おつかい
深く溜息をつくラッシー。
「言いたいことは分かる。けど私たちも生きるためには色々と物入りでね」
「私たちって……おまえさん以外に誰かいるのか?」
「訳ありの親娘三人が」
「おいおいおい、こんな山奥で暮らそうだなんて、何考えてるんだ。奴隷か何かか?」
「違う違う。ちょっと面倒な訳ありの、普通の親娘だよ。でも着の身着のままで私の元に来たから、服とかが無くてね。生憎と私も替えの服がないから、君におつかいを頼もうと思っていたところだよ」
「俺の話聞いてたか?今薬草を売るのはまずいんだぞ」
「それでも売るのが商人だろう?そして、君は心のどこかで思っているんじゃないのかな?商人ならこの商機、逃していいのかってね」
「——っ」
ラッシーの顔つきが険しくなったかと思えば、目を瞑り顔を振り仰ぐ。
需要と供給のアンバランスによるバブル。
自分しか知らない薬草の入手ルート。
安全な貴族への販路があり、買い叩かれてもなお手元に残る金貨。
一生に一度あるかないかの大儲けのチャンスを、みすみす逃してなにが商人か。
けれど薬草を巡る争いは絶えず、まだ表舞台には出ていないとは言え騎士とごろつきの衝突は段々と激しくなっていると聞く。
命あっての物種であるならば、リスクを冒してまで商売する必要はない。
悩み、悩んで、悩み抜き……。
「だあああ!俺も男だ!乗ってやるよ、この大商機に!」
「おや、思い切りがいいねぇ。どこかの誰かさんとは大違いだ」
* * *
「は……は……くちゅん!」
「……ジャウよ。女の子になったからと言ってクシャミまで可愛くなることは無いんだぞ」
「おにい、かわいい!」
「う、うるさい!」
* * *
「ヤトラ、あんたに頼みがある。俺の家族もここに住まわせてくれ」
「私はいいけど、そっちはいいのかい?」
「ああ。俺が薬草を扱い始めれば噂は確実に広まり、狙われるのは家族だ。それならここに住んだ方が安全だ。アンタほどの魔法が使える奴がいるんならな」
確かに、ファーシュタイン王国を探しても、魔法が盛んなガジャル連邦を探してもヤトラと肩を並べる者はそういない。
ヤトラとしても協力者の身内を守るためならば魔法を躊躇うことは無い。いや、今まで魔法を使うのに躊躇った事はあまりないのだけど。ハイエルフの身分を隠すために使う魔法を吟味している今の方が、どちらかと言えば躊躇っている方だろう。
「なら私は君達の住処を準備しておくよ。なに、せいれ……魔法でちょちょいのちょいさ」
「今精霊って言いかけなかったか」
「……そういう時は惚けるのが商人じゃないのかい」
魔法使いで精霊が使える者は非常に少ない。
エルフだからと言っておいそれと使役できるものでもないし、精霊を専門に扱う職種である精霊術士でさえ、使役となるとかなりの高位となる。
「ともあれ服の件は宜しく。お代は薬草の売り上げから出しておいてくれたまえ。服のサイズと数量はこっちにまとめてある。あと調理器具と薬草栽培に肥料をいくつかほしいんだ」
「スクロールまで使えるのか……。これなら契約関連の書類も作れそうだな」
「紙とペンを出すだけならいくらでも請け負うけど、それ以上は求めないでくれたまえ?面倒だから」
紙とペンを出すスクロールの魔法。この魔法は更にイメージを追加することで飾りを付けたり鳳凰枠といった非常に緻密な模様を描くことも出来る。どれも契約書が正しく本物だと証明するためだ。
とはいえ具体的なイメージがないとぼやけた絵が描かれたりと難易度は高い。
ラッシーはスクロールと薬草を受け取り、大きく膨れたリュックの中へと器用に仕舞っていく。
「王国からは絹を買い込んでくるんだ。ガジャル連邦は魔法使いの国だから、魔力を良く通す絹は高値で売れてね」
「王国は宝石が欲しい、連邦は絹が欲しい。そこに商人がいる……。これならもっと人通りが多くても良いようなきがするけど」
「どっちも流通量が大きくなると、価格が暴落したりするんでな。それに偽物も増えてきて鑑定もいるし、購買層も限られるから発展性が乏しい。だからこそ俺みたいな商人でもやっていける」
「なかなかに難しいね」
ラッシーが残っているお茶を飲み干すと、リュックを背負う。
「じゃあ行ってくる。次来るのも大体二週間後だ。その時は一家ぐるみで世話になる」
「分かったよ。道中気を付けて」
* * *




