自由な魔法、窮屈な魔法
喜び駆けまわるファイに、魔力をより感じられるようにヒュージと同じ魔力コントロールの訓練を受けさせる。
以前と同じ、自分の体内の魔力をぐるぐると循環させ、身体能力を向上させる訓練だ。
こちらは二人ともだいぶ様になってきており、身体強化した状態だと大人の狼族の膂力と大差ないほどの力を出せるようになっている。
「ファイちゃんはその状態で、もう少し丁寧にやってみようか。感覚としては両手で掬った水を零さないようぴったりと手のひらをくっつけるイメージで、循環させる魔力を外に逃がさないように」
「ん……んんー?」
「ヒュージ君は私の手を握って。また魔力をぐるぐる回してあげよう」
ヒュージは未だ魔力を放出することが非常に難しい。
細い魔力を糸の様に操る魔法使いもいない事はないのだが、それは精緻なコントロールにより成し遂げられる技であり、もともと細い魔力しか出せない状態で満足するのは違う。
ヤトラは両手でヒュージの手を握り、辛抱強くヒュージとの間でぐるぐると魔力を回していく。
確かにちょっとずつヒュージも魔力が出せるようになってはいるのだが、正直気の遠い訓練だ。
魔力量も鑑みれば果たして魔法が使えるようになるのはいつになるやら。
ラッシーからは最低でも火を熾すための魔法が使えればいいと言われているので、そこまで覚えたらヒュージはジャウと狩りに行かせた方がいいかもしれない。
なんてことを考えていたら、草むらからジャウが顔を出した。
「あ、ヤトラ姉いた」
ガサガサと音を立てて出てくれば、腰には人食いカエル数匹に、左手にはウサギを掴んでいた。
「おや、ウサギを捕まえるなんてすごいじゃないか。魔法は使った?」
「使った。サーチの魔力をすっごく薄く伸ばして、気づかれない程に薄めてようやく捕まえた」
そこまで出来れば合格だ。
ケモノでも逃げない程にサーチ魔法を弱めて使えるようになれば、並みの冒険者でも気づかないだろう。
「獲物は一旦ラウダに預けておいで。ジャウにも少し魔法を教えてあげよう」
「はーい」
しばらくしたら身軽になったジャウが来る。
姉弟には飽きたら今日は終わりと告げ、ジャウへと向き直る。
子どもの彼らに切羽詰まって魔法を教える必要はないし、狼族の二人にとっては魔法は使えたら便利、程度でもいいのだ。
「それじゃあジャウ。精霊魔法と付与魔法、どっちを覚えたい?」
「精霊って、ヤトラ姉がたまに呼ぶモグラ?」
たしかに彼も精霊だが、さすがにあれはイメージと違いすぎるだろう。
「風の精霊だよ。キマイラの時に使っただろう?——ほら」
『——お呼びですか、主』
風が色を持って渦を巻き、白く波だったかと思えば中から人が現れた。
体長は五○センチほど、燕尾服に身を包んだ姿は青白い光を放ち、頭には二本の触覚が生え、手には大きな鎌が見える。
「カマキリ?」
『はい。私は依り代としてカマキリを選んでおります』
「彼ら一族は風魔法の中でも攻撃魔法寄りでね。身を守るためにはうってつけだろう」
『——主。私の魔法では大半の魔物は塵も残らないので、いささか過剰防衛な気がいたしますが』
主の言に噛みつくとはいい度胸じゃないか。ほらみろ、ジャウがすっかりジト目になったじゃないか。
「ヤトラ姉のいい加減さに呆れてるだけ。でも、私に精霊魔法なんて覚えられるの?」
『現状では不可能です。ですが、主のお力をお借りできれば』
「そうそう。まだジャウの技量だと力不足だけど、そう遠くないうちに精霊魔法を使いこなせるくらいの技量は身に付きそうだから、早めにつけようかと思ってね」
「ふーん……。ちなみに付与魔法の方は?」
これさ、とヤトラは先程ファイが切った棒を拾い、軽く投げる。
