ハイリー伯爵
ラッシーは再びハイリー伯爵家を訪ねる事になる。
出迎えてくれた執事長のフューフルは幾分怪訝な顔をしていたが、前回同様通された客間にて広げた薬草の束に、驚くことになる。
「これはこれは、いったいどういうカラクリですかな。冒険者でも平原を這いつくばってようやく一束集まるかという薬草が、これほどまでとは……」
ラッシーが取り出した薬草は実に一○○束。五枚一束なので薬草が五○○枚あることになる。
「実は薬草の栽培が出来る者を見つけまして。私も実際に見させてもらいましたが、そこでは小さいながらも薬草が畑一面に生えており、茶摘みの様に成熟した薬草を収獲できているのです」
「なんと……」
薬草の栽培は未だファーシュタインでも上手くいっていない。
それをどこの馬の骨とも分からない者ができるのかと疑われるかもしれないが、こうして目の前で見せられてしまえば疑いようもない。
「——して、ラッシー様のご要望はこれの全量の買取でしょうか?」
「そのことで実は相談がありまして」
ラッシーは城下町で購入した地図を広げて見せた。
少し前までは地図も禁制だったのだが、魔人族との戦争も終わったので徐々に禁制品は緩和されつつある。
この地図もその一つ。
とはいっても詳細な地図はやはり禁制扱いなので、広げたのはファーシュタイン王国の大まかな地図と周辺国へ繋がる街道を示しているだけの、かなり縮尺が大きいものだ。
その中で、王国とガジャル連邦との境に丸印がつけられている。
「今日ご訪問させていただいたのは、薬草の栽培許可と、栽培している場所を王国から正式な集落、村として認めていただきたいと」
伯爵家に新しく村を認めてもらおうというのは、自分の領地以外ならそもそも難しい。
なので必要なのは伝手だ。
まずヤトラが薬草を栽培している場所が誰の領地に当たるのか。
ハイリー伯爵にはそことの執り成しをしてほしいのだ。
フューフルは頷き一つを返すと、貴方は運がいい、と立ち上がる。
「——これは私だけでは判断できません。本日は旦那様が居られますので、お呼びいたしましょう」
「伯爵様が?お忙しいのでは?」
「今や薬草は無限の利益を生み出す以外に、政争と化しています。今回のお話、本当であれば国への報告も検討しなければなりません」
フューフルは慇懃な一礼をすると静かに部屋を後にする。
残るのはラッシーと机に摘まれた大量の薬草、控えているメイドのみ。
居心地の悪さを覚えて出された茶を飲み干せば、メイドが静かに注いでくれる。
余計に気まずくなった。
(まぁ多少は期待してたけどよ、このまま上手く話がいくもんかね)
貴族と言えば無理難題を吹っ掛けてくるのが基本だと思っている。いままであまり取引は無かったのだが、今回ばかりはそうもいかず、さらにこちらの要望が村を認めてほしいという、政治的なもの。
(王国もまだ薬草の栽培が出来ていないみたいなのは驚きだったな)
ラッシーには薬草栽培に関して、どうしてもトリシャが適当に育てているようにしか見えなかった。
毎日水をくれるわけでもなく、たまに薬草に何か話しかけては数枚ずつ摘んでいる。ファイとヒュージも薬草摘みを一緒になってしているが、二人はまだあまり良くわかっていないような顔で薬草を摘んでいた。
それでも摘んだ薬草は上質なのだ。
ラッシーが薬草について良く分からない思考に耽っていた時だ。ドアを開けて入ってくる者がいた。
長身の人間で短い金髪と顎髭が特徴的な、精悍な男性。
彼こそがハイリー伯爵である。
「——ああ、楽にしてて良いよ。話はフューフルから聞いた。薬草を栽培できるんだってね?しかも栽培地を村にしたいと」
「はい。私たちとしては薬草を皮切りに、様々な野草を売り出していきたいと思っています」
ハイリー伯爵は向かいのソファへ座ると、徐に積まれた薬草を手に取り、地図に目を落とす。
「……確かに品質は一級品。冒険者から上がって来る物よりも遥かに良い。これを、この場所で?」
ハイリー伯爵は地図の丸印を指で叩く。
「はい。ガジャル連邦との街道からすこし森の中に入ったところ。そこで森に住むエルフが薬草を栽培しております」
「エルフ?君が栽培しているわけじゃないのかい?」
「私はもともと王国とガジャルを行き来する商人でして」
フューフルがハイリー伯爵に何か耳打ちし、「ああ、彼が」と伯爵も頷いている。
「先日の宝石は君が届けてくれたのか。そんな君がどうしてエルフと?」
「話せば長くなるのですが、森に住むエルフ、ヤトラというのですが、彼女が森の暮らしに飽きて薬草を売ろうとしておりました。彼女とは偶然にも街道で出会いまして。彼女は最初、王国で薬草が不足していることすら知らずにいたほどです」
「確かに森に住むエルフなら世情に疎いだろうな」
なるほど、とハイリー伯爵はソファに背を深く預ける。
くるくると指で薬草を回しながら、時折こめかみを叩いている。
「——フューフル、彼の話が事実だとして、我が方に利益が出る方法はなんだろうか?」
「難しいですな。場所が場所なだけに、直接的な利益は望めず。寄親として囲んでおくのが望ましいですが、同時にリスクでもあります」
「だろうな。かといって手放すには惜しい」
ラッシーとしてはハイリー伯爵領であれば一番話が楽であったのだが、やはり世の中そんなうまい話はないらしいのが二人の会話から見て取れる。
