第19話
最近は寒くなったり温くなったりで気温が不安定。皆様も体に気をつけてください。
では、第19話です。
祝福すべき(?)真理子の勝利の後、残っている懸案事項を解決する事にした和範と真理子。
残っている懸案事項とは即ち和範の妹の紗奈の事だ。
今日、真理子が相馬家を訪れてくれたおかげで、紗奈が"神返り"であることが露見すれば、一部の外道な形で力を求める犯罪術士共に狙われることが確実である、非常に危うい状況に置かれていた事を知り、それの対処に乗り出したのだ。
一応、八重香によって隠蔽の術を掛けてあったのだが、隠蔽だけでは心もとないと考え直して、新たに守護と反撃の術まで組み込み、更に隠蔽の術を重ね掛けする事にしたのだ。
そして、今は八重香と以前に紗奈にどのような術を掛けたのかを真理子に説明し、そして、守護や反撃まで行いたいなら紗奈にどのような術を掛ければよいのかを真理子に教わっているところだ。
「それでは、八重香様が紗奈ちゃんに以前に掛けた隠蔽の術とはどのようなものなのでしょうか?」
「ふむ、術と言っても以前お主が指摘したとおり、神道系の術では一番簡単な法則に則って詠唱した"ひふみよいむなやこと。神法をもって我、汝に支配下へ下る事を命ず。水霊の存在よ、この者を隠す衣となれ。水霊の羽衣(隔離)"、じゃよ。」
と、実際に詠唱をしながら術を行使する八重香。と言っても殆んど片手間で唱えている詠唱だ。
しかし、やはりそこは神様と言うべきか。術士としても上級の部類である和範や真理子が死ぬ気で唱えた詠唱ですら遥かに凌ぐ力強さと精緻さを誇っている。
特に真理子は、当主の高之助が神格者の力を用いて唱えた術すらも凌ぐ精緻さに感嘆している。
おそらくこれは"神"と呼ばれる存在でなければ辿り着く事の出来ない精緻さなのだろう。神格者も力でこそ神に匹敵するとはいえ、術の構成力では神に劣る。
普通、術の構成力を上げようと思えばいかに術を精緻に組み上げるかが問題となる。無論ある程度までは既に確立された行程が出来上がっている。
だが、術者の腕が上級の手前辺りまでに成ると今度は一人一人に合った構成の仕方こそが必要となってくる。
そしてそれには膨大なまでの反復練習と試行錯誤こそが唯一の解決手段だ。それを経て上級に一歩手前の術者は、はれて上級術者に、そしてそこからさらに突き抜けれた者は高級術者へと至れるのだ。
だが、神にそんなものは必要ない。神は既に始まりからして高級術者を軽く凌ぐ高みにいるのだ。
いや、もはや構成に関しては完成されてしまっていると言ってよい。
ゆえに、その構成は一種の芸術品とも言えた。
だからこそ真理子は感嘆したまま見入っている。また、以前見た事のある和範はそれ程驚かないが、それでもその見事さに自然と溜息が漏れてしまう。
だが、いつまでもそうしていても仕方ないので話の続きを促す。
「相変わらずの見事さだなぁ…。…で、真理子、話を続けてもらってもいいかい?」
「……、…、…はっ! え、えと、とても見事な隠蔽の術でございます。込められた力も申し分ありませんし、やはり私が気付けましたのは、主様方と強い縁で結ばれている事と、主従の儀式をしたためであると推測いたします。」
「まあ、記憶を失のう取るとはいえ、妾は一応神じゃからの。
じゃが、危険など無いと思うておった以前と違い、今は明確に危険があると分っておるからの。どうせなら、こういった術を掛けるのに特化した呪歌で持って術を掛けるべきじゃ。
真理子や、当然それ系統の術を唱える為の呪歌は知っておるんじゃろうな?」
「はい。隠蔽と守護、忌避の為の専用の呪歌と、更なる隠蔽用の呪歌を候補として考えております。
あと、それらの術の効果を最大限に高める為に精度や効果の向上を目的とした補助の為の呪歌を事前に唱える事で完全を期する事にしましょう。」
「へえ~、そういや専用の呪歌って、どんなのがあるんだい?」
「呪歌そのものの綴りは古事記や日本書紀のような歴史書や、万葉集や古今和歌集のような和歌集に載ってますよ。」
「えっ!? そんなに無造作に載っているのかい?」
「ええ。他にも、延喜式や陰陽道の呪符、仏教では例えば坊さんが唱えるお経なんかも専用の呪歌・祝詞だと言えますし、中には後世に術者や神格者によって作られた和歌を核としたものもありますよ。」
