あのひととわたしの、束の間の
次は日曜に更新します
夜中に、何か胸騒ぎがして目が覚めた。
いつも通りの白っぽい部屋
部屋の中から消えている、いつものでっかい気配。
どこにいるのか、と気配を探ったら、隣室―急な仕事とかちょこっとするための部屋から気配。
そっと、気づかれないように覗いてみるとジョルジェが、叫んでいた。うめいていた。
むしろ、ハラハラと涙をこぼしていた。
泣き虫なのに、そのまま目を逸らさずに、考え続けるんだよなこの人は。
こんな風景を、何度か見たことがあったようには思うけれど
今回はちょっと雰囲気が違っているようにみえた
その、弱いくせに強い横顔にほだされていつのまにかオクガタサマなんて肩書きを受け入れたんだ
前の時は貧民街が荒らされたとか、貴重な幻獣の生息地が壊されたとかで
後から荒れ狂いながら出て行って泣きながら何か成果を出してまた泣いてたけど
あの時とは、気配が、全く違っていたのだ。
炎に包まれるかのような、たちのぼるなにかではなく
むしろ、限界まで絞った雑巾のような声だった
「結局、抑えられないのか……」
震える拳に添えられたその一言が、胸を打った
かれのいっていた、「終わり」がはじまったのだということが、それだけでわかった。
私は、すぐに死んでしまっていたから知らなかったことばかりだったけど
ジュルジェさまは、私が死んだ後にこの世界に訪れる「終わり」のことを私に教えてくれていた。
それは、北方の街からはじまる「疫病」の蔓延であった。
ジョルジェ曰く、“今まで”よりかなり速度は遅いようだ、とのことで
もしかしたら何かが変わったのではないかと期待をかけたこともあったのだけど
しかし、あの、胸の奥から死んだスライムのようなドロドロが出てくる病、
大半の人がながいこと苦しんで死ぬその病気が、やはり、“今回”も流行り始めたのだ
私の知っている限りのことから考えると、これは結核とか、インフルエンザとか
多分そんな感じの病気、伝染病だ。
医学なんて全然わかんないし、以前のことはかなりぼんやりとしか思い出せない
だから、どうやったら治るとかどうすればいいかなんてことは、私にはわからない。
何か知ってはいないかと問われ、「わからない」と告げたとき
そのときの明らかに落胆したように見えたジュルジェ様の瞳の翳りは、忘れられない。
おそらく、私になんらかの強い期待を抱いていたのであろう。
その、縋るような瞳に応えられなかったことは悲しみでしかなかったのだが、
覚えていないどころか、知らなかったことなのでどうしようもない。
どうしようも、ないのだ。
伝染病が流行っていたあの時期のおかげで最低限の消毒の方法や、予防の方法
マスクの効果なんてものはある程度わかっていたために共有ができたのだけれども
マスクは到底受け入れてもらえなかったし、
どうやらこの世界の人たちはそういう病気にめちゃめちゃ弱いらしく
発生した町ではどんどんと、人が死んでいくのだ。
人の数がある程度以上に減ってしまうと、この剣と魔法の世界では大変なことが起こってしまう
そう
町や村など、人が住むところにかけられている護りがその機能を失ってしまうのだ。
土地の守りが働かない、ということは、そのまま、人間にとっての天敵の侵入を意味する。
病により、体の自由が効かなくなったり、人が死んだりして護る人がへってしまうと
生存者たちがいたとしても、獣や魔物が残さず綺麗にしにきてしまうのだ。
もじどおり、「きれいにする」ために、寄ってたかってやってきてしまうのだ。
その状況に陥った場所に、残るのは屍などではない。
ほぼ、無、だそうだ。
荒地どころではなく、更地のようになってしまうのだという。
魔物、と称されるものは、どんなものに関しても食べる種が存在すると言われているばかりでなく
人が護っていた土地にあるもの全ては、彼らにとってはとても良質なご馳走となるようで
なにもかもが、破壊され、食らわれ、吸い込まれ持ち去られてしまい、なくなってしまうらしい。
手紙や遺書など残されていたとしても、そんなものも全く残らないほどに、
そうなってしまうと、もう、すぐに護りを立てるなんてことは、できない。
多くの人出と時間を割いて、年単位での再開拓が必要となってしまう
人が住める場所が、減ってしまう、のだ。
人と、他の生き物が、土地を奪ってせめぎあう、世界。
わたしの、20年にも満たない異世界での知識なんて、何一つ役には立たなかった。
その、申し訳なさと寂しさがずっとずっと、わたしの中に横たわっている
あんな思いまでして私がここにきたのは、なんでなんだろう
なんのために、ここにいるんだろう
その疑問が解けることなく、あの日から、今日まで来てしまっている。
この人の涙も、止めることができない。
悲しいな、悔しいなぁ……
そう思いながらそっと、ジョルジェさまの後ろに歩み寄ったら、ようやく気づいてもらえた
もう、このひとほんとに軍人なのだろうか。
軍人さんって、こういう、人の気配にすぐに気がつくんじゃないの?
……って前に聞いてみた時
「あなただからきづかないんですよ」とか言ってたけど
そういう問題なのだろうか
このひとが戦っている姿を、想像することができないや
こんなひとが、戦わなければならない、この世界は
私の世界とは、やっぱりちがうんだよな