傷ついたキマイラ
キマエラとは魔獣だ。
魔物ではあるが、魔人族に飼いならされているものが多い。
獅子の頭に山羊の体躯、蛇の尻尾を持つ魔物。
知性が高く、魔王城でも番犬としてかなりの数を飼っていた。
山羊の体だけあって高い所を好み、集団で群れを作る。
そのキマエラがどうしてこんなところにいるのか。
『いかがしますか』
「——ここに連れてきて。二人は私から離れないように」
トリシャをジャウに預けていると、森の奥底から無抵抗なキマエラが浮遊してきた。
体は痩せこけ、眼孔は深く、毛並みは擦り切れたりしており、とても普通の状態には見えない。
「ヤトラ姉、あれは……」
「ふむ。——何か様子が変だね」
魔法陣の手前でゆっくりと下ろされ、横たわるキマエラ。
二人に魔法陣から出ないよう言いつけ、ヤトラは一人、キマエラのそばに寄る。
「君は——もしかして城の?」
「……ガゥ」
間違いない。魔王城にいた子だ。
どうしてこの子がここに居るのか。どうしてここまで痩せこけているのか。
いや、きっと同じなのだ。彼もまた、追われたのだろう。
森の中を走ってきたにしては明らかにおかしい裂傷。よくよく見れば傷ついていない所に赤黒い血がこびりついており、誰かの返り血だとわかる。
「ジャウ、リュックから水とゴレンジを」
「う、うん」
薬草入りの水筒を横たわるキマエラに、ゆっくりと飲ませる。半分飲ませたところでゴレンジを魔法で絞り、果汁を水と合わせてまた飲ませる。
「その子、しんじゃうの?」
「大丈夫だよトリシャ。ヤトラ姉がついているんだ」
「でも、でもぉ……」
ラ・ヨウの村でもキマエラくらいはいたのか、心配そうな目で見つめる二人。
しかし目の前のキマエラはなかなかに厳しい状況だ。
ヤトラは獣医ではない。弱っているのは分かるが、これがまだ助かる状態なのかそうじゃないかは全く分からない。
「夜光草はまた今度かな。まずは小屋に運ぼう。ここじゃこの子に与える水も食べ物も足りない」
「わかった」「うん」
* * *
出発してから一時間足らずで戻ってきたのは予想外だったが、さらにキマエラを連れてきたのにはラウダも驚いた。
「ラウダ、お湯を沸かしてくれ。トリシャは三束ほど薬草を。ジャウは水の用意とゴレンジを出しておくれ」
頷く三人。
ヤトラは小屋の前にキマエラを横たわらせ、まずは明かりを灯す。
相変わらず光魔法は使えないので、今日も小さい太陽を生み出すが、これを屋外で出してしまうとかなり明るく、森の中と言えどかなり目立つだろう。
「ラウダ、この子、どうみる?」
湯がわき始めたころ、水とゴレンジはジャウに任せたヤトラが近づいてきた。
人間になってから分かったのだが、ヤトラは非常に美形なために、まじまじと見つめられるとラウダとしてはかなり気まずい。
……なあんて思ってるのがバレバレなんだけど、早く慣れてくれないかあとヤトラは思う。
そのうちジャウやトリシャに気付かれると父親としての尊厳を失くしてしまわないか心配だ。
「そ、そうだな……。キマエラが人間に飼われているなんて聞いたことはない。ラ・ヨウの村には数頭いたが、森に棲んでいるハーピー族はキマエラを嫌うから、キマエラも森には近づかない」
「つまり、この子も何かから逃げて来た、ということか」
「そんなの、お前さんならとっくにわかっているだろう」
「自分の判断だけでは過つ時だってあるさ」
ヤトラは湧いた湯に薬草を揉み込んで入れ、触れる程度まで冷ます。
このぬるま湯でキマエラの全身を拭いていき、傷には都度お手製の包帯と薬草を巻いていく。
幸い深い傷はなく、ジュジュに頼んで大き目の葉をたくさん落としてもらい、簡易な寝床を作る。
トリシャが離れずに頭を撫でているが、端から見れば人間が魔物を世話しているなど、異端者か何かと間違われてもおかしくはない。
一方のジャウは、トリシャとキマエラから一定の距離をとって見守っていた。