瞬間。
轟音を立てて棒が凄まじい速度で飛んでいった。
そのまま真っすぐに飛んだかと思えば、木々の間から上空へと急上昇し、空で弾けた。
「——とまぁこんな感じで、物体に対して魔力を込める事で発動できる魔法だよ。一部の冒険者も使える。風魔法で矢を真っすぐ飛ばしたり、時には時間差で火を灯したりなんてのもするね」
「そ、そっか……」
若干ジャウの顔が引きつっているのは何故だろうか。
* * *
「そういえば、精霊には名前ってないの?」
ヤトラの精霊を借りて特訓すること小一時間。
少しは精霊の扱いに慣れてきたジャウが疑問を口にした。
もちろん名前が無いことはない。
精霊そのものが名乗ることもあれば、主と認められたものが名を授けることもある。
もっとも、ヤトラは精霊には一切名前を付けてはいない。
「そうだね、すこし《《名づける行為》》について話そうか」
まだ残っていたファイとヒュージも集め、四人で円になって座る。
ヤトラは落ちていた木の枝を二本拾いあげ、見せる。
「例えば何の変哲もない木の枝。これにウッドソードと名付けよう。——ジャウ、これを振り回してごらん」
手渡されたジャウは不思議に思いつつも、すこし離れて木の枝を振り回す。
ヒュンヒュンと枝が風を切るが、ただの枝だ。
「次にもう一本の枝。これをウッドランスと名付けよう」
ヤトラは立ち上がり、ジャウに向って少し長い枝を向け、槍の様に軽く振り回した。
数度のチャンバラの後、ヤトラはジャウと持っている枝を交換する。
今度はジャウが見よう見まねでウッドランスを振り回す。
一方のヤトラはウッドソードを、先ほど同じく槍として扱った。
「ちょっ……」
剣戟が飛んでくるものとばかり思っていたジャウは慌てて距離を取る。
ウッドソードがウッドランスよりも短いとはいえ、ヤトラの体捌きをもってすれば距離を詰めるのは容易だ。
そのまま数度打ち合い、最後はジャウのウッドランスを弾いてチャンバラが終わる。
「——名づけるという事は、その物に意味を与えるという事。そして意味が分かる者に先入観を与え、行動を制限する。時としてそれは魔法よりも遥かに強い」
木の棒にソード名づけられたら剣として、ランスと名付けられたら槍として扱う。棒に変わりはないのに名前を付けただけで意味が生まれ、用途を縛る。
「それは魔法でも同じ。魔法に名前を付けてしまえば、特定の技しか出せない魔法となる。もちろんイメージしやすいというメリットはあるのだけど、その代わり自由を失っているんだ」
「精霊についても、同じこと?」
そう。同じなのだ。
名前はどうしても意味を持つ。
強そうな名前、可愛らしい名前、響きが良い名前。
そのイメージは名付けた途端に精霊の本質を変えてしまう。
「精霊に名前を付けるメリットももちろんある。けれど私は精霊の存在を縛りたくはないんだ。だから彼らには名前を付けない」
「存在を縛る……」
キュクロプス族という楔から人族へと輪廻転生したジャウには、どの言葉がどう響くだろうか。
「三人ともよくよく覚えておいて。名前を付ける事は決して悪ことじゃない。けど名前に翻弄されてもダメ。常に本質を考える。これが大事」
魔法は詠唱によってでしか使えないものだと思っている人にとっては、詠唱無しで魔法を使うことなど思いつかない。
それでは魔法そのものが持つ意味を完全には理解しておらず、詠唱にそった魔力の変化だけが上手くなり、見かけ上魔法がうまくなるだけだ。
けれど三人には自らイメージを作り上げ、魔力を変化させる魔法を覚えさせている。
いつの日か、本質を考える事が魔法だけでなく、生きる上で重要な意味を持つと分かってくれることを願って。
* * *




