その5
「えっと、初めての九層に挑むことになりまして、色々な方から聞いた定番通り、直通昇降機を降りてすぐにある玄室に挑むことにしていたんですけれど、敵の姿がなかったんです。ですから、そのまま帰るのもどうかという話になって、軽く九層を偵察してみようという話になって、昇降機から出たばかりの通路を探索して、開けたところに出たと思ったらあたり一面怪物に溢れていて、慌てて元来た道を戻ろうとしたら、雪崩のように襲い掛かられて、敵を倒しながら少しずつ後退していたところを全滅寸前のところで助けて貰いました」
メイさんの発言を聞いた上で、爺様は僕に目線をやってきたので、
「僕らが九層に降りたって、最初の玄室に入ったら敵が居たのでいつも通りに駆逐して、そこからどうしたものかと相談しているときに、とんでもない気配を感じまして、通路を見て見たら大量の敵に押し込まれている彼女たちが今まさに全滅しそうな状況だったので、次は僕らに雪崩れ込んでくると素早く勘案して、慌てて死んでいる彼女の仲間を上手いこと玄室に叩き込みながら応戦し、何とか玄室の部屋を閉め切る頃には運悪くこちらの徒党も半壊したってところですかね。お互いの徒党員の死体を何とか最下層に通じる非常口に叩き落として、最下層にある地上に繋がる転移の罠に全員運び込んで脱出完了と云った感じですわ。なるべくなら二度とやりたくない経験でしたねえ」
と、こちらの事情も説明します。
そして、熟々と話しているうちに、ふと気が付くことがありました。
メイさんの徒党が何故最初の玄室で敵と遭遇しなかったのか、様子見をしに行った先で見た事もないような怪物の群れというか塊に出会す確立ってどんなものなんですかね? その上、怪物が再配備された玄室で戦い終わった僕らの元まで逃げ込んでくるとなると更にどうでしょう?
偶然で片付けられますが、何やらきな臭さも覚えます。
ええ、目の前の御老体も多分そう考えたんでしょうかね。
少しばかり顔付きが変わった気がします。
「お前さん、司教にはなったばかりだな?」
「ええ、まあ。一系統の術式を全て習得したので、転職のしどきかな、と考えましてね」
案の定、僕が一度転職していることにこの爺さんは気が付いていました。
冒険者は幾つかある職のうちの一つに就いているものです。
余程能力の長けている者でもない限り、最初は自分の能力に見合った基本職から始める者です。まあ、今、隣に、生まれたときから君主になるための修行に明け暮れて君主になった特殊例の方がいるわけですが、その話は敢えて置いておきます。
まあ、転職には最大の欠点、一から全てをやり直すこと、がある訳ですが。その上、本来ならば長年学び身に付ける事を短期間で習得するのがこの都市における訓練所での転職となります。ええ、どういう仕組みかまでは分かりませんが、肉体に相応の負担をかけることでその時間を短縮させています。代償としては、肉体年齢が少しばかり本来の年齢よりも早まることになります。うん、老けるんだ。それを嫌って転職しない冒険者もいるわけですね。
それでも転職する冒険者が後を絶たないのは、状況次第ではそれを上回る利点がある訳です。
基本職である戦士から、上位職の侍や君主に転職した場合は、戦士では装備できなかった武具などによる戦力強化や、侍ならば精神修養の一つとして覚えることとなる魔術師系統の呪文、君主ならば僧侶と同じ働きもできる様になります。
付け加えれば、転職してもかつて覚えた経験を全て失うわけではありません。
たとえば、呪文。一つの系統に第一階梯から第七階梯まである呪文を忘れることなく、転職した職でも使うことはできます。ただし、使用回数は本職に劣りますので、熟達した本来の使い手たちには敵いません。
魔術師と僧侶系の呪文を使いこなせる司教ですが、全てを覚えるには莫大な修練が必要となります。魔術師や僧侶が全ての呪文を覚えるよりも圧倒的に手間暇をかける必要があります。
そこで、いずれかの呪文を習得しきった後で司教に転職することにより、呪文を全て覚えきるまでかつて覚えた呪文を使うことで戦力の低下を防ぐ方法もある訳です。
最初から司教として修練を積むと、魔術師や僧侶が全ての呪文を覚えたあたりで戦力格差が酷い事になりますからねえ。迷宮で見つかる、未鑑定の物品を鑑定できる唯一の職とは言え、かなり肩身が狭いことに変わりはありません。
だからこそ、先にいずれかの呪文を覚えきってから、司教になるのは良くある方法というわけです。