第9話
そろそろ第一章前半の山場。
和範は件の少女術士、九重真理香と学校の裏山で対峙していた。
ああ…八重香の言った通りこうなってしまったか。やはり運命は我を見捨てたか、などと嘆いてみるが現状は変わらない。
先程住宅街で正体がばれた後、ここでは人目がつきすぎるとの事で学校の裏山まで場所を移したのだ。
和範は、もう後は野となれ山となれとばかりに半ば投げやりな気持ちでついてきた。
「それで、どうするんだい俺達を?
第三公園での一件は完全に巻き込まれただけだよ。」
そう尋ねる和範に対して、真理子は見当違いの答えを返す。
「以前公園でやりあった時とは、明らかに口調が違いますね、何故ですか?」
別に答えなくてもいいのだが、少女を殺すわけには行かない以上此方は既につんでいる。
心象を良くする意味でも真面目に答えとくかと考え、素直に答える事にした。
「明らかに敵としか判断できないような連中の前で普段の喋り方なんかする訳ないだろ。
そんなの後で補足され易くなるだけだろう?
まあ、結局見つかってしまったから今となっては無駄な努力だったわけだけど。」
と答えた後に、此方も質問してみる。
「此方も少し聞いておきたいんだけど、どうして俺があの時の人物だと分ったんだい?
ああ、やり取りの最中でばれた事を聞いてるんじゃないんだ。
あれは、神と相談して答えは出てるんだ。完璧すぎたのが逆に不自然だったせいだろ?
まるで事前に対策を立てていた相手と話してる感じを受けたせいで疑惑を深めたと言った所か。
それよりも、明らかにあの時は雰囲気も顔も髪型も変えていたのにどうして、今日会った時に声をかけようと思ったんだい?」
もう隠す必要を感じなかったので相手の反応を見ながら勝手に納得して、話を進めていく和範だった。
真理子は意外と喋る男だなと思ったが、相手が、此方を凝視したまま、小さく頷いているのを見てその考えを打ち消す。
この異能者は自分が話してる内容に対して真理子が僅かに見せる反応から真理子の意見を勝手に読み取って話を進めているのだ。
よく喋るのではなく、真理子の声無き返答を聞いて話を進めているだけだと思い至る。
観察力に優れたかなり厄介な異能者だ。
舐めて掛かっていた部分があった前回の戦いでの敗北は、当然であったかもしれない。そして、気を引き締める。が、
「そんなに緊張しないで、落ち着いていこうよ。
…で、質問の答えは?」
此方の僅かな気の引き締めにすら容易く気付かれた。
もし、再び戦う事になったらかなり厳しいかもしれない。
前回の戦いではこの異能者は、もう一人の異能者のサポートに徹し、真理子の攻撃をかき乱し、そして、ようやく来た好機に術を仕掛けようとしたら、逆に罠に嵌められていた。
真理子が先の戦いで、相手の手の内を殆んど知らないのに対し、相手はかなり真理子の戦い方を把握しているだろう。
真理子が知っているのは、目の前の異能者の宿す神の種類と、術を使わず徒手空拳だけで戦う事位だ。
が、この狡猾な異能者が手の内を隠している可能性はかなり高い。おそらく術も使えるし、宿す神の種類も違うと判断すべきだった。
真理子が相手を警戒しているのが伝わったのか異能者は両手を上げさらに言葉を掛けてくる。
「ちょっと、ちょっと。警戒しすぎだって。
此方には敵対の意思は無いんだから。」
だが、真理子にはその言葉やしぐさも自分を油断させる為の罠にしか映らないのであった。
ますます警戒をしだした相手に和範は内心で戸惑っていた。
和範としては、もう詰んでしまった状況なので相手の心象を少しでも良くする為に、自分の本来の姿をさらけ出しているつもりであった。
なのに、話が進むほど、相手は警戒度を上げてゆくばかり。一体何故なんだと叫びだしたいのを堪えて、話し出そうとした矢先に、八重香が念話をしてきた。
(馬鹿たれ…。演技しなくてよいやとばかりに本来の自分をさらけ出しすぎじゃ。
お主の異様に鋭い勘を使って、相手の心を読むかのような話し方はやめておけと前から言ってあっただろうが!
この小娘が馬鹿なら、勝手に喋る人だと納得したじゃろうが、賢ければ相手の考えを先読みするような話し方をされれば、警戒するに決まっとろうが…ま、少し賢すぎる気もするがの)
(げっ!
じゃあ態々相手の警戒心を刺激しただけかよ。)
(何事も程々が一番と言う事かのう。
和範よ、これを教訓とし、そのような極端から極端に走る真似も慎むように務めよ。)
(了解…で、これからどうしたらいいと思う?)
(もう何を言っても手遅れのような気がするのう…
いっそ、勝った方に従うという誓約でもして決闘したらどうじゃ?)
(最悪の場合はそうするよ…)
と、ただでさえ詰んだ状況がさらに悪化していた事に気付き落ち込む和範。八重香から示された案も最後の手段とでも言うべきもので、いきなり採用する気にはなれない。
そんなこんなで悩んでいると、真理子の方から話し掛けてきた。
「貴方は、危険です。」
そのあまりな一言に和範は慌てて反論する。
「いや、それはあんまりだろ。
危険とか言われても、そもそも俺は悪事や犯罪に手を染めた事なんかないぞ!」
だが、その反論にも然程心を動かされた様子もなく真理子は返答する。
「例え今まで悪事や犯罪に手を染めていなかったとしても、貴方の異常な観察力、相手を欺く詐術の巧みさ、思い切りのよい判断力、今もなお分らぬ貴方の能力の全てが危険です。
将来の事を考えれば貴方を野放しにしておくのはかなり危険な賭けをするようなもの。
ゆえにこそ、宣告します。我が桂家の監視下に入り、私に従って貰います。」
流石に冗談じゃない! と思う。
自身の命などには余り頓着しないが、だからこそ娯楽とも言える自由には拘りたい。
和範としては、自身を誰かの監視下に置かれるなど全力で拒否すべき事だ。
ここに至り、和範も腹をくくる。八重香の提案通り、目の前の少女と決闘する事を。そこで和範が最後の確認を行う。
「じゃあ、俺が承諾しなかったらどうするんだい?」
その質問に真理子は、剣呑さを増しつつ宣告する。
「ならば、力づくででも従って貰います。」
その宣告に八重香が無礼な小娘を叩きのめしてやれと煽る。
そして、和範もまた薄く微笑みながら返答する。
「いいね、いいね、分りやすくて。
じゃあ、勝った方が我を通すという事にしようじゃないか。」
そして、和範と真理子の第二回戦が始まったのだった。
作中の補足ですが、和範が口調をころころ変えるのは敵の前だけでなく家以外での生活の中でもです。彼はそうすることで自分という人間の印象を他者に絞らせないように心がけています。印象が薄いのではなく、印象を絞らせないヌエ的な人物になるように書いています。が、かーたろう自身、書いているうちに忘れがちになるのでご容赦願います。