夜の森
しばらく三人の足音だけが響く。
緊張している二人にヤトラは「そうだよ、こういうのが子供の時は大事なんだよ」と一人頷きながら歩いていると、ジャウが振り向いた。
「不思議……。暗いはずなのになんとなく見える」
先頭のジャウは歩みこそゆっくりだが、なるべく歩きやすい道を選んで、暗闇の森を進んでいく。
「それはね、この森に妖精がいる証だよ」
「ようせい?ようせいって、あのようせいさん?」
そうだね、とヤトラは振り返ったトリシャを抱え上げ、目線を高くしてあげる。
「——ほら、ぼんやりとだけど見えるだろう?」
「うん。見える」
トリシャの視線の先、暗い森がずっと続いている。
そう《《暗い森》》が見えているのだ。
月明かりなんてものは届かないのに、数十メートル先まではなんとなく見えるこれこそ、妖精の鱗粉だ。
「妖精が森の中を飛ぶとね、周りに光の粉を落としていくんだ。光の粉はとっても小さいんだけど、こうして木や葉っぱ、地面にくっついて数日は光り続けるんだ」
「ヤトラ姉ってロマンチスト?」
「ロマンチスト……。うーん、妖精の性格を知っているとちょっとあれなんだけど」
妖精はいつの世も悪戯好きだ。
片思いの恋文が入った荷物を隠したり、逢引馬車を転覆させたり、貴族の子息子女によるパーティーに水をぶちまけたり。
なんかだいぶ人の恋を邪魔する方向に偏っているのは何故だろう。
大昔にヤトラが大魔法使いとして名を馳せていた時に遭遇した話なので全て事実ではあるのだが。
トリシャを下ろすと、ヤトラは魔法を行使する。
「サーチ」
探す対象は妖精、夜光草だ。
妖精を探すのは出くわしたら面倒だから。鱗粉が極端に濃いわけではないが、それでも頻繁に森の中を通ってはいる様子。
一応ハイエルフの種族特性を前面に押し出して威圧しても良いのだが、出会わないのが一番だろう。
「なにしてるの?」
「ん?この魔法はね、探し物を見つける魔法なんだ」
「まほう!トリシャまほう好き!」
右手から淡く漏れる青白い色をきらきらとした目で見つめるトリシャ。反対にジャウは興味なさげだ。
夜光草を探すついでに二人に魔法でも教えようかと思ったのだけど、これではジャウは乗ってこないかもしれない。
「ジャウ。一〇〇歩ほど進んだらちょっと右に行こう」
「りょーかい」
再び進み始める一行。
奥に進めば進むほど、森は幻想的な様相を呈してくる。
地上から空へ上る光の泡。
夜になって地上の温かい空気が空へと移動することに伴い、鱗粉もゆっくりと巻き上げられているのだ。
これだけ明かりに溢れているのなら、妖精にいつでくわしてもおかしくはない。
「……ん?」
そんなヤトラの視界の右端。
完全に光が届かない暗闇の中で何かが蠢いた。
妖精ではない。
妖精の鱗粉から分かる通り、暗闇でも明るく見えるのが妖精だ。逆に黒い影で動くのは獣か魔物か。
「サーチ、エリア、プロテクション」
ヤトラの判断は早かった。
突如として直径五メートルはある魔法陣が展開し、突き刺さる光にジャウとトリシャが悲鳴を上げる。
「風よ、彼の者を追い、拘束せよ」
『——御意』
突風。
静かな夜の森に突如吹き荒れる風は、まっすぐに蠢く何かに向っていく。
「ヤトラ姉!どうしたの!」
「二人とも、私のそばを離れないように。——何かいる」
「何かって……」
トリシャを抱きかかえ、ジャウを背に隠す。
エリアによる鎮静効果と範囲防御魔法であるプロテクションがあればそうそう取り乱すような事は起きないと思うのだが、世の中何が起こるか分からない。
それにこの森で目覚めてからまだ一か月も経っていないのだ。
北の湖には人食いカエルがいることを考えると、強力な魔物がいてもおかしくない。
『——捕らえました。キマエラです』
「キマエラだと?どうしてキマエラがここに……」




