薬草のはぐれ者
『どうせならこっちに来てくれないかなぁ。って言っても、僕らじゃ小さくて見向きもされないか』
『あいつらが抜けれればこっちにもチャンスが』
『ムダムダ。どうせあっちで場所の取り合いが始まるよ。巻き込まれないようにするのが吉さ』
どうやら群生地のなかでも陽の当たり加減などで生育にムラがあるようだ。中でも条件が悪い治天の薬草はどうにも卑屈というか、歪んだ性格をしているらしい。
うむ、それなら引っこ抜いていっても文句は言われまい。
「——ではこの辺りから数株頂いていこうかな。立派な薬草を引き抜いていくと君の機嫌を損ねそうだからね」
「……俺は何とも思わない」
『うそ!ほんとに来た!』
『おいおいどうなってんだ……いや、これは俺ら死ぬのか?』
『いや待て、さっきの話だとうちらを育てるって言ったぞ。直ぐには死なないんじゃないのか?』
うむうむ。そんな直ぐに死なせるような事はしないさ。安心してくれたまえ。
ヤトラはあまり大きくない薬草を丁寧に掘り起こし、土ごと抱え込む。
数株という話だったが、小さいので十数株ほど抱え込んでしまったが誤差だろう。
持ち帰って栽培に勤しむとしよう
そういえば、ラーラからの伝言があるのを思い出した。
「そうそう、実は君への言伝をもらっていたんだ。『例の件、忘れてない?』とラーラ、この先に蘭の彼女が言っていたよ」
「——待て。何故お前がラーラを知っている」
初めて私の目をしっかり見たね。
思わず笑みが零れてしまいそうになるのを堪え、努めて平静に装う。
「何故もなにも、彼女と話したからだけど?言っただろう、私はエルフだと。植物と会話するくらいなら出来るさ。もっとも、大きめの植物じゃないと会話出来ない未熟者だけどね」
「エルフの村はかなり前に魔人によって滅ぼされたと聞いた。街にいるエルフは町育ちで植物と話なんて出来やしない」
「お生憎、私は封印されていた身でね。あまり今の世の中に詳しくないんだ」
ちょっとまて。なんでこんな森の中の精霊が、エルフの村が滅ぼされたと知っているんだ。
もしかしてここは魔人族の国に近いのか?
私自身を封印した当時は焦っていたこともあり、どこに封印したか覚えていないのが致命的だ。これは帰ったら薬草栽培の他に、地理も把握しておかないとまずいな。
「じゃ、伝えることは伝えたから私は帰るよ。何かあったらいつでも気軽に来ておくれ。場所はラーラ達にでも聞けばわかるよ」
山爺に背を向け、元来た道を歩き出す。
小脇に抱えた薬草たちが大人しいのは幸いだが、背後で妙にソワソワした声が聞こえるのは愉快であった。
『もしかして僕たちの声、筒抜けだった?』
山爺の姿が見えなくなる程歩いた時、声がした。
隠しておくほどの事じゃないので、しっかりと薬草に目を合わせて頷いた。
「落ち込むことは無いさ。誰だって私が植物の声を聞こえるなんて思わないだろうし、私は君たちの本音が聞こえたから拾ってきただけさ」
『これから、僕たちどうなるの?』
「私は商売がしたくてね。そのために薬草が欲しいんだ。だから君たちを大事に育てて、見返りとして君たちを分けてほしい」
サクサクと音を立てて歩いていく。
今更ながら裸足だったことに気付く。
薬草も手に入ったことだし、そろそろ売りに行くための服をどうにか調達しなければなるまい。
「しばらくは君たちを売る事はしないよ。聞いただろう?薬草の栽培はあまり上手くいった話が無いんだ。だからまずは君たちをしっかり育てあげることに専念しないとね。それに、服もないし」
『そういえば、エルフのお姉さん、裸だね』
思わずずっこけた。
「ああ、ごめんごめん。ただちょっと訂正させてほしい。裸じゃなくて半裸だ。胸と腰は隠しているだろう」
『下からは丸見えだったよ?』
それはそうだろうさ!
下着なんてないからね!
「……おほんっ。まぁつまりそういう訳で、私は着るものをどうにかしたいんだ」
『ふうん。なら湖に行ってみればいいよ』
「湖?これまたどうして?」
「山爺が言ってたんだ。少し前に、湖で泳いでいた旅人がカエルに襲われて食べられたって。湖で泳ぐぐらいなら、服は側においてあったりしないかな」
「……確かに」
少し前がいつなのかは気になるが、有力な情報だ。
上手くいけば旅人の道具類も一式手に入るかもしれない。
嗚呼、やりたいことが次々に出て来きて楽しい。
「湖はここから近いの?」
『うん。大きな木で見えないけど、実はとっても近いんだ」
「……よし分かった。君たちが枯れるといけないから、急いで寄り道するしよう」
* * *