気配
「だあああおわったあ!」
叫ぶと同時、柔らかい草の上に倒れ込むジャウ。
目のまえに広がる草地だった場所はすっかり黒い地肌をさらけ出し、ふわふわに耕されていた。
初めての土魔法。
風魔法と違って細かい制御はいらず、けれど魔力を込めれば込めた分だけ操れる土の量が増える。
自分から離れた場所ほど消費する魔力は多くなり、コツを掴めてからはなるべく足元の土に魔法を使うようにした。おかげでかなり歩くはめになった。
魔法を使っていたのは小一時間ほどだが、ジャウの体力と魔力はすっからかんで、さらに魔力切れの脱力感が体を覆う。
「いや、おみごとだねジャウ。あとはゆっくりしていていいよ」
ヤトラが無造作に何かを取り出すと、倒れ込んだジャウの口に放り込む。
夜光草だ。
「……にっが」
それでも食べるのは、魔力が空の状態の脱力感が尾を引くことを考えれば。
案外とこの脱力感が厄介で、言うなれば寝不足で布団から起きたくないという心理状態が常に続くのだ。
「……そんなに私の顔が面白い?」
「——いや、別に?」
笑っているヤトラに、もそもそと食べながら嫌みを吐く。
食べ終えれば、脱力感はいくらかマシになっていた。
そんな様子をみて満足気に頷くヤトラに、どこかジャウは違和感を思えた。
絶対なにか企んでいる。
それが何かは分からないが、ヤトラが面白そうにしているなぞ、きっとろくでもない事だろう。
「ジャウ。君は顔に出やすい。私は別に何も企んでなんかいないよ」
「どうだか」
肩をすくめるジャウを尻目にアイテム袋から薬草を採りだすと、ヤトラは風の精霊を呼ぶ。
何をするかと思えば、薬草を数本ずつ放り投げると、風の精霊が薬草を風に乗せて耕した畑の上へと均等に運ぶ。
一本単位にしないのは、薬草が群れる習性があるからだと聞いた。
草が群れるという表現が正しいのか分からないが、たしかに家の近くにある薬草畑は、中心に大きな塊があり、徐々に周囲へと根を延ばし、草地を広げていた。
すべての薬草を均等に蒔いたら、今度は地精霊を呼ぶ。
獣除けとして畑の周囲を盛り上げ、高さ一メートルくらいの土壁を作った。
「出入口がないよ」
「それはラウダに簡単な扉を作ってもらってからだね」
ひとまずは出るための階段を内側に作り、今度来る時までに扉を作ってもらうようだ。
しかしこの作業があと二か所あると思うと、げんなりしてくる。
次はトリシャも連れてこないと、とてもじゃないがその後が大変だ。なにせこれから狩りをしながらの帰路となるのだから。
「まぁいいさ。時間はあるんだから休んでから帰ろう」
ヤトラは何か地精霊に言伝を頼むと、地精霊が地面のなかへと消えていく。しばらくしたら畑に数本の筋ができ始めた。
どうやら通り道を作っているみたいだ。
薬草は縦横無尽に伸びていくが、それだと採取しにくいので、薬草の根が伸びにくい程度に土を硬くし、その上を通路とするのだと教えてくれた。
「あとは、これ」
アイテム袋から取り出したのは、以前一回だけまいた肥料だ。
薬草が嫌がるから、とちょっとしか使っていないのだが、今回はノルマもあるので広く薄くまいていく。
ジャラジャラと粒状の肥料を掴む音を聞きながら、ジャウは木々の隙間から除く青空を見ていた。
時折吹く風が肥料の何とも言い難い香りを運んでくることに顔を顰めながら、背に感じる大地の温かさに睡魔が忍び寄る。
いつの間にかうつらうつらと、意識を半分手放していた時だ。
「——っ!」
総毛立つ、というのはこの事を言うのか。
全身を悪寒が包み込み、慌てて跳ね起きる。
「ヤトラ姉!」
「——静かに」
畑の真ん中、肥料を撒いていたヤトラはこちらに見向きもせず、ただ森の中を見つめている。
そこにいつものおちゃらけた雰囲気はない。
無言で風の精霊がヤトラの傍に現れ、ヤトラが指さすだけで静かに飛んでいく。
そして、何ごともなかったかのように肥料まきを再開した。
「ちょ、ちょっとヤトラ姉!何かあったんじゃないの!?」
「ん、精霊を向かわせたからいいかなって」
「いやいやいや、盗賊とかかもしれないじゃん!薬草ってとっても高いんでしょ?」
「はっはっは。ジャウ、盗賊が一○○人来ようが五○○人来ようが、私の相手にはならないよ」
確かに日ごろからヤトラの無茶苦茶な魔法は見ているが、元魔王で実はハイエルフということを知らないジャウ。
エルフが魔法に長けていると言えど、その余裕はどこから来るのかと訝しげにヤトラを見つめる。
「それにねジャウ。君がさっき気づいたのはサーチ魔法だ。それも恐ろしく魔力を薄めて、普通の冒険者なら勘づかれないほどの、ね。そんなことが出来るのは一介の冒険者じゃまず無理で、専門とした諜報員だろう」
「……それって盗賊より厄介なんじゃないの?」
「はっはっは。——確かに」
ふむ、とヤトラは顎に指を当て考えこむ。
「こういう手合いは大方貴族が後ろにいるだろうさ。おそらく此方の提案を聞きつけた誰かが調べにでも来たんだろう。なら直接手を出すような事はしないさ。それに——」
いつの間にか風の精霊がヤトラの隣りに浮いていた。
「侵入者が三人。一人はこちらに、もう一人は住居の方へ。最後の一人は後方で待機しており連絡役と思われます」
「得物は?」
「こちらに来る者は長剣を、住居に向っている物は小手を装着しており、他に武器はありませんでした」
「となれば、やはり偵察だけだろうね」
風の精霊が姿を消し、ヤトラは作業を続ける。
憮然とした表情のこちらに対し、苦笑を浮かべるヤトラ。
「そんなに心配ならジャウ、サーチでも使って調べてごらん。どうせ狩りをして帰るんだから、今日はウサギでも獲って帰ろう」
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