暴君の片鱗
ヤトラは半壊した小屋の前に立つ。
小屋と言ってもかなり小さい。人一人が暮らすにしてももう少し大きくないと満足に生活も出来ないだろう。本当に寝るだけのスペース、犬小屋ならぬエルフ小屋といった所か。
封印するだけならそれでいいかもしれないが、今となっては非常に具合が悪い。
人並みの生活を送るには最低でもキッチンとリビングとトイレくらいは欲しい。
「……いや、トイレは外だな」
となればキッチンとリビングだけあればいい。竈は外に作ろう。
寝床はしばらく葉を重ねたものかもしれないが、それでもベッドとして作っておきたい。早々に羊毛か毛皮が欲しい。
いやいっそのこと大木の上に家を作ろうか。
森に暮らす猫人族は木々の上に橋を架けるようにして家を作るという。
「それにしては些か高すぎるか」
見上げる大木は高さ一〇メートルはくだらない。確かに大木同士の高さは揃っているかもしれないが、そんな高さでは昇り降りするだけで一苦労だろう。
仕方ない、とヤトラは先程葉を落としてくれた大木の元へと向かう。
「やぁ君。先ほどぶりだね。実は折り入って相談があるんだ。君、木材になる気はないかい?」
『な、なに言っているんだてめぇ!木材になりたいだぁ!?』
「そうだとも。ハイエルフたる私が住む家の木材にならないかと言っているのだ。。君ほど立派な大木であれば一本で私が住む家くらい賄えると思うのだが」
『あら、それならいいわよ。彼が居なくなれば私の周りにも日差しが当たりやすくなりそうだし』
答えたのはとなりの大木。どうやら目の前の彼がいると日光の当たりが悪いらしい。
確かに彼と彼女の距離は他の大木との間隔に比べて近しい気がする。これでは陽だけでなく根からの栄養も取り合っている事だろう。
『あ、てめぇ!俺を囮に逃げようって魂胆だな!』
『逃げるも何も、動けない私がどうやって逃げるっていうのよ。さぁ、さっさと木材にしちゃって頂戴な』
賑やかな木々の騒めきに笑みが零れてしまう。
魔王であった時はこんな風に木々と話すことは出来なかった。
転生した時はもちろん有用なスキルなどが使えるようになった反面、ハイエルフの時に使用できたスキルの一部は使えなくなっていた。
失ってからその大切さや楽しさに気付くものがある。
木々と話せるのもその一つだろう。
そうでなければこの深い森の中、裸に近い状況で一人暮らさねばならないのは非常に辛い。
「まぁまぁ。もちろんタダで木材になれとは言わないよ。私からは君にハイエルフの加護を与えようじゃないか」
『加護ぉ?』
「そうだとも。ハイエルフの加護を授けられたものは、森の中でその存在格を一段上げ、さまざまな恩恵が受けられるよ。例えば数百年は腐らないだとか、燃えにくくなるとか」
『でも切られたらお終いじゃねーか』
「いやいや、存在格を上げた君が木材になった程度で死ぬわけないじゃないか。喩え建材になろうチップ状に粉砕されようと木こりの斧の柄になろうと、木は生き続けるんだよ」
まぁそれに。
「どうせ切られるんだから良いじゃないか。私は君が気に入ったから君が欲しい。君が気に入ったから加護を授ける。拒否権なんてないんだよ」
『とんだ暴君じゃねーか。だれだよ、小屋の中に埃まみれの美女が寝ているとか言ったやつは』




