追われる商人
カエルに食べられた旅人の道具で勝手に茶を飲んでいる自分を棚に上げ、ヤトラは重い腰を上げる。
街道の先、曲がり角から一人の男性が現れた。
「大きな荷物を捨てない所をみるに、行商か何かかな?一人のようだけど、護衛はいないのか?」
馬車もあまり通らないような街道だ。
盗賊なんて出ないだろうが、しかし獣は出る。
人と獣では対処の仕方が違うが、それでも護衛くらいいた方がいい。
魔人族の部族間交流もしょっちゅう敵対部族に襲われたものだ。
懐かしい記憶だね、と感傷に浸っていたら男もどうやらこちらに気付いたようだ。
「逃げろぉ!魔物だ!」
助けてくれ、とは言わないのだな。
イノシシくらいなら大人二人もいればどうにかなりそうだと思うのだが、果たして鬼が出るか蛇が出るか。
「ぐごおおおおおお!」
男が逃げてきた先、巨人が現れた。
キュクロプスだ。
体躯は人の倍以上で筋骨隆々な上半身に、丸太を片手剣の様に振り回している。
ぎょろりとした一つ目は男の背を狙い、重そうな足取りで迫ってくる。足が速くないのが幸いだ。出なければ男は既に死んでいただろう。
「何やってんだ!逃げろ!」
「逃げる?それは私に言っているのかい?」
逃げるなんて選択肢は毛頭ない。
あの血走ったキュクロプスはいくら逃げたところで、必ず追ってくる。安全を確保するなら倒すしかないのだ。
必死の形相で走り抜ける彼の首根っこを捉え、転がす。
すでに上がりきった息だが、それでも大きなリュックを捨てないのは流石商人というべきか。命あっての物種だとも思うけど。
「魔物はあれだけか?」
「あ、あれだけだ!だから逃げ切れば——」
「くどい。——フレイルフルージュ」
三〇メートルにまで迫ったキュクロプス。その足元が突如として灼熱の溶岩風呂へと変貌する。
「ぎゅああああああああ!」
いくら魔物の皮膚と言えど、大地をも飲み込む溶岩には耐えられまい。
溶岩はそのままキュクロプスを飲み込むように盛り上がると、彼をすっぽりと包み込み、数秒。
まるで赤い蕾が花開くかのように、溶岩がゆっくりと開き、崩れていく。
落ちる花弁は地中へと吸い込まれ、残るのは狭い街道を横断するように出来た噴火口だ。
* * *