その3
「んー、金庫番に任せている資金を引き出す方法あるんじゃなかったかにゃあ?」
トーハチの疑問に対し、
「まあ、あるにはあるんですけどねえ。時間掛かるんですよね。うちの徒党や、彼女の徒党ならそこまで時間掛からないでしょうけど、それでも一回潜って資金稼いだ方が手っ取り早いですし、無駄にお金使わずにすみますからね」
と、僕は何とも言えない苦い表情で答えます。
ええ、経験者は語るってヤツですよ。
そんな経験無いに越した事は無いんですけどねえ、本当に。
「無駄?」
「ええ、金庫番を手続が終わる前に蘇らせて、徒党資金を自由に動かせるようになったとしても、その手続き自体は生きているので、手続きの手数料は支払う責務があるんですよ。流石に徒党資金の一割持って行かれるのは中々大変ですからねえ。使わずにすむなら使わない方が良いんですよ。手続きの時間、普通は一ヶ月ぐらいかかりますからね。だから、一ヶ月かけても蘇生費用やら、徒党資金の一割も稼げないと見切りが付くなら使った方が良い制度と云ったところですよ」
かつての記憶を元に、僕はトーハチに説明します。
まあ、正直申し上げまして、お金で解決出来るならそれはそれで問題ないんですよ、お金で解決出来るなら。世の中、二段底が多すぎて困る。
「んー、それだと拙者たちなら使わない方が良いのかにゃあ」
トーハチも莫迦ではありません。
自分たちならそれだけの日数があれば余裕で必要経費を稼げると算盤をすぐに弾けます。故に、僕の言いたいことも即座に理解できます。
「そうとも云えるし、そうでもないとも云えます。御上もね、優先順位付けるわけですよ。一応腐っても、僕たちの徒党は迷宮主を倒していない中では現在最上位に位置します。さっさと護符を持ち帰らせたい狂王陛下におかれては、僕らを遊ばせておきたくないわけです。だから、僕らが金庫番の扱っている資金を取り出したいと申請したら、即日許可が下りますよ? 蘇生が早ければ早いほど、徒党の復活も早いわけですしね、普通なら」
「なるほどにゃあ。……察するところ普通じゃないにゃ?」
ええ、トーハチは莫迦じゃない。
だからこそ、僕の含みのあるセリフを聞いてすぐにピンとくる。
「……まあ、そうなりますかね」
渋い表情を浮かべながら、「一応ね、聞いてみたんですよ。金庫番、死体安置所だから手続きした方が早いですかねえ、って店主に。今は止めておいた方が良い、金庫番の蘇生費用を稼いだ方が良いのではないか、と遠回しに云われましてねえ。ああ、これは、彼女何かやらかしているなあ、と」と言って、僕は溜息を付いた。
基本的に、貸金庫業もしている武器屋の店主がそんなことを言い出すことはまずないのです。
例え、僕たちが太客だったとしても、そこまで贔屓にする必要はない。
当然、例外はあって、自分が大損しそうになる事態が進行中ならば、法に触れない限りそれとなく忠告してくることはあります。今回の件がまさにそう。
前にもね、似た様なことがあったんですけどね、その時は、違う忠告されましたからね。ここまで丁寧に教えてはくれませんでしたけど。
要するに、今回のは倉庫番をさっさと起こして事情を説明させないと徒党がまた空中分解しかねないぞ、と言うある種善意の忠告をしてきたわけです。あの銭ゲバが。
「十中八九、彼女の出身母体絡みの何かで使い込んでしまったあたりなんでしょうけど、返却する意思はあるって云った処じゃないですかね、今回は」
「もしくは、前借りして返しているを頻繁に行っている」
僕の推測に対して、スカーレットが付け加えます。
「それって、一応、徒党の仲間に一言云えば別段問題ない話だにゃ?」
首を傾げてトーハチは疑問を言う。
我々の徒党にトーハチが加入したのは最後とは言え、徒党に入る前、この徒党で守るべき約束事を説明しています。
その中の一つに、徒党員の了承さえあれば、徒党資金から借金しても問題ない、との条項が入っていました。
「ええ、そういう約束ですからね。……逆を云えば、その約束を無視して隠さざるを得ない事情があるって事なので……そこら辺を先に調べた上で復活して貰った方が良さそうなんですよねえ。ええ、現状それを調べられる人材に当てがないわけですが」
肩を竦めて思わず苦笑してしまいます。
「盗賊ですか?」
女君主が何故か食い付くように尋ねて来ます。
いや、何故かじゃないな。向こうの金庫番は盗賊だったから、条件次第では早めに蘇らせるかもという期待が生じたのか。
「後は吟遊詩人や忍者あたりですかね。街中でなければ狩人当たりでも良いのですけどねえ」
僕は敢えて気が付いていない振りをしながら常識的な判断を口にします。
正直、あちらの倉庫番から蘇らせても良いんですけど、今日あったばかりの相手に主導権を渡すのも何かね、違いますのでね。交渉ごとの基本と言う事で、即答はしないことにします。