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ハイエルフ様、生き急ぐ  作者: えだまめのさや
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お呼びでない勇者


「これはこれは勇者様。慌てた様子でどうされました」

「ヴァン殿もおられるのか、丁度良い」


 宰相ヴァンは礼の一つも知らない勇者レヴィンを見て、青筋を浮かべた。

 ここをどこだと弁えるのか、と怒鳴り散らしたい気分だ。

 もっとも、怒鳴ったところで馬耳東風。

 魔王討伐に出立してからというもの、こちらの思惑など関係なしに突き進むその姿勢には随分と苦労させられたものだ。

 今も冒険者紛いの汚い服装に、鈍色に光るプレートを身に着けている。

 これで兜でも被っていたら勇者とは誰も分からないだろう。

 しかし汚い身なりをしていても幼さの残る顔と、頬に残る痛々しい傷跡が彼女を勇者レヴィンだと示している。


「魔人国より抗議があった。内容はこちらの冒険者が魔人国の平民を虐殺しているという内容だ。戦争が終わった今、なぜ我らが争う必要がある!」


 なんとこの小娘は——勇者は心の広いことか。戦争が終わったならすぐ和平などと考えているのか。

 まだ二十歳にもなっていない娘を前に、ヴァンはすこし考えたふりをする。


「勇者様、その情報はいったいどこからお聞きになられました?」

「魔人国が四天王の一人、シューフェリ殿からだ」

「そうでしたか」


 確かに報告はヴァンにまで上がっている。

 一部の冒険者が魔人族を殺し、薬草を奪っている。

 しかし薬草が必要な昨今、そのような些末、特に表に出すことでもない。


とぼけるなヴァン殿。私たちは殺し合いを終えたくて魔王を討伐したのに、これでは何も変わらないではないか」

「いえ勇者様、惚けてなどございません。——しかし、どうやら私の知っている報告とは随分違うようですな」


 なに?と勇者が眉をひそめる。

 女っ気の欠片もないのだが、その癖顔立ちは良く、勇者に惚れるものは男女問わずいる。

 もっとも、勇者の莫迦ばかさ加減を知らない者達だけだが。


「私の耳には冒険者が国境沿いの森で薬草採取をしている折、突如としてキュクロプス族に仲間の一人がさらわれ、取り戻すべく魔人国に侵入。冒険者は誘拐したキュクロプス族と戦い、人質を救出して直ちにファーシュタイン国境まで引き返してきた、と」

「そんなバカな。ではシューフェリ殿が嘘を私に教えたとでも?」

「いえいえ、そこまでは申しておりません。おそらくシューフェリ殿も正確な情報をしっておられないのではないのですかな?」


 そも、とヴァンは顎髭を撫でつけ、思案する素振り。

 莫迦な勇者だが頭が悪いわけではない。なのである程度のストーリーが必要だ。


「発端はキュクロプス族が冒険者を誘拐したこと。報告者は都合の悪い情報は隠し、シューフェリ殿に報告が上がったと考えるのが妥当。なにせ戦争はすでに終結し、我らと和平へ向けて歩みだしております。そのような事が起きれば魔人族の顔に泥をぬることになりますからな」


 返ってその方が一部の者達には都合がいいのかもしれません、とヴァンは溜息混じりに顔を振る。


「我々はつい先日まで殺し合い、憎しみ合っていました。それが突如として和平へと動き出すことに、反感を持つものもいる事でしょう。それはわが国としても同じ。だからこそ上に立つ我らは入ってくる情報をしっかりと確認し、惑わされてはいけないのです」


 そう、真実は誰にも分からない。

 誰もが伝聞でしか分からず、それ以上の証拠もない。

 ただ、勇者を少々野放しにしすぎたとは思う。

 ここ一か月ほどは光魔法の消失と薬草の回収で忙殺されていたいもの原因だ。


「王よ。私は此度こたびの件、速やかに魔人族側と協議の場を設けたいと考えております。和平に向けた動きをより強固に、誤解なく進めていくためには対話が必要かと」

「——うむ。勇者よ。其方そなたも協力してくれるだろうか。戦争はまだ終わっていない。いな、むしろこれからが真の和平を勝ち取るための道なのだ」

「——はっ。勇者レヴィン、平和のためなら助力じょりょくを惜しみません」


 胸のプレートを一打ちし、騎士の敬礼を取る。

 騎士団に所属しておらず、騎士爵すら持っていない者が騎士の敬礼を取るなどと虫唾が走る思いだが、顔に出さず。

 そう、これは駄々をこねる子供をあやすだけ。


「そういって貰えると助かる」


 本当に、扱いやすい勇者でありがたい。


「其方にはまずガジャル連邦へと行ってもらいたい」

「……ガジャルですか?」

「和平を推進するにあたり、関係国と調整を行う。恥ずかしい話だが、ファーシュタイン王国はガジャル連邦と仲が悪い。其方には橋渡し役となってほしいのだ」

「そういう事でしたか。喜んでお引き受けいたしましょう」


 ヴァンは親書をしたためるのに数日を要すると告げ、勇者を下がらせる。

 時計を見れば案外と時間が過ぎていたことに気付き、随分と無駄な時間を過ごしたと思う。

 それでも勇者をガジャル連邦に向かわせることに出来たのは僥倖ぎょうこうだ。

 ファーシュタイン王国は良くも悪くも魔人国に接している。故に戦争が終わった今、勇者は気軽に魔人国に行けてしまう。

 しかしガジャル連邦であれば魔人国とは距離があり、さらには行く手を阻むかのように大森林が控えている。


「王よ。あやつをいつまで野放しにしておく気ですか」

「……そう睨むな。儂とて考えていないわけではない。だが、今ではないのは確かだ」

「——一部では勇者を崇拝するものまで現れております。危険のある者は小さい芽のうちに摘んでおくのが得策かと」

「それはそなたの子飼いからか?よく躾けてあるものだ」


 勇者パーティは全部で八人いる。

 とはいっても常日頃共に行動している者は三人。

 勇者レヴィンと同郷の戦士リーリエ。僧侶のユゥイ。

 三人共女性ではあるが、勇者はさておきリーリエは戦士でありながら魔力量の高さから冒険者が束になっても無双できるほどの強さを誇り、僧侶ユゥイは回復魔法の使い手として、齢十二にして王都にある大聖堂の上級聖職者まで上り詰め、十七となった今では魔力の扱いは百年に一度の逸材とまで呼ばれる。

 そして、このユゥイこそヴァンに忠誠を誓う者でもある。


「一部では王女様も勇者に随分と傾倒しているとの噂もあります。今はまだ笑いごとで済ませられますが、放っておくのはあまりにも——」

「——わかっておる」


 ヴァンの言葉を遮り、王は一枚のスクロールを投げ寄越す。

 丸まったそれは随分と古い、しかし格式の高いものであると直ぐにわかる。

 中を見れば、読む者を拒絶するかのような細かい文字に、きらびやかな狼の国旗が目に入る。


「まさか、これは……!」

「古き盟約。我が一族が八○○年も昔、この地に王国を建国したときに結んだもの」

「……あまりにもタイミングが悪い」


 これが直ぐに来るというのであれば、勇者などにかまけている場合ではない。

 唇を噛みしめ、地の味が広がる。


「建国神話に、我が王国は刃を向ける。ヴァンよ、蛮族の討伐準備を急がせろ。幸いにもまだ時間はある」


 王の言葉に、ヴァンはただただ頭を下げるだけだった。


 * * *


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