その1
とりあえず、各自やれることをやってみるという方針で一度散会し、知り合ったばかりの女君主の案内で、彼女の心当たりの人物の元へと向かいます。
「それで、何処に向かう予定で?」
「えっと、ミスティ──仲間の盗賊の名前ですけど、彼女が云うには寺院の裏手の墓場で墓守している方が使い手だと」
「ふむふむ。そんな方に覚えはありませんが、同職ならではの見極めですかね」
僕は首を捻ります。
これでも顔は広い方で、寺院にもその裏手にある墓地にもそれなりに足を運んでいますが、該当しそうな人物に覚えはありません。
本職の直観と言うものが莫迦にならないことはよくよく知ってますし、目の前の女君主の最側近であろうと推定されるミスティなる盗賊は相応に優秀であると推定できます。
ならば、僕が何らかの理由でその人物を見逃している、そう考えるのが妥当でしょう。
「えっと……それで……」
そんなことを考えていたら、急に女君主がそわそわし始めます。
「何かありましたか?」
「いえ、その……恥ずかしながら、貴方方の名前をお聞きし忘れていたと気が付きまして……」
「ああ」
言われてみれば、自己紹介するなどと言う余裕がなかったのでうっかりしていました。
「私はメイ……、メイと申します。貴方様の芳名をお聞きしても?」
「僕はジンガと云います。まあ、大した者ではないので、呼び捨てで構いませんよ」
「いえ、こちらは助けて戴いた身。然う云う訳にもいきません、ジンガ様」
「いっても良いんですがねえ。僕は平民の出ですから、生まれながらの君主であるような方とは身分が違いますから」
「…………?!」
メイさんは驚いた顔になりましたが、正直、バレバレだったの気が付いていなかったんですかねえ。
君主とはそこんじょそこらの有象無象が付ける職ではありません。
基本職と呼ばれる四つの職、戦士、盗賊、魔術師、僧侶となります。大抵の者はこのうちのどれかが最初の職となります。余程のことがない限り、このいずれかの職になれるだけの能力を持っていない者は冒険者になれないという事です。まあ、資格を得るために訓練所で必死になって力を得ようとしている若者は、大体がこの足切りに遭ってしまった者たちです。
さて、メイさんの君主は上位職と呼ばれる基本職の内、戦士と僧侶を兼ね備えた特殊な職です。冒険者になろうと訓練所に訪れた若者がいきなり就けるような甘い職業などではない。基本職なり他の職で、相当な経験を経て鍛え上げられた能力を持ってようやく職に就く資格を得るという、恐ろしく狭い門です。しかも、冒険者として転職するとなると、何年も修行している暇など無く、特殊な秘法を用いて必要な知識を一気に叩き込むため、肉体に相応の負荷がかかり、数才老老けると言われています。
いや、実際負担は大きかったですよ? 僕も故あって、司教に転職した身、転職のリスクは嫌と言う程知っています。
だからこそ、明らかに十代の見た目で君主であるということは、先祖伝来の職を引き継いだために、転職という負担を負わずに生まれながらの君主として今日まで育ってきたと考える方が自然となるわけです。
ぶっちゃけ、この街で冒険者になるのが許されるの、十五才からですのでねえ。そこから数年迷宮に潜り続けてようやく君主になるに相応しい能力を得て、転職するとなると、見た目は二十代以上となります。十代の君主であることは即ち、生まれながらの君主である、貴族階級の生まれと言い切っても問題ありません。
従って、彼女が金庫番として信認している女盗賊は彼女の家に忠誠を尽くしている頼りになる人物なのでしょう。全く以て、アレとは大違いだ、本当に。
「えっと……」
「まあ、話しにくいことは言わないでも結構ですよ? ただ、もう少しこの街の常識を学んでから言動に気を付けるべきですね。隠すべき話なら」
多分、女盗賊がメイさんが襤褸を出さないように今まで守っていたんだろうな、と思ったので、正直な感想を言いました。
「あの、その……」
「まあ、君主であることを隠す方が問題なので、年齢をもう少し上に見られるように誤魔化す方をお奨めします。貴女ぐらい若い君主は、大抵御貴族様だとすぐに見破られますよ?」
手短に僕は問題点を指摘します。
多分、真面目に何でかを説明しても理解できないのではないかなあ、と推察したのです。
ミスティさんは苦労していたんでしょうねえ。
「気を付けます」
メイさんは分かっているのか分かっていないのか、どちらか分からない返事だったので、
「ミスティさんからは何か云われていなかったのですか?」
と、尋ねることにした。
流石に、フォローするにしてもどこまで理解しているかは分からないと酷い事になりかねない。報連相は物事の基本です。