待つ男。それは、緻密な試行錯誤の連続
暫し連続更新になります
音もなく、傾いていくその姿を見て、死んでしまったのか、と思った。
息絶えてしまったのか?!やっと、救い出すことができたというのに?!
せっかく、やっと、うまくいったかと思ったのに、と絶望感に目の前が真っ白になった。
けれど、ゆっくりとではあるが、その胸元はうっすらと上下していた
よかった、どうやら死んではいないようだ。
そのことに、腰が抜けそうなほど安堵する。
それだけのことに、指先が、体が不格好に震えてしまう。
少しでも落ち着いてくれれば、と思って差し出したバタフライマーガレットのシロップミルク。
それをほぼ一息で飲み干したとたん、その女性は倒れるように意識を失ってしまったのだ。
急に、スイッチがきれたかのように。
おそらく、眠っている。
今、医師に見せたりするわけにはいかないのに……
とりあえず、呼吸は安定しているし、顔色などは悪くない。
ふっと、その頭が傾いたかとおもったら、ごトン、と、落ちるマグカップ
ひとがそんな寝落ち方をするのなんてみたことはなかった。
気を失うでもなく、失神するでもなく、ただ、スッと、スイッチが切れたかのように眠りに落ちた
ただただ静かに。
そっと、上下する、しつづける胸郭。
大丈夫、この方はいま、まだ、ここでは命を絶たれてはいない。
何が起きてもおかしくはないとはいえ
前回も、前々回も、現れてはくれなかった彼女、
ようやく現れてくださった、その存在。
この国が、この世界、その全てが崩壊してしまう直前に、現れる“ことのある”存在である、彼女。
ようやく、壊されてしまう前に、すくいだすことができた。
何度も、何度も繰り返して
ようやく、この方を死なせずに確保することができた。
ほんの小さな綻びを掻い潜るように
何度も、何度も試して、とうとう殿下を眠らせるような強硬手段に出ることになってしまった
そろそろ、執務室の面々も全てを忘れて何事もなかったように仕事に戻っているはずだ
そうだ、この俺がこの準備に、半年以上費やしたのだ
うまくいってもらっていなければ困る。おそらく、俺の首が物理的に飛んでしまう。
見れば見るほど、この方が何者なのだろうかという疑問は、強くなる
奇妙な、軍服かのような直線的なシルエットな衣服
にも関わらず扇情的とも言えるほどに丈の短い濃紺の服装
あんな、折り畳んだような腰ひだなど見たことはなかった。
そして、娼婦ですら躊躇するであろうほど短い。
膝の下からピッタリした布を履いているとはいえ、戦士でも出さない膝が出ている。
この国では女性は、足を絶対に人に見せない。その、形ですらだ。
そのうえ、上衣は薄い布一枚で、うっすらとその下に着ているものが透けてしまってさえいる。
美術品かのような、この世のものとは思えない、妖しい、その美しさ
服だけではない、髪色と髪型、瞳や肌の色や所作さえも、根本的な違和感を引き起こす。
私の知る限り、この世にこのような存在は知られていないはずなのだ。
あの、やるせない未来で、なんどもなんども調べ尽くした、はずなのだ
かろうじて年若い女性であるということはたしかといえるのだろうが
……「ヒト」ではないのかもしれない、とも思った
悪魔のような、妖魔のような、禍々しい存在の可能性すら否定できない。
いや、そう見えてしまっていたから、当初は当然のものと思っていたのだ。
殿下の部屋に入り込んだ怪異である、と
そして、その怪異こそが、この世の歪みを生んでいるに違いない、と
鉄壁の守りであるはずの王太子殿下の執務室に突如現れる怪異なのだから、
即拘束、もしくは即殺するべきである。
それは、ひどく当たり前で、絶対になされなければならないことだった。
しかもこの女性は、どうやら我々の感覚からしたら相当脆い体を持っていると、すぐに気づいた。
どうしてか、彼女はすぐに、あっというまに壊れてしまうのだ。
魔法を一発食らっただけで
体に刀が何本か刺さっただけで
そんな些細なはずの傷害で絶命してしまうのだから、よっぽどである。
見た目からして、折れてしまいそうに細くて、小さくて、白い。
我々の知るやり方、この国のやり方では、彼女を安全に拘束することなんて不可能な話なのだ。
彼女のその脆さに気づいてからも、彼女を殺させないのには、苦労した。
当然のことを当たり前に、行おうとしている者、
しかも命をかけて責務を全うしようとしている者たちを、止めるのは難しい。
しかもそれが、複数の人間たちが即時に動く攻撃行動を起こせてしまう状況の場合は。
決まった日の、決まった時間に、忽然と現れる、彼女。
よりにもよって、王太子の執務室の片隅に、音もなく突然現れるのだ。
あの、神々が直接作ったと言われる部屋の
『神の力でもなければ入ることすらできないだろう』と言われていたあの部屋に
忽然と、現れるのだ
なんの目的で、なぜあそこにいたのか
そんなことは誰も知らない。
わかるまえに、破壊されてしまうのだから、わかるわけもない
なにせ
何十回と見てきた彼女なのだが、
まともに言葉を交わせたのはお互いこれがほぼ、初回なのだ。
そんなこともできる前に、失われてしまってしまうのだから。
あのとき
彼女の声を最初に聞いたとき
冷静に、「こんな声をしていたのか」と、思ってしまった。
何十回と、彼女の死に様を見てきた
その後に連なる我が国の、崩壊も
今度こそ、死なせない。
あきらかに「おかしい点」は
あなたの出現、なのだから
まだ、なにも検分できていないのは
あなたのその、存在だけなのだから
ゆっくりと暮れていく空に、小さな星が、瞬いていた