その6
「半壊した徒党は全員本来ならば練達者だったということじゃな?」
「まあ、そうなりますかねえ。僕がある程度使い物になった時点で、転職希望の他の仲間が転職する手筈ではありましたが」
「最下層の経験は?」
「一応、今の徒党だと頑張れば三領域目までは行けますかねえ。僕個人の話なら、前に参加していた攻略連盟で最終領域まで支援のために侵入しています」
隣からびっくりした表情で見詰められている気がしますが、然う言えば、軽い自己紹介すらしていなかったな。まあ、最終領域まで行くことになったのは、僕の実力があったからなどではなく、ある意味運に恵まれたからなんですけど、そこまでは言う必要もないし、逆に最終領域までの道程を知っているのを黙っているのも不味いんで、軽く説明するとなるとこんな感じになるんですよね。
「で、お前さんは今回の出来事、どこかで見た事があるのかね?」
「ないですねえ。噂に聞く“養殖”に近い印象を受けますけど、九層でやりますかね?」
「……聞いた記憶は無いな」
爺さんも僕と同じ結論に至ったようです。
“養殖”とは仲間を呼ぶ怪物を殺さぬ程度に痛めつけ、呼び出された仲間を黙々と倒していく手法です。別に怪物を倒せば倒すほど確実に強くなれるわけでもないのですが、倒さないより倒した方が強くなれるのは事実です。それよりも、怪物の落とす宝物を入手するために数をこなすために行うのが一般的でしょうね。
ただ、そこまでして怪物を倒そうとする冒険者は実力も装備もしっかりした者でなくては不可能であり、浅い階層の怪物をそこまでして倒す価値はないことも考えると迷宮の深層が候補地となり、そんな場所で“養殖”を行える実力と装備を兼ね備えた者ならば、大抵は最下層の特定の相手を計画的に狙うでしょう。
ぶっちゃけ、第九層という中途半端な場所で行う価値がないんですよね、徘徊している怪物も良いモノ落としませんし。
まあ、最大の問題点は、第九層までの怪物って不利になると逃げるときがあるんですよね。
正直、あともう一歩間で持ち込んで逃げられるのは本当に苦痛なんで、精神衛生上、“養殖”を行う者はいません。そこまでするなら、逃げられるのは痛手を通り越した大損害でしかないですものねえ。
あの大津波が人為的に作られた物ならば、先ずは“養殖”という言葉が頭に浮かぶのは当然の事柄ですが、第九層という場所柄がそれを否定するので、僕としては偶然そうなったと考えても良いか、と思考をぶん投げております。
いや、第九層なんて基本的に通過点ですし、すぐに逃げ出せる場所を確保できるわけですからねえ。次見たら逃げますわ、割に合わないもの。
「だったら、人為的に行われたことじゃ無いんでしょうね。自然発生にしては恐ろしいことですが」
「……それもおかしな話じゃな。おかしな話じゃ……。よかろう、手助けしても良いが一つ条件がある」
「なんでしょうか?」
「儂を怪物が雪崩のように涌きだした場所まで連れて行け。それで手を打とう」
「ふむ……」
ある意味で破格の条件なのですが、幾つか問題点が残ります。
一つは九層まで辿り着けるのかどうか。
現状、純粋な術使いが僕しか居ない上、僕自体が広域殲滅の手段をあまり持ち合わせていません。正直、四層ならば兎も角、九層だと物量で来られたら押し切られる仲間しか居ない状態、目の前の方が余程の達人でもない限り、ちょっと戦力的にキツイかなあ、と言うところです。
もう一つは、目の前の御仁が九層に辿り着けるのかどうか。
こちらはね、自分から然う言うってことは少なくとも練達者だとは思うのですが、どの程度の腕の持ち主がちっとも僕には見切れない。
正直、今の僕たちでは足手纏いを連れて九層の現場まで連れて行くことなど不可能です。
約束すること自体は簡単なのですが、実行できないのは流石にねえ。
「問題でもあるかね?」
「大ありですねえ。転職したての司教である僕、君主であるそこな彼女、後は僕の徒党の仲間である巫女騎士と侍なんですよね。明らかに物量で圧されたら逃げるしかない仲間しか揃っておりませんでして、九層挑めるかというと些か悩み所でしてね」
「揃いも揃って広域攻撃手段を持たぬと云う事か。確かに、些か面倒ではあるな」