「んん~? それだと実は意外と世の中には専用の術が溢れかえっていると言う事かな?」
「はい。
尤も、以前にも言いましたが、近代以降は天地の気が薄い事から、術者自体が少ないですし、祝詞や呪歌の術としての内容を理解した上で明確な意思を持って構成を編み上げないと発動なんて早々しません。
だから、何百年に一人くらいの才能ある術者で無い限り、ただ読み上げただけで術が発動してしまった、なんて事はまずありえませんよ。」
「ちなみに聞いておくけど、俺が八重香の力を借りて神格者の状態になった時に唱えた場合は?」
「う~ん、それは少し答えづらい質問ですね。
神格者は逆に己の意思自体が最も優先されますから。
術を使おうなどと考えていない状態では、そちらの意思こそが優先されて何も起きないのが普通ですけど、心理状態によっては発動しますし…」
「それはどういう意味だい?」
「言ってしまうと、術を使う意思は無くとも、ムシャクシャしている時に攻撃用の呪歌を歌うと発動されます。」
と、ここで少しの間黙って聞いていた八重香が疑問に思った事を尋ねる。
「ふむ。何故、何百年に一人の才能と神格者では違う結果になるのじゃ?」
「それは、以前にも説明しましたが、祝詞や呪歌は自意識の無い神様です。
そして、神は人よりも上位にある存在です。
なので、例え何百年どころか人類史上最高の才能の持ち主でも神と比較すると神の方が優先されます。
つまり、術を使う意思は無けれど、自意識の無い神様の方が優先されて術が発動してしまうんです。
でも、自意識の有る神様と自意識の無い神様を比較した場合は、自意識の有る神様の方が優先されます。神格者は契約した神と一体ですので当然神格者の意思が優先されるんです。」
「そういうカラクリじゃったのか。納得したぞ。」
「ではそろそろ術の綴りや内容を説明して、紗奈ちゃんに術を施そうかと思うのですが…?」
「そうだな、そろそろとりかかるか。」
と、話はそこで切り上げ、術の説明と、紗奈の呼び出しを行う事にする和範達であった。
20分後。術の説明も終え、紗奈を和範の部屋に内線電話を通して呼び寄せる。
「なあに? お兄ちゃん。紗奈になにか用事があるの?」
「ははは、そんなに大した事じゃないさ。どうせなら紗奈にも真理子との親睦を深めて欲しいと思っただけだよ。」
「えっ! 真理子さんと? うんっ! 行く行く。」
「じゃあ、おいで。」
そして、一分もしないうちに、ガチャッ、バタンッ、と扉が開いて締まる音がして入室する紗奈。
「来たよ、お兄ちゃん。」
そんな紗奈をいとおしく眺めながら、先ほど真理子から教えてもらったばかりの眠りの呪歌を唱える和範。
「いづくにか 吾が宿りせむ 高島の 勝野の原に この日暮れなば。
呪歌をもって我、汝に支配下へ下る事を命ず。水霊の気よ、集いてこの者を夢に誘え。水夢」
呪歌の詠唱が終るとともに、柔らかな空気が紗奈の周囲を覆う。
「ふえ…急に眠く…ふにゅぅぅ~。」
「ゆっくり眠っていなさい。起きる頃には今まで以上の安全が約束されているのだから。」
「ふわぁぁ~………。くー、すー、くー……」
そして、数秒もたたないうちに穏やかな寝息を上げ始める紗奈。
それを見ながら和範が宣言する。
「じゃあ、此方の準備も整った事だし、守護の術をかける儀式を始めようか。そっちも大丈夫かい?」」
「はい、私も準備は万全です主様。」
「うむ。妾も準備万端じゃ。いつでもいけるぞ。」
そして、儀式が始まったのだった。
流れとしては、まずは真理子と神格者としての力を用いた和範が術を掛け、その後にもう一度八重香が術をかけると言う三重構造での儀式をする事になった。
これは和範と真理子の訓練としての意味と、安全の為としての意味がある。
前者はその言葉どおりで、術の練習の為だ。
後者は、三重構造にする事にそれほど意味は無いが、真理子が相性の良さから紗奈の事を見破った例がある為に、和範や真理子の力もかけておく事で見破りにくくする保険の意味合いが有る。
そして、和範と真理子の二人が補助用の呪歌を歌う。
「「大和歌は 人の心を 種として よろづの言の葉 とぞなれりける。 天地の気よ、我を助けよ。」」
これにより、細かな術の調整や威力の向上が見込まれる。術者としてはかなり高い力量をほこる和範と真理子は、本来はこの歌を歌わずともかなりの効果を示せるが、やはり、歌うのと歌わないのとでは明確な効果の差が現れる。
