不便な生活
「なんだろう……。めっちゃ不便」
『さっさと薬草売りに行ったらどうだ?』
「いや、それも考えたんだけど、ここの地理が全然分からないんだよね。旅人がいたってことはどこかに街道があるのかもしれないんだけど」
残念ながら旅人の荷物の中に地図は無かった。
しょうがないね。つい最近まで魔人族と戦争をしていたのだから地図なんてものは禁制品だ。詳細な敵国の地図が手に入れば戦争は非常に有利に進められる。
そもそも正確な地図が作れるのかという、技術的な問題もある。
魔王時代でさえ、各部族間の線引きは非常に曖昧かつ口約束で、土地の絡みの衝突は日常茶飯事だった。
「地道に探すしかないか」
ジュードやジュジュに聞いても不思議と街道らしき情報は無いという。そもそも植物の意思疎通が普段どのように行われているのか知らないが、あまりに遠くの情報はほぼほぼ知らないと言ってよさそうだ。
——尚更、山爺がエルフの村壊滅を知っていたのが気になる。
二週間後、畑の横には地精霊に湖から小さな水路を引かせ、ゆっくりと少しずつ水が畑へ浸透するようにしてある。これなら地下茎で繋がっている薬草たちは、少なくとも枯れることは無い。
育ててみて分かったことは、彼らの言う通り、非常に水を必要としない事だった。毎日水をあげるのはダメ。最短でも三日、長ければ五日は水を必要としない。
彼らは水を与えれば与えた分だけ溜め込んでしまうようで、限界をむかえると茎が破裂して枯れてしまうそうだ。
……そりゃあ育てるのも難しいよね。
無理して育てなくても、その辺で生えているのだ。必要な時に必要な分を取ってくればいいのだから、栽培技術も広まらないだろう。
* * *
薬草が元の面積の一〇倍くらいに広がったころ、ヤトラは街道を探して真っすぐ森の中を歩いていた。
ちなみに小屋に帰れなくなることは無い。小屋全体に掛けた防御魔法の反応を探せばいいだけなので、ヤトラにとっては朝飯前である。
ひとまず湖とは反対、小屋からまっすぐ南に下りていくことにした。
極稀に森の中に人が来ることを考えると、おそらく街道から森の中を通って湖を目指したのではないかと考えたのだ。
「おや」
目論見は的中した。
朝から出発して陽が真上に来たころ、街道を見つけた。
森の中、突如として現れた明らかに人が行き来しているであろう道。
しかし馬車などが通った形跡は少なく、どちらかというと人が踏み固めた道、と言った方が適切だろう。
それでも道であることに変わりはない。
「しばらく待ってみようか」
リュックを下ろし、ヤトラは煮炊きの準備を始めた。
街道を伝ってどこかの町に行く気はなく、今回は通りかかった誰かと話が出来る程度でよい。
目的は薬草を買ってくれそうかという事と、ここら一帯の地理だ。
馬車が通ったらいけないので、すこし横に膨らんだ場所にテントを設営し、まずは湯を沸かし始める。
まだこの森で大きなイノシシや熊には出会っていないが獣は火を恐れるし、何かあった時は武器になる。