昏き思案
宰相であるヴァンの元に知らせが入ったのは、ラッシーがハイリー伯爵を訪問した翌々日の事だった。
ハイリー伯爵からの親書は魔人族との戦時中であれば嫌というほど交わしたものだが、魔王討伐後となれば久方ぶりであった。
勇者からの話にも挙がっていたが、人間と魔人族の間には軋轢が生じつつあるので嫌みの一つでも寄越してきたのかと思ったが、内容はヴァンの予想を超えていた。
一つ。薬草の栽培方法と安定的な供給の目途について。
二つ。栽培者であるエルフが王国直轄領の森の中に村を作りたいとの旨。
三つ。後見人としてハイリー伯爵が寄親となり、収穫した薬草の六割は王国へ税として納品。残り四割を村とハイリー家が分け合う。
四つ。王国が許可を与えたものだけに栽培方法を教授。
五つ。彼のエルフに対しては村長とするために男爵の地位を授けてほしい旨。
さらに本日中に薬草一○○束を国へ献上したいと文末に結ばれていた。
「若造が、何を考えておる」
しばし逡巡するヴァン。
薬草の栽培は現状上手くいっていない。
それはどの貴族や平民も同じこと。誰も彼も育てば金の成る草を目の前にして挑戦しない者はいない。
それらが成功しなかった原因はいくつかあるが、一番多いのはやはり目の前の金に目がくらんだことだろう。
事実、城内の栽培部屋も何度も盗人に入られ、いくら警備を強化したところで警備兵が裏から糸を引いていれば意味もない。
さらに薬草の保管庫を守る騎士団は町のごろつき共の抗争に巻き込まれ、最近はせっかく増やした薬草が治療名目で目減りするほどだ。
「否、彼奴が何か企んでいるとしてもだ。今は時間が惜しい」
蛮族との抗争に終止符を打ち、さらに国王より告げられた建国神話に掛かる問題が控えている今、多少の企みは飲み干して駒を前に進める事が必要だ。
誰か、と執務室前に控えている警備兵へ国王への謁見の要請と、ハイリー伯爵への使いを出すように指示。
ヴァンは謁見の身支度を整えると足早に国王の居室へと向かう。
「騒がしいな。お前まで勇者のようになってしまったか」
「申し訳ありませぬ。しかし吉報ゆえご容赦を。——薬草の調達に、目途がつきました」
「……本当か?」
まだ執務前という体の国王に対し、「これを」とハイリー伯爵の親書を恭しく渡す。
寝起きは機嫌が悪いことで一部のものからは恐れられている国王だが、部屋を漂う甘い香りに、今日はどうやら機嫌がいいと見える。
王女からたまに出されるココアという飲み物がある時だけは、国王の機嫌も良くなるのだ。
「——到底事実とは思えんな。我が国の学者共が手痛く失敗した薬草栽培を、こうもあっさりと報告されるのは」
「はい。森にある薬草を集めているだけかもしれません。しかしもし本当だったのならば、他国に逃げられる前に確保するのが重要かと」
この話がもし本当であったならば、ファーシュタイン王国は他国の一歩先を行くことが出来る。
それはもう薬草販売の外交経済面、軍事面と幅広い。
「まぁよい。もとよりあの森は開拓予定だった土地。戦争で手付かずだっただけだ。ハイリーに伝えておけ、半年以内に薬草一万束。これを用意したら村の設立とエルフへの授爵を認めると」
「い、一万束でございますか」
なにか問題でも?と睨まれると、ヴァンは大人しく下がるしかない。
部屋を出て朝の静けさが残る回廊を歩きながら、ヴァンは悪態と戦略を立てていた。
——薬草一万束。
その量は現在ファーシュタイン王国が抱えている薬草と同数だ。
戦争が終結してまだ一か月余り。それだけの短期間で集められた数と言えばそれまでだが、そこには数えきれない冒険者や商人が血眼でかき集めた結果だ。
それを、これから村を興そうというエルフに対して、半年で準備しろと言うのだ。
本当に薬草の栽培に成功していなければ、到底納品できるような物量ではない。さらに言えばこのような条件を突きつけられてしまえば、せっかくの新たな薬草供給元が絶えてしまうのではないか。
「何よりハイリーの関与が気になる」
あやつの性格からして、果たして薬草栽培に成功した者を取り込む程度で自らが寄親になるなどというだろうか。
ないな、とヴァンは即座に否定した。
貴族が持つ薬草は必要数以上は国への納品が義務付けられている。いくら薬草を育てたところで、全て国に奪われるのだ。
「となると、別の目論見か」
それはなんだ。
ハイリー家の領土は戦争の最前線であったため、伯爵家も民も疲弊している。当面は復興事業に心血を注ぐだろうが、問題はそのあと。
王国が周辺国をまとめ上げ、蛮族を蹴散らし、神話と対峙するという大きな流れの中で、ハイリー家はどう動くか。
「謀反か?それにしては謀反を考える者が薬草栽培の教授などを申し出るのかも疑問だ。では蛮族と結託か。……いや、海を越えて接している蛮族と内陸のハイリー家が繋がるとは思えん」
となれば、敵同士であった魔人族と組んだか。
戦争以前、ハイリー家は魔人族と交易があったと聞く。戦時中も自らの領土で起きる戦闘については非常に慎重だったとヴァンは思い出す。
もし、ハイリー家と魔人族の間に密約があったのなら。
「ユゥイからそのような報告は受けていないが、確かめねばならんな」
ユゥイは勇者と共にガジャル連邦にいる。
勇者を魔人族から遠ざけるために仕方のなかった事ではあるが、優秀な駒が動かせないのはもどかしい。
もう少し手ごまが欲しい所ではあるが、時間がない。
「また、あやつらを使うとするか」
ヴァンは足を執務室ではなく階段へと向けた。
下る先は王城のはるか下。陽の光が一切届かない漆黒の世界。
そこにいる、ある者達に会うために。
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