その8
「予備は持っておらんのか?」
「僕らは兎も角、彼女たちの徒党の懐具合などは知らないので」
爺さんの問い掛けに、僕はちらりとメイさんを見ます。
「……そうか、初めての九層であったな。予備の装備まで手が回っていないか」
爺さんは僕の言いたいことをあっさりと察します。
予備の装備品を準備できるようになるのって、それ相応の収入がないとできることではありません。具体的に言うと、最下層を毎週第一領域でも良いから確実に踏破できる程度、でしょうか。そこで地上に戻ったとして、ちゃんと敵を倒しきれていれば少なくとも整備代で赤字が出るようなことはありませんので、だんだんと財政的な余裕ができていき、カツカツだった頃と違って装備の更新をするときであっても使っていたものを下取りに出さなくとも問題がなくなり、予備の装備品を準備できるようになっていくわけです。
要するに、メイさんの徒党をそれに割り当てると、ぎりぎり予備の装備品を準備できる段階に入ってきたかなあ、あたりだと推察できるわけです。
むしろ、この時点で予備を用意しているのならば、相当計画的に潜ってきた徒党となります。
ええ、何らかの理由で週に一回の迷宮行以外にも何らかの目的で迷宮行を実施していることになりますからね。余程強い意志でもって何かしらを成し遂げるために準備している徒党でしょう。
まあね、極稀に戦闘狂が闘いを求めて、臨時徒党員を求めている徒党に傭兵として入り込む人も居ますけどね、普通はそういう手合い、善の属性持ちじゃないんで、この場合は除外しても良いでしょう。アイツやトーハチも悪や中立だしな、うん。
「仲間のものも調べて何とかします!」
即答してきたメイさんに、
「流石に自分に合わない装備を使って怪我されても困りますから、とりあえず確認してからにしましょう。然う云う訳で、今日すぐに、は無理ですね」
と、僕は直ぐさま宥めます。
実際ね、人に合わせた装備を身に纏って直ぐさま完璧に動けるのって、本物の超一流だけなんで、普通は無理なんですよね。ぶっちゃけ、それを本気でやるなら慣らし期間が欲しい。
金で解決するなら、それらの装備品を特急料金かけて調整して貰うというのもありますが、理想はその両方ですよねえ。
「それならば仕方あるまい。明日までには何とかせい」
「……まあ、何とかしましょう」
整備の特急料金と新規装備品の調整の特急料金、どっちが高かったかなあ、と一瞬悩みましたが、実際のところをメイさんに聞きもせずに判断するのは失礼に当たるなと思い当たりました。人の懐を勝手に想像した上、蔑ろにしているようなものですからね。協力関係とは言え、徒党の仲間でもない方を一方的に指図することは。
故に、メイさんの出方を見守ることにします。
「分かりました」
淀むことなくメイさんは爺さんに答えます。
考えなしに答えた感じはしなかったので、何らかの腹案があるのだろうと信じることにします。
ええ、メイさんもはっきりと返事していますし、何とかなりますよね?
「それでは、明日、迷宮入り口でな」
話は決まったとばかりに立ち去ろうとする爺様に僕は慌てます。
明日と言っても、何時から潜るとか決めていないんですけど?
そこら辺を聞こうと呼びかけようとしたときに、
「申し訳ありません、貴方様を何とお呼びすればよろしいのでしょうか?」
と、メイさんが爺さんに問い掛けます。
うん、それも重要だね。でも、それより、待ち合わせ時間の摺り合わせが必要だと思うんだよ? 最悪、全員揃ってから名乗って貰えばいいわけだし。
「儂か? “鷲の目)”とでも呼べ」
ほうほう、鷲の目、ですか。
どこかで聞いたことある名前だなあ、嫌な予感するなあ。
現実逃避する前に、
「朝一で良いんですよね?」
と、確認だけは取りました。
うん、だって、最強忍者の通り名、こんなところで聞くとは思わないじゃん。
マジか、マジかー。