解除というよりは解凍にちかい
しばらく連日更新になります
どれほどのじかんがたったのだろうか
実際にはそんなに大した時間は経過していないだろうが、ものすごく長いように感じた
殺されていない時間を、こんなに過ごすのには、慣れていない。
何が起きているのか、わからない。
これから、どうなってしまうのだろうか。
恐る恐る、少しだけでもと目だけを動かしてもう少し何かを見ようとも試みてはみたけれど大したものは見えない。
質感の違う新しい不安と恐怖の中、静寂の中に、大きく、息をつく音がした。
ため息じゃない。
どっちかというと、安堵するような、空気が抜けたような、息遣い。
おっさんからだ。
動いていいのかわからない怖い動けない動きたいの葛藤から抜けられずにいたわたしも
その吐息で少し、我に帰ったような心地がした。
私も、おそるおそる、細く細く、息をつく。
密やかに、気づかれないように
殺されないように、最新の注意を、払って。
響いてきた声は、とても、まろやかなものだった
「あなたは、誰なのですか?」
落ち着いた、深い声。
そういう声を出そうと、あきらかに努力しているような、声。
その声のトーンが安心させようと、敵意はないと、明確に告げてきてくれている。
柔らかい、毛布のような、気遣い。
これは、現実なのだろうか
にわかには信じ切ることができなくて、ポカン、と立ちすくんでしまう私に、彼は続ける
「動いても大丈夫ですよ。周囲は私が掌握していますので」
にっこりとした笑顔を向けきているだろうことが、声からもわかる。
なにがおきたのだろうか
今までと、違いすぎる。
この人、もしかして何かを知っているんだろうか。
この、繰り返しの中にいるわたしになにか、してくれるのだろうか
今まで、あんまりみたことがなかったような気がする人なのに。
まあ、あんな短時間じゃ人の顔まで見分けられないんだけど。
前回話しかけてくれた人のようにはおもうけれど……
私は、動かず、口だけで答えることにした。
声が、震える。体も震えるが、なんとか、抑え込む
「わかりません……もう、自分が誰だったのかも思い出せないのです」
“わたしって、こんな声してたんだ” って、素直に思ってしまった。
ガラガラと錆び付いて、ひどい声。
嘘をつく余裕すらない、渇き切った、声。
そういや、ふつうに声が出せるなんて、どれくらいしていないんだろう
叫ぶようなことは、何度もあったけど。
最初の頃は、なにかしら覚えていることもあったように思う
でも、今では、何かを思い出そうとしてもなんだかはっきりしない。
死んだ、死んだ、死んだ記憶ばかりだけが嫌になるくらい鮮明だ
こんなことを考えることすら随分と久しぶりのような気がする。
声を出したら、少し体の強張りが緩和されたのか、自然に、不自然な体制が崩れた。
微動だにしないぞと、固められていた私自身の体が、ゆるむ。
すこしずつ、ゆっくりと。
少し、大きく動いてしまうたびに恐ろしくなる
けれどもおっさんは気にしないでいてくれているようだった、
死んでいない。
動いても、殺されない。
首を動かしても、手を、動かしても。
軋むように固まり切った体を、じっくり、動かしてみる。
ころされ、ない。
おっさんを、じっとみてみる。
あちらも、じっと、こちらをみている。
見聞するかのように、私の一挙手一投足を、みている。
でも、そこにはなんの殺気も込められてはいるようにはみえなかった。
ころされ、ない。
とりあえず、であろうと、死が、私の死が一旦保留になっている。
……そんなことも、久しぶりだ。
どれくらいか、って言われると、わからないけど。
検分するかのようにこちらを見ていた瞳が、突如、細められた。
そして、その頭は深々と、下げられた。
何事か、と怯んでいたら、さっきのまんまの深い声が
「すまなかった」と、突然、謝罪を、投げつけてきた。
仰天して、ヒュッと息を呑んだ。
なにがだろう
なににだろう
この人は、今、何を謝ったんだろう。
わたしにだろうか
……わたしに、なんだろうな
でも、あんまりにも、唐突すぎる。
わからなすぎて、次の言葉を待った。
こうなると、へたに動くのも、怖い。
何かが、変わってしまえばまた、あの兵達に取り囲まれてしまうかもしれない
心の底に貼り付けられた凍土は波風が起こるたびにその冷気を吹き込んでくる
あれ?
頭を上げたおっさんは、泣いていた。
しかも、めちゃくちゃな量の涙が流れていて滝のようだ。
流れる涙を拭きもせず、彼は続けた
「ごめんなさい。ずっと、見てたんです。
気づいていたんです。
でも、ごめんなさい。
……随分、お待たせしてしまいました」
えっ。
心臓が、息が
一瞬、確かに止まってしまったのかと、おもった。