特に、自身の本来の許容量よりも遥かに多い八重香の力を用いて精密な作業をする事になる和範にとっては、かなりありがたい歌だ。
次に歌うのは紗奈を守る為の根幹となる呪歌。
「御諸の 厳白檮がもと 白檮がもと 忌々しきかも 白檮原童女。
呪歌をもって我、汝に支配下へ下る事を命ず。綿津見の存在よこの者を守護する加護と化せ。水霊の羽衣(隔離)」
「御諸の 厳白檮がもと 白檮がもと 忌々しきかも 白檮原童女。
秋山之下氷壮夫よ、汝の神威と呪歌をもちて、風霊の気をこの者を守る加護と成す。風霊の羽衣(隔離)」
この呪歌は、対象者(特に女性に対して効果的)を霊的、物理的に他者の悪意から守護、隠蔽、忌避させる為のものだ(どの属性でも使用は可能)。
この歌による術を掛ける時が一番気を使う場面だ。
勿論、単純に呪歌を歌って術を掛けるだけでもそれなりの効果は見込む事が出来る。しかもそれは、神格者としての力を行使する和範と、術者としては上級に位置する真理子の二人が掛ける術だ。
その効果は並の術者どころか、熟練者と言われる術者がそれこそ命すら注ぎ込むほどに精魂を込めて唱える守護の術を遥かに上回るだろう。だが、事が妹の命に関わるかもしれない事態である以上、術を掛けるなら今の自分に出来るであろう最高の成果を見せねばならない。
ここで、役に立ったのが先程唱えた補助用の呪歌だ。
この術の補助によってかなり滑らかに作業を進める事が出来た。
それでも慎重に、そして決して気を抜く事無く守護の為の術を紗奈へと打ち込んでゆく。
そして、最後に、隠蔽用の術を重ね掛けするために呪歌を歌う。
「朝霜の 消なば消ぬべく 思ひつつ いかにこの夜を 明かしてむかも。
呪歌をもって我、汝に支配下へ下る事を命ず。綿津見の存在よこの者を隠す覆いと化せ。水霊の御簾(隠蔽)」
「朝霜の 消なば消ぬべく 思ひつつ いかにこの夜を 明かしてむかも。
秋山之下氷壮夫よ、汝の神威と呪歌をもちて、水霊の気をこの者を隠す覆いと成す。水霊の御簾(隠蔽)」
この仕上げの術で、紗奈本人に対する隠蔽のほか、術を掛けたこと自体も隠蔽する。
儀式を終えた二人に八重香が評価を下す。
「まあ、術の出来などは妾と比べれば100点中2点程度じゃが人間の術士としては60点くらいは有るじゃろう。」
と、厳しい評価を下す。そして、今度は八重香自身が儀式を行う。
「大和歌は 人の心を 種として よろづの言の葉 とぞなれりける。
天地の気よ、我を助けよ。」
まずは補助。和範が使った補助と比べればその精緻さの差は歴然だ。
「御諸の 厳白檮がもと 白檮がもと 忌々しきかも 白檮原童女。
呪歌をもって我、汝に支配下へ下る事を命ず。神綿津見の存在よこの者を守護する加護と化せ。水霊の羽衣(隔離)」
次に詠唱された呪歌により紗奈に守護、隠蔽、忌避の加護が刻まれてゆく。それは先程の補助の呪歌と同様に芸術的な精緻さを持って至高の加護と化している。
しかもそれだけでは無い。
和範と真理子の二人が気付かなかったような極小さな術の綻びを丁寧に埋め合わせてゆくというおまけ付だ。
先程の和範と真理子の加護も桁外れの高みの精緻さを誇るが、八重香の加護とは比べる事すらおこがましい。
たしかにこれと比べれば2点程度の出来栄えだろう。
「朝霜の 消なば消ぬべく 思ひつつ いかにこの夜を 明かしてむかも。
呪歌をもって我、汝に支配下へ下る事を命ず。神綿津見の存在よこの者を隠す覆いと化せ。水霊の御簾(隠蔽)」
そして、仕上げの隠蔽の呪歌。これにより紗奈は完全に只の一般人にしか感じられない。
まあ、真理子や和範は関係上、術の存在を無視して感じられるが、今度は逆に術による守護の強さも感じてしまう。
隠蔽だけだった以前と違うのがその部分だ。
「凄い…ですね…。」
「たしかに、こんなのと比べられると流石に自分達の未熟さを痛感するな~。」
そんな二人に対して八重香が柔らかに諭す。
「まあ、最初から出来た妾が言うのもなんじゃが、未熟さを自覚してこそ、その先の成長へと至れるというものじゃ。これを出来るように成れとまでは言わぬが、これを目標にして今後とも精進に励むのじゃぞ?」
その言葉に力強く頷く和範と真理子。
そして、その後は暫くして目覚めた紗奈とともに歓談をして過ごしたのだった。




