第14話 第一章後半部プロローグ
第一章の後半部へと突入。最初は彼らの話。
相馬和範と九重真理子が主従の儀式をした日の夜。桂家本家の一室でほくそえんでいる者達がいた。 桂家当主の次男、桂清光とその取り巻き達である。
九重真理子の失態に対する九重家とその協力者による汚名挽回行動に対して、清光こそは、当主にして父である高之助と時期当主にして兄である高志に目をつけられていて動けなかった。が、清光の取巻き達までは流石に当主達もその行動を掣肘する事は出来なかった。
桂家の名誉の為、そして九重家がしくじった時の為、などと言われれば彼らの行動を黙認せざるを得なかったのだ。
無論妨害行為を行えば流石に高之助や高志が彼らの行動を掣肘する為に出張ってくるだろう。だから、彼らは九重家の者達よりも先に異能者を見つけて捕獲、あるいは抹殺しようとしていたのだ。
尤も、真理子・東吾の九重親子らや斎藤良子達と同様に、彼等もまた最初は、件の異能者に対して、まるで集まらない情報にかなり苛突いていた。が、それが九重家の者にもいえる事と、5日前に良子が苦肉の策であるかのようなインターネットでの異能者の似顔絵公開に踏み切った事で、彼らも良子達と同じ結論に至った。
つまり、件の異能者は人探しの術に対する対抗措置を整えている事や、遠隔地の出身である可能性だ。
それは、公開から5日たった今でもまるで異能者の情報が入ってこない事から、清光達もまた後5日で捕獲できる可能性は殆んど無いと判断した為だ。
そして、真理子がまるで情報が集まらない現状に焦って、周辺を意味も無く歩き回るという馬鹿げた捜索をしている事も嘲笑っていた。気の早い彼らは、当初は監視していた真理子の動向も、既に一昨日の時点で監視を外していた。
あるいは、もう二日だけ監視をしていたら状況もかなり違ったものになったのだろうが、どうやら彼等に幸運の女神は微笑まなかったらしい。
そして、もう異能者は見つからないと決め付け、彼らは九重家の、特に真理子の処分をどうするかを酒を飲み、数々のご馳走を喰らいながら楽しげに話し合おうとしていた。
グラン・クリュのワインを飲みながら清光が取巻き達に話し掛ける。
「さて、諸君。どうやらやっとあの忌々しい男女を最前線から遠ざけ、功績を得させないようにする事が出来そうだ。」
もったいぶった清光の発言に対して取巻き達は追従の言葉を口々に述べてゆく。
「やっとですね、清光様。あの扁平胸が手柄を上げるたびに騒いでいた連中も少しは静かになるでしょう。」
「まったくだな。あの胸無し女、ちょっと術や体術が出来るからって、畏れ多くも本家の方々に匹敵するなどと騒がれて自惚れていたからな。
だが、この件で今後の活動はかなり減少せざるを得ないだろうし、それにあいつの評判はもはや地に堕ちたと言っても過言じゃないからな。
今まで少しばかり優れているからと言って調子に乗っていた罰だ。」
「ほんと、少しばかり優れているからって、俺達を見下してやがったからなあ。」
「俺は年に一回行われる模擬試合であの女に大勢の前で一発も当てられずにしかも一撃でのされたからなあ…あの後周りの連中には馬鹿にしたように陰でこそこそ噂されるし、特に女連中からは思いっきり蔑みの目で見られて居たたまれなかったからな。今回の失態を聞いた時は思わず小躍りしちまったよ。そしてこのままいけば、最高にめでたい出来事になるぜっ!!」
「あ、僕もあの女にのされた事があったんだよな。ほんとむかつくんだよ、あの、勝つのは当たり前って言う態度が。」
「そうだっ! 女のくせに図に乗りやがって。少しは相手を立てるって気はないのかっ!」
「まあまあ、落ち着きなよ。どうせあの男女は今回の失態でもう日の目を見るようにはならないし、何より俺達がそんな事させないんだから、このまま日陰の存在になるあの男女を嘲笑ってやる事で鬱憤晴らしとしようぜ?」
「そうそう。それに、今まで九重家に近づいていた奴等も異能者の情報が全く集まらない現状を見て、かなり多くが九重家から距離を取り出しているらしいよ。このままいけば、九重家は元の一分家程度の勢力に逆戻りですね。」
と、一人が、真理子の悪口から、九重家の現状に対して話を移し、清光に話し掛ける。気分よく取り巻き達の追従の言葉を聞いていた清光であったが、話が九重家が自身の父に思いのほか厚遇されていた事に触れると、内心から湧き上がる嫉妬に苛立ちを募らせる。そして、苛立った状態で吐き捨てるように声を上げる。
「ふん、元々九重家は一分家に過ぎんのだっ!
