移住へ
「まいど、お呼びですかい?」
「いつも済まないね。また家を一軒、彼を使って立ててほしいんだ」
「それくらいはいいんですが——なんでえこのやけにまっすぐな木は」
地精霊はピン、と真っすぐになった大木を見上げる。
あ、加工しやすいように浮かしておくか。
ヤトラが魔法で持ち上げると、根っこまでさらに真っすぐになる。
「詳しい説明は省くけど、どうやら私の加護が強くなったみたいでね。植物を動かせるようになったみたいなんだ」
「はぁ……、世の名か不可思議なこともあるもんで」
喋るモグラも十分不可思議だよ、と思うが余計なことは言わない。
木材の加工はこの場で行ってもらうが、その前にジャウをここまで連れてきた目的を忘れていた。
ジャウに振り返り、大きく手を広げる。
「さてジャウ君。魔法を極めるとどんなことが出来るのか、見せてあげよう」
イメージするのは、両手を広げても足りないくらいの大木すら、いとも簡単に切断する風の刃。
鋭さと折れない厚みを持った風の塊。
刀を何度も鍛造するように、大気を圧縮して圧縮して刃を鍛えあげる。
そうして出来た刃は、はっきりと目に見える風の大太刀。
一刀。
それだけで根と幹を切断する。
続いて枝葉が多い上部を切り落とす。
それからスパスパと幹を適当なサイズに切り分けていく。
「……ヤトラ姉。ぜんぜん参考にならないんだけど」
「大丈夫。そのうち出来るようになるよ」
「いや、流石にこれは無理でしょ……」
若いのに自分の可能性を閉ざしてしまうのは良くない。私だって今はこれほどの魔法使いになったのは一千年ほど年を重ねた時だ。もともと魔法が得意でなかったけど、時間を掛ければその腕前は一級品となる。
つまり、才能がある者ならば時間を超越して高みへと到達することだって出来るのだ。
滔々《とうとう》とジャウに語ったが、果たして彼女に届いたかどうか。
ともあれ残処理を地精霊に任せて、二人は帰路に着いた。
* * *
ガジャル連邦でも随一の繁栄を誇るカテナ州州都、カテナにラッシーが帰ってきた早五日。
久々に家族での団欒を楽しみつつ、しかしラッシーは未だ妻と子供二人には移住の話を切り出せないでいた。
ファーシュタイン王国から持ってきた絹は既に売り、薬草は商人の伝手を使って鉱山経営を営む裕福なオーナーへと売りさばいた。価格はファーシュタイン王国よりも高く、需要の高さが伺える。
しかしラッシーの目的は高値で売り捌くことではない。
ヤトラの意を汲めば、薬草を使って将来的に立場を得たいという事だったので、ひとまずは恩を売る形での商売だ。
そして現金よりも物々交換を申し出る。
現金でもいいのだが、ヤトラから渡されたスクロールには州都のあらゆる場所を駆けずり回らないと手に入らない物や、女性ものの衣服などがある。
それらをラッシー一人で買いに行くのは面倒なため、その手間を肩代わりしてもらったのだ。
さらに、ファーシュタイン王国で得た大金を元手に、アイテム袋を購入する。
アイテム袋とは、高度な空間魔法の使い手のみが作れる無限に収納できる袋だ。
実際には容量に限りがあるのだが、お金を積めば積むほど容量が大きな袋を買える。
まずはヤトラから頼まれていたもの一式と、家族四人が引っ越すための家具などが入るそこそこのアイテム袋を調達する。
これだけで金貨二○枚が飛んだ。
「必要経費、これは必要経費なんだ……」
薬草バブルに乗れば金貨二○枚など大したことはない。ファーシュタイン王国でも一○束ほど売れば直ぐに元が取れる。
しかしラッシーの金遣いの荒さと様子の変化に、妻であるミーリは気づいていた。
いつもなら朝から晩まで鉱山に行って宝石を吟味し、時には掘ったばかりの原石を買ってくることもあり、毎日泥だらけのはずなのに、今回に限ってはそれもまだ一回。
しかも汚れずに帰ってきて、あとは自室でぶつぶつ紙とにらめっこしているのだ。流石に気づく。
「ねえあなた。私たちに話すことがなくて?」
「んぅ……いや無いことは無いんだというか、あるにはあるんだが」
歯切れが悪いのは彼が商人になると打ち明けてくれた夜を彷彿とさせる。決して収入が良い訳でもない。安全でもない。
けれど人間優位のガジャル連邦で狼族一家四人が満足して暮らしていくには、ある程度の危険は冒さなければならない。
ミーリは辛抱強く、ラッシーが話しかけてくれるのを待った。
彼が話さないのは私たちを考えているからこそだと思っているし、彼も話は無い、という嘘はついていない。ならば、彼が話してくれるまで待つのが信頼の証。
「——実は、今大きな取引を持ち掛けられていてな」
「それは、私たちに危険があること?」
「正直、ある。その取引をしているだけで、お前たちに危険が及ぶ可能性もある」
商人であれば危ない物や高価な物を扱うことも多く、家族に危険が及ぶくことも良くある話だ。
今は細々とやっているし、ラッシー自身も商店などを構えているわけではないので、ミーリも子供たちも身の危険を感じたことは無い。
「一応対策としては色々考えたんだが、取引を続ける場合、お前たちの身の安全を考えると、州都を出ていかにゃならん」
「……そう」
「——何も、言わないのか?」
思う所が無いわけでもない。
しかしミーリとしては人間優位のここで暮らしていくのには、すこし疲れていたのが本音だった。
「正直言うとね、私はここの生活に馴染めなくて。——いえ、あなたのせいではないの。けど、やっぱり人の国は……」
そうか、とラッシーは重く頷いた。
* * *




