第27話
寒くなったり温くなったり。皆さんも体調には気をつけてください。
真理子は一連の惨劇を見ていて、そろそろ止めに入るべきかと思案していたが、清光達が審判の少年に自分達の敗北を告げているのを見て、割って入る必要もないか、と安堵していた。
が、自分の主が審判の少年にいきなり攻撃を行い、気絶に追い込んだのを見た時はこの中では最も主を知っている真理子ですら唖然とした。しかし、周りの者達と違いすぐに主の思惑を悟る。
そして同時に思う、すぐに止めに入らないと、清光達が色んな意味で壊されてしまう、と。
ゆえに急いで皆に告げる。
「どうやら、当たって欲しくない懸念が当たってしまったようです。
あの様子だと、主様は時間を掛けて清光殿達を壊すつもりのようです。
皆さん、主様を止めれるように、いつでも動けるように準備していてください。」
その真理子の要請に、皆が我に返るが、和範の暴挙を見て浮かんだ当然の疑問を思わず一人の少女が口にしていた。
「あの、九重先輩。
あれはどう見ても相馬さんの反則負けのような気がするんですけど…」
その当然の疑問に真理子は主が主張するであろう反論を予測して述べる。
「いいえ、主様はその主張に対する明確な反論材料を持っています。
思い出してください、彼がこの鬼ごっこの始まりの合図をしたりしていたから私達も彼が審判役だと思い込んでいましたが、あの新見という少年に与えられていたのは、主様が動けなくなったかどうかを判断するだけの権限だった筈です。そして、この鬼ごっこには誰を審判役にするかは言及されていません。」
真理子の答えに周りにいる者達は、確かに言われてみればと納得する。だが、今度はその事で浮かんだ疑問を良子が尋ねる。
「ねえ、真理子ちゃん。だったらどうして態々あの新見君を吹き飛ばしたの?
やる意味なんてないんじゃ?」
その疑問に真理子はすぐに答える。
「意味はあります。
1つは彼も清光殿の仲間だという事。
そして、もう1つこそが最大の理由だと思いますが、周りの介入に対する牽制でしょう。
もし、新見が主様の勝利を宣言したとします。そして、宣言後に更なる追撃をすれば流石に周りの者達がこの勝負はここまでとして割って入るでしょう。それを出来ないようにする為の処置であると私は考えます。
そして、そんな事をするという事は、この後じっくりと時間を掛けて清光殿達を肉体的にも精神的にも壊してゆくつもりなのでしょう。」
真理子の答えに周りの者達は皆、顔を青くする。
これから拷問まがいの出来事が始まると聞かされたならば、当然の反応だろう。
そして、向こうでは、真理子の考えが正しい事を証明するかのように和範が真理子が述べたのと同様の理屈を述べていた。
それを聞いた皆はもはや一刻の猶予も無くなったと判断して、いつでも割って入れるように気を引き締める。
そして、清光達がいよいよ崖っぷちまで追い詰められた時に、真理子が前に出ながら、高らかと制止の声を張り上げた。
「お待ちください!
この勝負は傍目には、もう既に主様の勝利で決着がついています。
ここまでにして下さい!」
そして、真理子の後に続いて彼女達も前へと出たのであった。
これから清光達の本格的なお仕置きを始めようとしていた和範は、後ろから放たれた真理子の制止の言葉に機先を制される形となり、やっぱ止めに割って入ってきたかと思う。
そして、和範の事を主様などという言い方をしている以上、二人の正式な関係をこの場で暴露するつもりなのに思い当たる。
和範は、はぁ~、と溜息をつきながら多分最終的には真理子の意見に押される形になるんだろうなぁ~、と考えつつも、もしかしたら真理子を言いくるめる事が出来るかもしれないと思い、反論する。
「それは違うよ。
確かに一見、彼らは戦意を喪失し私に怯えているようにしか見えない。
しかし、もしかしたら彼等のこの態度は相手を油断させる為の擬態かもしれない。そして、私が指摘した通りこの鬼ごっこに審判などいない以上彼等が仮に降伏しても、その後に後ろから不意打ちする事もルール上は有効だ。
何せ、この鬼ごっこは私が時間いっぱい逃げ切るか、どちらか一方が完全な行動不能にならない限り、決着はつかないのだから。
つまり、未だ制限時間までかなりの時間がある以上、彼等が明確な形で行動不能にならない限り私の勝ちは無い。
ちなみに明確な形とは両手両足が無くなるとか、あるいは死ぬとかだな。
ま、人一人殺すのって意外と手間暇がかかるけど、今後の事を考えたら、殺した方が楽かな?」
その和範の返答は、まるで明日の予定でも言うような軽い感じであった。
だからこそ、それは現実味を帯びてくる。なぜならそれは、普通に淡々とこれからの予定を述べているかのようであったからだ。ゆえに、それを聞いた清光達は、ヒィッ、と悲鳴をあげながら体を震わせる。また、周りの者達も軽い感じで、残酷な内容を語る和範に、怖気を覚えていた。
殺すのや他者をいたぶるのが好きな異常者とは違う。
あえて近いものを挙げるなら、毎日畜獣の屠殺を行っている者が近いだろうか(尤も、奪うべき命の対象が、食物とするべき畜獣と、自分達と同じ生物の人間では意味が大きく異なるのだが…)。
生も死も等価値、後は手間暇こそが判断の最大基準となっている。人の命を徹底的に軽く考えるからこそ出来る判断。
大半の者が和範に圧される中で、それに動じぬ者もまたいた。
当主の高之助、時期当主の高志、本家三男坊の春人、九重家当主の東吾、そして真理子だ。
高之助、高志、東吾は静かに事態を見守る構えで、春人はとても面白い見世物でも見ている感じで、そして真理子は、なんとしても自身の主にこれ以上の惨劇を起こさせないように覚悟を決めた表情で和範と対峙をしていた。