それなのに東吾の奴が父上と友人だからと言って分家に不相応な待遇を与えられていたのだ。
そして、あの男女に些少の才能があるからと言って父上や兄上がもはや不当と言ってよい待遇を与えたのだ。
だが、今回の件で不当な差別待遇は解消される事になろう。父上や兄上が庇っても、汚名を返上できなかった以上我ら以外の者達も納得はすまい。
それに、あの男女には信派は多いが、その殆んどは女達だからな。女系の家系ならともかく桂家は男系の家系で、しかも実力者の上位を占めるのは7割は男だからな。その男達から快く思われていない以上どうとでもできよう。」
と、清光が少々興奮気味になっている事を察した取巻きの一人が清光の宥めと話題の転換にかかる。
彼は取り巻きの中でもかなり高位の、ほぼ清光と同等に近い発言力を持つ真霜誠二だ。
誠二の実家は桂家の分家の中では今なお序列一位の真霜家で、彼はその次男坊である。
「まあ、めでたい事だ。それで、九重家は勢力を削ぐ以上の事は出来ないだろうが、小娘の方の処遇はどうするんだい?」
その問いに対して清光は下卑た表情を浮かべながら悪意を込めて話し始める。
「当初の予定通り、春人の嫁にでもなってもらうさ。本家にあの男女の血が入るのは癪だが相手があの馬鹿の春人なら問題は無かろう。
それに、あの男女は春人を嫌っていたからな。どうせならあいつの悔し涙でも見られれば最高だからな。」
その、清光の悪意たっぷりの発言に対して取巻き達もまた同じような表情と悪意を込めて返答をする。
「くくく、春人さんは大喜びでこの処遇に飛びつくでしょうね。」
「それにしても、二人で腕なんか組んでいたらホモのカップルと間違えられるんじゃないですかね?」
「たしかにな。あれほど女らしくない女なんてそうはいないからな。春人も女の趣味が悪い。」
「もしかしたら、春人さんって、嫌がる相手を無理やりするとか、自分の手で女らしく育てるとかに興味があるんじゃ?」
「いやいや、実は男色の気に近いものがあるとか…って事は流石に無いか。多分ボーイッシュな女がタイプなんだろ?」
「まあいいさ。春人さんがいなけりゃ嫁の貰い手なんて見つからなかったかもしれないし。」
「たしかにな。顔は綺麗だが、あそこまで女らしくないのは流石に勘弁だな。」
「あはははは、逆に婿の貰い手は大量にいたりして。」
と、取巻き達は今まで溜め込んでいた真理子への鬱憤を今こそ全て吐き出すように口々に話し始める。それを聞きながら、清光もまた5日後に訪れるであろう素晴らしい出来事への妄想を深めてステーキを喰らいつつワインを呷る。
「ふっはははははは!
まあ、めでたい日まであと僅かだ。5日後を楽しみに待つとしよう。」
と盛り上がる清光一派。尤も、彼等が楽しみに待つ5日後に何が訪れるのかを知ればこれ程悠長に構えられなかったであろう。だが、彼らには知る由もないのであった。