その3
「何も無いところだがゆっくりしていきな。まあ、然う云う話じゃねえかも知れないけどよ」
おっさんの言う通り、本当に何にも無いところでした。
良く言って見廻りの詰め所です。
まあ、墓守も見廻りである以上、そうなるのは当然なんですが、泊まりとかそういうことを一切合切考慮していない大きな机と簡易な椅子だけが置かれた部屋と言いますか……、ここで生活しろと言われたら流石にドン引きするなあ。通いで、交代制なんでしょうが、それでも流石にねえ。
とは言え、そうなる理由も分かります。
寺院裏のこの墓地、基本的に寺院での蘇生が失敗したり、蘇生を諦めた冒険者用なのです。
冒険者は死と隣り合わせの稼業、どんなに優れた練達者に至った者ですら、状況次第ではあっさりと死にます。
一般人と違い、鍛え上げた肉体や魂は外傷で死んだ程度ならば、神々の奇跡にて蘇る場合もあります。熟達した僧侶系呪文の使い手や、寺院で高いお布施を積めばまだ蘇る可能性は大ありなのです。
逆を言えば、それだけまだ活力が溢れている死体を放置しておくと何らかの影響で不死者として人々に害を為す場合があります。
自然発生的に不死者になることはまずありませんが、悪意を持った者が墓荒らしをし、遺体を不死者の材料にする事案も考えられます。その場合は、優れた能力をした不死者が創り出される可能性が大です。何せ、素材が優秀ですからね、余程へっぽこな術者でもない限り、とんでもないバケモノが街中で生まれることとなります。
当然、この街を統治する狂王様がそれを望むわけもなく、冒険者を埋葬する墓地を監視しやすい場所に設置し、誰からも怪しまれないようにそれとなく監視要員を配置するのも当然の帰結です。
要するに、このおっさんも少なくとも只人ではないはずなのです。
ただ、練達者には及ばないだけで、不埒者が墓地に闖入してきたとしても、増援が来るまでの足止めやら伝達をする程度の腕は持っているでしょう。
練達者に一歩及んで居なさそうなメイさんや、今の僕では敵対された場合、ちょっと荷が重いかなあ、程度の腕と見受けています。
まあ、二人がかりなら確実に取れるんですけどね、連携できれば。
あちらさんもそれは承知の上でしょうし、多分、ミスティさんがそれなりに良い関係を築いてくれていたのでしょう。割合友好的な態度を取ってくれていますからねえ。
実際、本人ではなく、噂として聞いていた仲間が来た時点で何かが起きていること自体は察しているでしょう。まだ、埋葬される状況にはないだけ、ぐらいには。墓守ですからね、流石に埋葬されたなら気が付かれますしね。
「で、そっちの兄さんは話にも聞いたことないんだが?」
胡散臭そうに僕の方をおっさんが見てきますが、そりゃそうだな、としか言い様がない。
僕だってこの状況なら然う言いますわ。
「えっと、色々あって、助けて貰ったんです」
言葉を濁しながら、メイさんは助け船を入れてくれます。
流石は善の君主、人を疑うことなく助けてくれますね。
「ええ、まあ、何と云いますかね。彼女たちの徒党が巻き込まれていた厄介事に迷宮で巻き込まれまして。袖触れ合うも多生の縁、我々も生き残るために手助けした次第ですよ」
「悪の徒党がか?」
まあ、おっさんが疑うのも分かります。
僕、悪の司教ですからねえ。普通は迷宮内で他の徒党の危機を救うこと何てしません、普通の悪の徒党なら。
「そこは彼女の徒党の運が良かったんでしょうね。僕の徒党、迷宮のナマモノ以外には興味がないんで。他の徒党を襲ったところで時間の無駄、確かにあの時は見捨てても良かったんですが、迷宮内で尻尾巻いてケツを捲るのは僕たちの流儀じゃなかったんで、結果的に助太刀した形になったんですよ。ま、御陰で僕たちも少なからぬ犠牲を出したので、一時的に協力し合うという話が纏まっただけです」
どうせ、狂王様の配下なら、回り回って僕らの話など回ってくるわけですから、最初から嘘をつかずに正直な話をしておいた方が得策というものです。友好的ではないにしろ、中立の立場を取ってくれるようになれば有り難いですからねえ。