種族を捨てる
混乱するラウダ。
それもそうだろう。種族を捨てるとはどういう意味なのか。喩え命を捨てたとしても、種族を捨てる事なぞ出来はしないだろう。
だがしかし、ヤトラには一つの思い当たる節がある。
「私の一族には神下ろしという魔法がある。これはその名の通り、この世界の神を顕現させる魔法だ。それを使って、君たちを人間に生まれ変わらせる。——それが、種族を捨てるということだ」
「神を呼ぶだと……?いやそれよりも、何故人間に生まれ変われというのだ。儂らはまさにその、人間に妻を、村の皆を殺されたのだぞ!」
ラウダの大声に、ジャウとトリシャが身じろぐ。
直ぐに熱くなるのがラウダの悪いところだね、とヤトラはトリシャをラウダから引き離し、抱きかかえては背中を優しく叩く。
しばらくするとトリシャは再び、静かな寝息を立て始めた。
子を産んだことは無いが、長いこと生きていれば孤児の一人や二人育てた事もある。
「君たちを人間に生まれ変わらせる理由はいくつかある。一つはこれからの時代、間違いなく人間が覇者になるからだ。魔人族との戦争に勝ったのもそうだが、彼らの背後には女神がいる。わかるかい?私たちとは違う、圧倒的な存在が人間の側についているんだ。だから、私は私の寝覚めの良さを考えて、君たちを人間へとしたい」
ラウダやジャウ、トリシャの幸せなどはどうでもいい。とにかく彼らがヤトラの見聞き出来るところで傷ついたり死んでほしくない。
「二つ目はもっと直接的な利益のためだ。私がこれから商売をすると言っただろう?そのためには人足がいる。相手は人間だ、当然こちらも人間であった方が都合が良い」
「俺たちを、奴隷にしようってのか」
「奴隷身分がいいならそうしよう。それでも私が助けた命だ。好き勝手死なれては私の寝覚めが悪い」
「——それは、本心か?」
「本心だとも」
「……子供たちと、相談させてくれ」
* * *
ラウダがジャウとトリシャを起こし、テントから連れ出していく。
すでに日は落ちているが、満月に近い月が辺りを煌々と照らしてるので念のため気を付けるようには言い含めておく。
人間はこれくらいの明かりであれば平気で夜中も歩くのだ。ばったり街道で出くわしたなどとあっては困る。
「さて、問題は神下ろしだな」
人間に生まれ変わらせる、などと豪語したが、ハイエルフの加護をもってしてもそのような事は出来ない。
出来るとすれば、ヤトラを魔王へと転生させた神くらいだろう。
そして気がかりなのがもう一つ。
「人間についたあの女神。あれはいったい何者なのか」
神は最初から一柱ではなく二柱いたと言われればそれまでだが、依然転生するときに聞いた話では、あの神がこの世界の唯一神だと聞いていた。
代替わりでもされていたら、これから呼び出す神が女神かもしれない、という事にもなりかねない。
とはいえ確認方法もないので、結局は呼び出すしかないのだが。
「準備としては、実際は水さえあればいいんだけど」
呼び出しに使うのは高純度の魔力を秘めた水。
これが神の住まう世界と繋がり、神がこちらに干渉できる。
魔王へと転生する時に教えてもらった魔法だ。一度も使ったことは無いのだが、教えてくれたという事は使っても良いだろう。
それに今使わずしていつ使うというのか。
ラウダたちはまだ戻ってきていないが、だからこそ確認の意味も込めて先に神下ろしを実行する。
まずは魔法で水を作り出し、浮かべる。
これだけでそこそこ純度の高い魔力が籠っているのだが、ここにさらに魔力を注いでいくと、透明な水が青、緑、黄色、赤へと変わっていく。最終的には赤紫色に近い色にまで変化したら完成だ。
あとはこの水球を薄く丸く伸ばして姿見の様に配置する。
『おお誰かと思えばヤトラじゃないかのぉ、久しいな』
「お久しぶりです、神様」




