その2
「えっと、交渉は自分たちでやるから、私は黙ってそこに居るだけで良いと」
「成程。確かにそれも一つの手ですね」
僕は深々と頷きます。
実際、交渉の場に生まれながらの君主がいれば、大抵の交渉で優位に立てるでしょう。
ミスティさんはそこら辺をよく理解していた手強い交渉人だったんですねえ。そりゃ、居なくなったらしおしおになるわ、メイさん。
「えっと……?」
「何も苦手なことまでしゃしゃり出るのが上に立つ者ではないということですよ。苦手と理解し、それを補える者が居るならば、そのものに全てを委ねるのもまた、上に立つ者としての答えの一つです。まあ、今回は流石に貴女に交渉して貰わなければなりませんけどね」
反応に困っていたメイさんに素直な讃辞を送ります。
いや、本当に変なところでしゃしゃり出てくる上役って最悪ですから。
それだったら最初から全部任せてくれと思いますよ。
「大丈夫なんでしょうか?」
「問題ないでしょう。どちらにしろ、ミスティさんから聞いたという旨と彼女の蘇生費用のために協力してもらえないかとお願いするだけなので、細かい駆け引きとかないでしょうから。……今更ですが、ミスティさんとの面識があるだけの方なのですか?」
「色々と相談に乗ってもらっていたとは聞いています。主にこの街のこととか盗賊の技術についてとか」
「一種の師弟関係に近い状態なんでしょうね。それなりに親しいと見て良いのかな?」
「基本的に誰にも親しまない娘だったんで……」
「成程、逆を云えば、仲間に話すぐらいの仲だったということですか」
面識のない相手ということで門前払いされる可能性が多大だなあと思っていた中、この情報は割と朗報です。
それなりにこの街の情報を集めている僕ですら知らない隠れ住む手練がそう簡単に話を聞いてくれるものかと危惧しておりましたが、人見知りの傾向にある娘さんとそれなりに交流があるとなれば、会話上手かその娘さんに対して何らかの思い入れがあるかのいずれかと思われます。蘇らすために助力を求めて即座に却下されるような関係性ではないでしょう。
当人からの助力は無理でも、それだけの手練ならば他に紹介してもらえる可能性もあります。最初から印象が良い事に越した事はありません。
「それで、相手の方の名前は御存知で?」
「名前というか……通り名は聞いています。ミスティもそれしか聞いていないって」
「そうですか」
些か判断に困る情報です。
本名を名乗らないのは盗賊系の職に就いている方ならば良くあることです。
うちの盗賊もそうですし、多分ミスティさんも本名ではないでしょう。
その上で、墓守という仕事を通り名だけで通しているとなると、何やら些か焦臭いものを感じるのです。
いや、墓守という仕事をそれで通せるか通せないかで言えば通せる部類でしょうが、この街の、それも迷宮探索者を葬るような特異な場所にあの狂王様が得体の知れない人物を野放しにするかと言えば……はてさて、何やら怪しくなってきたぞぉ。
あの狂王様すらも気が付かないような隠形を極めた達人なのか、それとも、狂王様が公認している隠れた達人なのか。どちらにしろ厄介事の臭いがしますが……背に腹は代えられませんからねえ。泣ける。
そうこうしている内に寺院の裏手にある墓場へと到達し、僕たちは墓守たちの屯所というか、管理小屋とも言うべき場所へと向かいます。
「すみません、小っさい爺様は御在室でしょうか?」
「んあ~? 見ない顔だな?」
小屋の中には御世辞にも上品とは言えないおっさんがいました。
少なくとも爺さんではないですし、小さくもありません。探し人ではないでしょう。
「えっと、ミスティの仲間です。小っさい爺様に伝えることがありまして」
「アー、あの嬢ちゃんの仲間かァ。なら、知らんぷりするわけにもいかねえな。爺様なら見廻りしているはずだぜ? 待っていれば直に戻ってくるさ」
見た目に反して人の良さそうな笑顔を浮かべ、おっさんは小屋の中に僕たちを招きます。
このおっさん自体は練達者の冒険者なら一蹴できる程度のようですから、余程変な罠でも無い限り誘いに乗っても問題なさそうです。
まあ、一見の相手を信用信頼できないのは悪の属性の習い性ですからね、善の属性の君主ならほいほい付いていくわけです。
しゃあない、気を取り直して付いていきます。
何せ、虎穴に入らずんば虎児を得ずの状況なんで、毒くらわば皿までと言った心境ですわ。やだなあ、選択肢がない状況って。貧すれば鈍すよね、全く。