試験栽培の始まり
小屋に戻った時、脇には土付きの薬草、背には大きなリュック、そしてまさに旅人かと見間違えんばかりに山歩き用の服を着こんだヤトラの姿があった。
湖に寄ったのは大正解で、ご丁寧に雨風がしのげる大木の《《うろ》》の中に服や商売道具が詰め込まれたリュックが残されていた。
食べられた旅人は女性だったらしく、若干丈が短いが、ヤトラが着れないこともない。
ひと段落したらお墓でも作っておこう。幽霊でたら嫌だし。
『おう、なんだなんだヤトラ。随分と小ぎれいになったじゃねーか」
「ただいまジュード。この子達のおかげでね。必要な物が一気に揃い始めたよ」
まずは昨日に引き続き、地精霊を呼び出す。
作るのは薬草用の畑だ。
聞けば薬草は地下茎で広がっていくとのことで、彼らを一株ずつほぐすことはせずに、まずはそのまま畑の中央に植える。
『日当たりはなるべくほしいかも。水をたくさん飲んじゃうと腐っちゃうから、結構乾いたかな、ってくらいで欲しいかな。あ、でもお姉さんなら僕たちに直接聞いてもらった方が早いね』
「そうだね。まずはしばらくここで様子を見るとしようか」
地精霊が耕した畑は一アール。一〇〇平米ほどだ。その中央に直径三〇センチほどの塊で薬草が植わっている。
あとはどれだけの速度で繁殖できるかだ。
結果は二週間ほどで見えてきた。
旅人が残したリュックの中にはスコップや手袋などがあり、農作業をするうえで非常に重宝した。
とくに驚いたのが、植物用の肥料を持っていたことだ。
五つの小袋に分けられたそれは、茶色い顆粒状で、一見して胃薬かと思ったほどだ。
しかし一緒に入っていた説明書を見るに、どうやら植物の生育を促すものらしい。
試しに薬草の一部にあげて見たら、翌日には薬草の面積が一気に倍になっていた。
効きすぎて怖いくらい。
『あーでもこれ、たくさん使うと良くないかも。なんか無理して背伸びしている感じがする』
「なるほど、植物用の魔法薬みたいなものか」
魔法薬は人の間でよく使われている栄養剤だ。特に勇者が使っていた薬は一時的に人体の限界を超えた力が出せるようになったり、皮膚の一部が鋼の様に固くなるものまであった。
絶対あれ体に悪いだろ。なんで生身の体でこっちの魔法が弾かれるのか意味が分からない。
ともあれ使い過ぎは厳禁と心に留める。
ひとまず薬草は放置栽培で良いらしく、その間に食料確保として湖の巨大カエルを捕まえては、偶然見つけた山椒やハーブを揉みこんで調理する。
とはいっても竈で焼くだけ。
そこに登場するお皿にフォークやナイフ。
アンバランスに文明の利器(旅人の遺産)があるために、どうもちぐはぐな生活になってしまい、だんだんとフラストレーションが溜まってきた。