ところがどっこい
悪い笑顔で、さらに氷塊を追加する。今度は先程投げた氷の刃や槍、大剣に斧まで氷で作って飛ばす。
「ひぃ!」
「——あ、避けた」
「よけちゃった」
「ところがどっこい」
避けた先、地面に氷塊がぶつかる直前にそれらは停止する。
ヤトラが指先をヒョイと動かすと、氷塊は妖精めがけて再度飛翔を始めた。
氷塊が妖精を掠めるたびに「あひい!」とか「にょわ!」とか悲鳴が上がるのがなんとも独特だ。
「さて二人とも。ちょっとここで待っていてもらえるかな。私はあの妖精とちょっと話してくるから」
「話って……とどめじゃなくて?」
「ようせいさん、かわいそう」
妖精を追っていた氷塊を指先一つで壊す。
二人にはサーチで周囲の警戒を怠らないよう指示し、夜光草の小鉢を抱え直して妖精に近付く。
人間ならまだ子どもほどの体格だが、妖精で言えばすでに大人。それが息も絶え絶えで地面に伏して震えている。
金のツインテールが土で汚れ、鱗粉を落とす半透明な羽も疲れた様子で広がっていた。
「ノイズ」
ここでジャウとトリシャには魔法を掛けさせてもらう。妖精が何を口走るか分からないし、呪詛でも振りまかれたら厄介なのもある。
ノイズは指定した対象が言葉を聞き乗りにくくする魔法だ。戦場で敵味方が入り混じる中、暗号訓練などを受けていない一般兵を動かすため、安全に伝令を伝えるために開発された歴史をもつ魔法。
「さて妖精君。私たちはさっさと家に帰りたいんだけども」
「はっ……何が、家よ。エルフの姿したバケモンが」
「いや、エルフなんだけど」
「そんな訳ないでしょ。アンタは、エルフとは存在が違う」
「——ほう?」
確かにハイエルフはエルフと違い、耳も少し短かいし瞳の色も紫にはならない。しかしこの妖精は存在が違うと言った。
それは妖精にはエルフとハイエルフの違いが分かるのか、はたまた神から授かった始祖レリアの加護のせいか。
「まぁ君が何を思うのは勝手だけど、このままにしておくのもあれだから——リミテーション」
妖精の首に光のチョーカーが巻き付き、消える。
「私の事を喋ることを禁則にさせてもらった。とくに君たち妖精はおしゃべりが大好きだからね。私の事が大っぴらに広まることはあまりしたくないんだ」
「……あんたが噂の埃かぶりの魔女ね。あの子達から聞いていた性格とは随分違うようだけど」
「あの子……嗚呼もしかして君が、年中咲いている蘭が植わっている場所を踊り場にしている妖精かい」
こちらから嗾けておいて言うのもあれだが、随分悪趣味というか、悪戯好きな顔をしている。
「……あんた今、失礼な事思ったでしょ」
「おや、どうしてそう思うんだい?」
「私が楽しそうな事を思いついた時と同じ顔をしていたからよ」
それは自分で自分が性格が悪いと自覚しているんじゃあ。いや、妖精なんてそんなものかとも思う。
「私は妖精である君達と出来ればお近づきになりたくなくてね」
「あんたがそんな性格なら誰だって近付かないわよ」
「それは重畳。私もあまり君の踊り場には近づかないようにするよ」
「はん、どこまで本当かしら。エルフの振りして人間を騙している魔女が」
「——いや、うん。その通りだよ。だから私には近付かない方がいい」
今の妖精はハイエルフの存在を知らないのか、とヤトラは考える。そして輪廻転生した存在は妖精にもしっかり人間として映っているのであれば、ジャウやトリシャが人の町に行っても元キュクロプス族とばれることもないだろう。
思わぬところで良い収穫があった。
ならばそれ相応のお礼くらいはしてあげよう。
疲れているようだから回復魔法……いやあれは光魔法だからダメか。汚れを落とす魔法や疲れを軽減する魔法も全部光魔法に属しており、ヤトラはふと、光魔法を制限されている今がかなり不便になっていることに気付く。
「私にはあまり関係ないけど。——ほい」
指を鳴らすと妖精の周りに細い水流が幾本も渦巻く。
風魔法で妖精を宙に浮かせたら、顔を残して水流が全身を覆い、しばらくしたら水が消えて暖かな風が強烈に吹き荒れる。
原始的な洗浄魔法だ。
実際には熱風を出すときに火魔法も使っているので、三属性操る必要があるが、そこそこの魔法使いならこれくらいはできる。
「せめてものお詫びだよ。汗だくの君をそのまま返したら評判が悪そうだからね」
「あ、ありがと……」
呆けている妖精をそのままに、ヤトラは背を向けてジャウとトリシャのところにまでもどる。
ノイズ魔法の解除も忘れない。
「さ、帰ろうか」
帰る途中、トリシャからの熱い眼差しを一身に受け、ジャウが察したのか早歩きで道を進んでいく。
トリシャの教育方針は早急に決めなければまずそうだ。
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