森に入る者
暗い草原を歩く影がある。
月は雲に隠れ、微かな星明りがぼんやりと地面を照らす中、三人の男は危うげなく歩みを進め、遠く漆黒の森を目指す。
それぞれが小さな背嚢を身に着けてはいるが、とても長距離を移動するような装備ではない。
それがアイテム袋であればこそ、彼らは一か月以上町に立ち寄らない事も可能としていた。
「ようやく森が見えて来たな」
男らはここ数日前までファーシュタイン王国に滞在していた。
王都を出立してからはしばらく南下した後、人気がなくなった頃合いで街道から外れ、道なき道を進んできた。
それからは見つかることを警戒して日中の移動を避け、夜間のみの移動に徹してきたのだ。
「森に入れば人目を気にする必要はない。一気に距離を詰めるぞ」
リーダーらしき男が後ろにいる二人に告げる。
スカーフで顔を半分ほど隠してはいるが、その瞳は熟達の冒険者を彷彿とさせる。
「罠は無いという話だが油断するな。相手はエルフだ。地の利はあちら側にあると思え」
「承知」
男らは表向き冒険者稼業を営んでいたが、裏では冒険者ギルドお抱えの諜報員としても活動していた。
国や貴族が抱えている暗部などの組織と違うのは、表立って行動することが多いことだろう。
そういう意味では冒険者と諜報は相性が良い組み合わせだが、同時に冒険者としての腕前も求められるため、選ばれる人員はごく少数。
時には所属する王国の裏に触れることもあり、その存在が露見すれば立場も非常に危うくなる。。
それでも実入りが良いのは確かだ。
冒険者の大半は魔人族の領土に近い地域で活動することが多い。
魔人族側から流れてくる魔物は王国内に元からいるものよりも強く、それだけ討伐報酬も高いのだ。
しかし戦争が始まり、状況は魔物から魔人族相手へと変貌する。
さらに戦争が終わってからは回復手段が薬草しかない事で、回復役の僧侶や魔法使いは失職。
戦争が終わっても相変わらず魔物は流れてくるので、冒険者も徐々に怪我による長期離脱などが増えてきた。
以前であれば競い合うように強い魔物に挑んだ者達も、今では安全に倒せる魔物相手しか依頼を受けないなど、回復魔法を取り上げられた弊害が如実に現れていた。
「——だからこそ、薬草の安定供給か」
目前に迫る森を前にして、彼らは休憩を挟む。
各々が装備を変え、ロープや鉤爪を装着し、匂い消しの香草を食む。
「内容を確認する。今回の目的は薬草栽培の事実確認および該当勢力の調査だ。戦闘はなるべく回避しろ。薬草栽培者を殺してしまっては取り返しがつかない」
「マスターも詰めが甘い。攫っちまえば話が早いだろうに」
額から頬にかけて痛々しい傷が残る男が、暇をつぶすかのようにナイフをくるくると回す。
「それを言うな。依頼人からの条件は『決して悟られず、薬草栽培の事実と規模を調べろ』との事だ。ギルドマスターとしてもそれ以上の詮索は危険と考えたのだろう」
「——栽培者はエルフとの情報は確かなのでしょうか。確かに森に住まうエルフは妙な技を使う事が知られていますが、そういったものが表社会に出てくるのも妙なものです」
眼鏡をかけた男は身に着けた手甲に魔力を流し込み、淡く発光したことを確認するとしゃがみ込んで手をついた。
ソナー、と男が呟くと、微かに地面が揺れる。
「——半径一○キロ以内に反応なし。二○キロ以内だと大きな反応がありますが、これは熊ですね。魔物じゃないだけ良しとしましょう」
「魔物はいないか?珍しいな」
魔物はその生まれがはっきりしていない。
魔物が魔物を生むという説もあれば、魔力の淀みが魔物を生むと唱える学者もいる。
それでも山や森に入れば数匹は必ずいるものだ。
「異様な森です。ソナーに引っかかる生体反応が少なすぎます」
罠の可能性もあり得るか、と三人は表情を引き締める。
それにしてはこんな広範囲に罠を仕掛けられるのだろうか。
三人とも諜報の任について早五年。魔法の知識はそれなりにあると自負してはいるが、それでも熟達の魔法使いというわけではない。
そもそも高位の魔法を使えるような者は総じて王国が抱え込むので、安定しない冒険者のままでいる者は数少ないのだ。
それでも経験と勘でここまでやってこれたのだが、今回はあまりにも異様らしい。
「街道を駆ければ一両日中には着くが、見つかる危険もある。ないとは思うが勇者がガジャルにいるとの情報もあり、鉢合わせだけは避けたい」
「へっ、いつもの様に道なき道を行くってか。俺ららしいぜ」
「ソナーで感知できるところまでは固まって行動する。感知出来たら念のため五キロ後退し、機を伺う」
サーチの範囲はどんなに広げたとしても、自分の魔力を薄く広げているので一○キロが限界だ。
しかしソナーは感度は悪くなるが、それでも二○キロまではそこそこの精度で検知できるのが強みである。さらに相手に悟られないところも良い。
問題は感知に引っかかる反応が何なのか分からない事と、、人が多すぎるところではそこかしこで反応が返ってきて使えない事。
それでもこのような広い場所では有効で、慣れれば人か魔物か動物か程度は分かる。
「——いくぞ」
男たちは全身に魔力を巡らせると、目にも止まらぬ速さで森の中へと入っていた。
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