であれば、自分たちの価値をさらに引き上げるのが商人だ。
「伯爵様。実はもう一つ見てほしい物があります」
アイテム袋から取り出すのは、それなりに飾りがついた鉢に植えられた夜光草。
そのまま出したら客間が泥だらけになってしまうので、なじみの宝石店店主に聞いて揃えたもの。
宝石まではいかないが、この鉢だけでも結構な金額だ
しかし伯爵はぞんざいに鉢を持ち上げ、しげしげと見やる。
おもちゃの様に扱う様は、自腹を切って用意したラッシーの心臓に悪い。
「……これは、なんだ?ただの草にしか見えないが」
「これは夜光草と呼ばれるもので、暗くなると光を発する植物でございます。私どもはこれも栽培しております」
「……ふむ。フューフル」
ただちに、とメイドとフューフルがカーテンを閉める。
客間はあっという間に暗闇に包まれた。カーテンの隙間から微かに漏れる光で、狼族であるラッシーならかろうじて伯爵の顔が見える程度。人間なら真っ暗にしか見えないだろう。
そんな中、夜光草が徐々に輝きだす。
「……おぉ」
それは誰の感嘆か。
夜光草は先端に付けた花のような部分、ヤトラ曰く花ではないとの事だが、そこから煌々《こうこう》と光りだす。
明るさにして机の上にあれば読み書きには不自由しない程度。蝋燭や油がはいった灯明よりは比べ物にならない。
「光魔法が失われた今、町では代替として火魔法が使われていると聞きます。しかしおかげで火事が多いとか。この夜光草なら光魔法の代わりとまではいきませんが、安全にお使頂けるものでございます」
「これも、君のところで栽培を?どれくらい使えるのか?」
「植物なので枯れてしまえばダメになってしまいますが、聞くところによると一か月はもつようです」
夜光草の栽培は薬草と比べれば楽であるが、光っている部分は花ではないので、そのままだと種を残さないのだとか。
なので増やしていくには種をつけさせる栽培をするか、枝わけして増やすかのどちらかである。
「例えばなのだが、薬草でもこの夜光草でも、我が領で育てる事は可能だろうか?——いや、薬草は国が割って入りそうだな。であれば夜光草だけでもいい」
「エルフのヤトラからは、栽培方法の伝授については必要であれば提供すると」
「なるほど。しかしそこまでの栽培技術を人間に提供するなど、そのヤトラとやらは何を考えておるのだ?」
「……本人は、森の暮らしに飽きたから、楽しく生きたいのだと。けれど労働は嫌との事で、領地経営に興味があるようです」
あきれた、とハイリー伯爵は肩をすくめる。
「領地経営を喜んでやる者なぞ、よほどの暇人か現実を知らない理想論者だ。確かにエルフであれば時間も余っているだろうし、数百年単位で理想を追いかけそうなものだが、かと言って楽かと言われればな」
「旦那様。爵位を預かる者として此度の発言はいかがなものかと」
「分かっておる。——しかしだ、我が国で村長と言えば最低でも騎士爵、通常であれば男爵程度を授けるのが普通。薬草については確かに国中で必要とされている物ではあるが、あとは国王がどう判断されるか」
「……先ほどから聞いていますに、今回の件は王様に直々にお伺いしなければいけないのでしょうか?」
「——そうか、君達はあの場所が何なのかを知らないんだね」
失礼、とフューフルが机の上を片付け始め、メイドが客間の隅にある棚から一枚の地図を広げてきた。
「これはファーシュタイン王国の領地を示している地図でね。我がハイリー家は王国の南、魔人族と国境を接する部分が領地だ。そして君達がいるという場所はここ」
ハイリー伯爵は王都を中心として書かれた地図の上、北側に指を滑らせていく。
そこにはラッシーが良く使うガジャルとの街道が細い線で描かれ、囲む森には「眠りの森」と書かれていた。
「この地は王国直轄領、つまりは国王の領地だ。ここに村を作りたいというのであれば、国王にお伺いを立てるしかあるまいて」
「ちょ、直轄領ですか!」
面倒事はある程度予想していたが、まさか領主が国王だとは思わなかった。国王の弟君である公爵が領地を持っているのは聞いたことがあるが、国王までも領地を持っていたとは知らなかった。
「知らないのも無理あるまい。この地はガジャル連邦との干渉地帯であり、王家に伝わる伝説の地でもある。それに森が深すぎて、開拓できないので仕方なく王家が管理しているという、実利的な部分もある」
「……はぁ」
「それにしても、どうしたものかな。君の提案はどうやらこの場では結論が出ないようだ。良かったら数日待ってくれないかな」
「は、はい。数日でしたら」
もしかしたらお呼びが掛かるとの事で宿泊先だけを聞かれ、ラッシーはハイリー伯爵の邸宅を後にする。
もちろん薬草代はたんまりと貰って、だ。
「うーん、なんとも分からん」
貴族の考えに平民が分け入ろうなどというのが土台無理なのだが、それにしても今回の話がだいぶ拗れそうなものであるのは間違いない。
ともあれ王国に来た用事はこれだけではない。ヤトラやラウダからいくつか買い出しも頼まれており、ラッシーは大勢の人で賑わう市場へと歩を進めるのであった。
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