小さな旅
次の日から、本格的に転居の支度が始まった。
不必要な家具は売り、アイテム袋に入る物だけを残す。
服は古いのを捨て、新調。
子どもたちには友達としっかり別れを告げるように言い、けれど遠くに行くわけではないのでまた会えると伝えることも忘れない。
絹の取引先には次回の入荷は少し遅れると告げ、鉱山からは宝石を少なめに吟味して買い付ける。
あくまで薬草はバブルであり、やはり元の商売は細々でも継続していたほうがいいだろうとの考えだ。
最期に保存食を買い込む。
これから街道を移動するのもあるが、森の中の生活になれば万が一のこともあり得るので、各々二日分ほど凌げる食料袋を持つ。
「よし、行くか。忘れ物はないな」
朝早く。
ボロなアパートを引き払い、朝早いこともあってか人通りの少ない大通りを進んでいく。
石造りが基本なカテナの街並みもこれで見納めだ。
これから行くところが自然しかない所だと思うと、自分含めて順応できるか心配になってくるが、なるようになると願うばかりだ。
「町の外に出るの初めて!」
「うちもうちも!」
「こらこら、はしゃいで転ばないようにな」
一家四人、州都を囲う石造りの門から出れば、いよいよお別れだ。
一○年前、魔人族と人間との戦争から逃げるようにしてこの町にきたラッシー。
そこでミーリと出会い、二人の子、長女のファイと長男のヒュージをもうけた。
商人になり、生活が落ち着いてきたのが五年目。
そして一○年目。ターニングポイントとなったのは戦争の終結と薬草バブル。
「人生って分からないもんだなぁ」
「お父さんでも分からない事あるの?」
何処までも続く街道を歩く一家。
親の周りを駆けまわるふたりの子供が見上げてくる。
「分からない事だらけだよ。だから毎日が楽しいんだ」
「ファイも楽しい!ヒュージは?」
「たのしい!」
「よかったよかった。けど前を見て歩かないと転んでしまうよ」
ヤトラとの集合地点までは大人の足で歩いて五日。子供がいれば一週間は掛かるだろう。
ならば急いでいく必要もない。
寄り道し、時には草むらの中に分け入ってキイチゴを探したりする。
夜は焚火を囲んで星空の観察だ。
一日も歩けば州都カテナの明るさも見えなくなり、満天の世界が頭上に広がっている。
「明日からはもっと深い森に入るからね。星空はしばらく見納めだ」
「ねーねー、エルフの人って、どんな人?」
「どんなひとー?」
「そうだなぁ」
九歳ともなれば自分が狼族であることを正しく認識しているが、六歳のヒュージにはまだ難しいだろう。
お姉ちゃん子でもあり、姉の後に続いてオウム返しの様に喋るのが癖だ。
「エルフはもともと深い森の奥に住んでいた人たちなんだ。みんな長生きでね、自然の中でゆったりと過ごしていたんだ」
「今は違うの?」
「ああ。今は町に住んでいるエルフもたくさんいるし、カテナにだっていただろう?」
「うん、ソーロコ爺がエルフだった」
ソーロコ爺とはアパートの大家だ。
暇人なようだが聡明で、近くの子供たちが来ては遊びを教えたり勉強を教えたりしていた。
ファイとヒュージがいつのまにか簡単なお金の計算が出来るようになっていたのはソーロコ爺のおかげでもある。
「ちなみにこれから会いに行くヤトラというエルフは、とても魔法がうまくてね。もしかしたら魔法を教えてくれるかもしれないよ」
「魔法?魔法って、あの魔法?」
狼族は総じて魔力が少ない。
それを補うように身体能力が高く、さらに少ない魔力を身体強化に充てる事で比類なき戦士になるものが多い。
それでも子供のうちは誰もが魔法に憧れる。
ラッシーもライトと火起こしくらいは出来たのだが、光魔法の消滅によってライトは使えなくなってしまい、今使える魔法はたったの一つしかない。
もし、もっと違う色々な魔法が使えたら、違う人生を歩んでいたかもしれないと思う時がある。
地魔法が使えたのなら大工や庭師に農家、水魔法が使えたのなら漁師やインフラ整備、回復魔法が使えたのなら医者に。
いや、回復魔法頼みの医者は今や完全失業中だったな。
「魔法が使えるようになれば世界が広がるからな。お前たちにも魔法を教えてもらうよう頼んでみるか」
「やったー!」
「たー!」
無邪気な歓声が夜空に溶け、夜は更けていった。
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