そして真理子が反論を行う。
「ならば、この場で誰も文句をつける事の出来ぬ鬼ごっこの審判を決めましょう。
私はその審判に本家の当主様を推します。」
その真理子の発言に、共に前に出ていた真理子の友人達も口々に同意する。
「私もっ! それが妥当だと考えますっ!」
「当主様の判断でしたら特に問題はないと考えます。」
「私も、当主様が相応しいと考えます。」
そして、それ以外の女性陣も、私も、私も、と、皆が賛同の意を口にする。
そして、それらの意見を纏めるように今度は良子が自分達以外の者達や当主に対して判断を仰いでくる。
「このように、私達は当主様を審判に推薦いたしますが、他の方々は何か異論がございますか?」
それに対して、周りの者達は特に異論は無いのだろう、最終的な判断を仰ぐ為に高之助に視線を向ける。
「確かに、一族の長として儂こそが審判をするべきであったな。
その申し出を受けよう。」
と、審判をする事を受諾する高之助。だが、高之助は審判をする前に気になった事を真理子に尋ねた。
「ただ、審判をする前に聞いておきたいのだが、真理子君、どうして君は相馬君を主様と呼んでいるんだい?」
当然想定していた事を聞かれた真理子は、自らの主の、言わないで欲しいな~、という視線での懇願を黙殺して話し始める。
相馬和範という人物は異能者などではなく中級二位の神格者である事。
そして、先日の戦いでは和範が神の力を使って勝利したがために、"反則負け"だとした事。
戦闘自体は真理子の気絶で終った事。
その後に、主従の儀式を結んだ事。
清光達を決闘に引きずり出す為に、重要な部分を態と省いた事実を定例会で話し皆に和範の実力を誤解させた事。
そして、自らの従者である真理子の明確な敵と潜在的な敵の双方を炙り出して両者に相応の報いを与えようとした事。
そう、まさしく全てを話したのだった。
全てを聞いた高之助は、やれやれといった感じで話し出す。
「そういう事情ならこれ以上"鬼ごっこ"を続ける意味は無いな。ただの術者ではどんなに足掻いても神格者には勝てないのだから。
では、この"鬼ごっこ"は、相馬和範の勝利をもって終了とする。皆異議は無いな?」
と、周りを見渡しながら確認をする高之助。真理子の発言を聞いた清光達も自分達が色んな意味で壊されそうになっていた事実を知り、当然に高之助の言に賛成した。よって、ほぼ全員が同意する。
たった一人、和範の反対を除いて。
「異議あり。俺はそれでは納得しない。」
異議を唱えた和範に周りから非難の視線が集まるが、平坦な冷たい視線を返されると多くの者が目を逸らす。確認こそしていないが、神格者にそんな目を向けられれば当然だろう。だが、恐れなかった者達も当然何人かは存在する。
そういった少数の和範を恐れていない者達を代表するように高之助が理由を尋ねる。
「どうして納得しないんだい?」
「私には私の目的があって、"鬼ごっこ"を始めたからだ。そして、目的が達成されないままの状態でやめる事は出来ない。」
理由を述べた和範に今度は真理子が詳しい説明を求める。
「それは、どんな目的なのですか? 主様。」
そこで、うっ、と唸り歯切れ悪く目的を述べる和範。
「いや、安全の確保をしておきたいんだけどね…」
その発言にすぐに噛み付く真理子。
「安全も何も、彼等に主様を害する事などできるわけ無いではありませんかっ!!」
「いや、確かにそれはそうなんだけどね…」
と、言い淀む和範。だが、ここで和範の言い淀みから何かを察したのか高之助がある提案をしてくる。
「待ちたまえ。
少し私の方から提案があるのだが、私と戦ってみないかね? 相馬君。」
その突然の申し出に周りがざわめきだす。
何故? という疑問の声があがるが進言までには至らない。
だが、直接この提案の当事者になっている和範だけは高之助に対して疑問を返す。
「桂家当主殿、貴方とですか? それは何故?」
「彼らを壊す事で君の目的はたしかに達成されるだろう。」
「ええ、そのとおりです。でも、それが何か?」
高之助の発言にすぐさま和範は返答する。それを聞いた高之助は我が意を得たりとばかりに説明を行う。
「だが、その目的は私と戦う事でも達成できるのではないかね?」
それを聞いて和範はある考えに思い当たる。そしてそれを確かめるように八重香と相談を行う。
(なあ、八重香。このおっちゃんは、意外と頭が切れるようだな。)
(たしかにのう。妾達の最終的な目的は真理子と相馬家の家族の安全。それを勝ち取る為に敵対者を"見せしめ"にしようと考えておったんじゃが、この小僧の提案してきた方法でもそれは達成する事が可能じゃのう。)
(中級二位の神格者である桂家当主と戦う事でその実力を示す、ってところかな?)
(こういう方法を提案された以上、受けざるをえまい。
確かに"見せしめ"よりは穏便な方法じゃからの。)
(俺が理由を言い淀んだのも何故なのか察しているからこそ、か…真理子の自尊心や、家族の安全に配慮しているのを見抜かれてるわけだ…。流石に、一族を率いているだけはあるか…。
なら、これが桂家での最後の戦闘にすることにしようかっ!!)
(妾の力を使ってなお、勝てるかどうか分らぬ相手じゃ。気を引き締めてゆくのじゃぞっ!)
時間にして20秒ほどの相談を終えた和範は闘志を漲らせて返答する。
「確かにそのとおりです。
分りました。その申し出、受ける事にしましょう。」
その和範の返答と態度に笑みを浮かべる高之助。その笑みはまさしく強敵と出会った戦士の笑みであった。