事な存在の為に挑んだ経験が無かった為に発揮されなかった集中力だが、ようやくそのような存在達に出会う事で開花した。

 桂高之助と秋山之下氷壮夫と言う、まさしく和範と八重香の二人の"敵"となれる存在が現れ、真理子と言う大事な存在の為に戦う事で、かつて無い集中力を発揮する。

 その事が、和範を神格者としての新しい段階へと至らせる。

 その全能感のままに、早口で唱えられる呪歌!


「千磐破 蛇の神へと 乞ひ祈むる 枯れ行く地へと 恵み与へと。

 呪歌をもって我、汝に支配下へ下る事を命ず。神綿津見の存在よ我が鎧と化せ。

 千重の水霊纏鎧っ!!」


そう、真理子との特訓をしている時では発動できなかった頭に"神"の言霊が付いた呪言。それをこのぎりぎりの所で習得した和範。

 これにより、"水霊纏鎧"は、"千重の水霊纏鎧"へと進化し、より強固な鎧へと変化する。

 強固な鎧は、高之助の全力の特攻を受け止めたが、それを支える両腕、特に前側にある左腕におそろしい負担がかかる。周囲にはまるでチェンソー同士を打ち合わせたような音が響きその負担がどれ程のものか知らしめる。

 そして、そのまま少しの間膠着状態が続いたが、元々の経験の差が、初めて"神"の術を行使した者と以前から使用していて行使に慣れていた者との差が出て、その膠着状態の均衡を決定的に崩してしまう。

 そう、"神"の術同士がぶつかり合う負担に耐えかねた和範が足をよろけさせた瞬間、それまでその場に滞っていた力が弾けて、和範をその場から勢いよく弾き飛ばしたのだ。

 その後にくる衝撃と全身を打ちつけた痛み。それに軽く意識が遠のいてゆく。が、薄れゆく意識の中で聞こえた真理子の慟哭が和範の意識を完全に持ち直させるのに成功させる。

 そして、激痛が走る左腕の痛みを無視して敢然と立ち上がり、真理子に声を掛けた後、高之助が待つ中庭へと向うのだった。





再び中庭で対峙する両者。全身に切り傷を負った高之助と両腕に激しい損傷を負った和範。どちらもかなりの傷を負い、戦闘に支障が出ると思われる。そして、見た目では二人共同じくらいの損傷だが…。実は、明らかに和範の方が大きな損傷を負っていた。

 損傷そのものを数値化すれば同じぐらいだろうが、これはゲームではない。

 どこの部分に損傷を負っているかが大きな問題となる。

 この場合、全身に切り傷があれど戦うのにそれほど支障が無い高之助に対して、左腕は完全に使い物にならず、右腕にも戦闘に支障が出るかもしれない損傷を負った和範の方が明らかに不利だった。

 さて、どうしようか…。

 これからの戦いの展開はかなり厳しいものになるだろうが、勝率が下がっただけで、無くなったわけではない。

 戦い方は色々あるし、高之助が切り傷を負っているのも明るい材料だ。切り傷から血が流れるとともに体力も加速度的に失われてゆくはずだ。神格者が放った術による傷なので、神格者が元々持つ桁外れの再生能力でも、この傷に対しては暫くは機能しないはず。ならば、回復には治癒の術が必要。尤も、治癒の術を使うそぶりを見せたなら、その隙に攻め込ませてもらう。戦闘中に治癒の術など使う暇は早々無いのだ。つまり、どれだけ長期戦に持ち込めるかが勝利の鍵になる。

 そう判断した和範だが、そこに高之助から思わぬ提案がなされる。


「ふむ、もうこの辺でお開きとするかね? 君の目的も充分に達成されただろうしな。」


それを聞いてようやく和範も、高之助に認められたのだと思い至る。

 これだけの戦闘と実力を見せた事と、なにより、最後の高之助の特攻に対して正面から受け止めようとした事で和範を認めたのだろう。その上、高之助自身が言ったように、力を見せ付けるという和範の目的も既に達成されている。

 なら、これ以上戦う意味は無い。それに、分が悪くなっているという事実もまた有る。

 色んな意味でこれ以上はただの無駄。苦笑しながら八重香とこの戦闘で初めて相談する。


(やれやれ、戦いの空気に飲まれて思考が戦闘一辺倒になっていた俺に対して、あちらは俺の目的にまで気を使う余裕すらあるか…。

 これが何十年も術者として活躍した者と、十年にも満たない、しかもまともな術者との戦闘自体が真理子とやりあった時が初めての者との間にある経験の差か…。

 本当、敵わないなぁ~…。

 まだまだ俺も未熟と言う事か……。)

(まあ、それ以外にもこれ以上の戦闘は本気で命のやり取りになる事を考慮しての提案じゃろう。

 だが、どちらにせよあちらの小僧の方が状況を冷静に把握していた事は事実じゃな。

 寧ろこれを教訓として今後とも精進に励むのじゃ。)

(ああ。本当にここで桂家の当主殿と戦えたのは幸運だと思っているよ。

 この人と戦ってなかったら自分の未熟を悟れなかったし、何より神格者として新たな段階へ至るのが、かなり遅れていたはずだ。

 だからこの人には感謝している。)

(そういえば、お主はこの戦いで"神"の言霊を付けた呪言を習得したのじゃったな。)

(まあ、この人との戦いだけが理由で壁を突き抜けれたわけではないけどね。)

(真理子の事じゃな?

 大事な者の為というのと、ギリギリの戦い、この二つの要素が組み合わされた結果じゃな。)

(今までは家族以外の他人と深く付き合った事は無かったからな…。そして家族の為に戦う事態なんて無かったし。)

(たった一人分の思いだけを背負って戦う者と大事な者の思いまで背負って戦う者との間にある絶対的な差じゃな。相手の思いに潰されるような事が無ければ、それは精神的に大きな力となるからのう。特に、お主のような自分自身すら軽く扱うような輩はその傾向が強い。そういう意味では真理子は最高の従者じゃよ。お主が死ぬような事があればあの娘は主君の後を追いかねん。だからこそあの娘を大事にしとるお主は自身の死というバクチをそうそう打てんようになるだろうからのう。)


と、今回の件で自分にだけ清光達の憎悪を向けようとしたり、真理子と出会う以前の無茶な行動に対する皮肉もこめて、ここで八重香が和範のあり方に対する揶揄を入れる。

 自覚がある和範は苦笑しながら反省の言葉を返す。


(わかりました。今までのあり方を反省してもう少し自分を省みるように行動します。)

(うむ!

 なら、後は小僧の提案を飲んで、ここでのごたごたに幕を下ろすとしようぞ。)


その言を受けて和範がようやく高之助に同意の返答を送る。


「確かに当主殿の言う通りですね。その提案に同意します。

 ……ご指導ありがとうございました。」


前半はその場の全員に聞かす為に高らかに、後半は高之助だけに聞こえる声量で話す和範。その言を聞いた高之助は、成長をした弟子を見るような表情で和範に頷く。

 そこでようやく桂家での出来事に一区切りがついたのだった。

最終話直前。 次で第一章は実質最後となります。

さらに、その次でこの世界での世界観を説明して、第二章にいたる予定です。

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