魔王様、死す
魔王であるリ・ヤトラはたった今、己の命運を悟った。
魔王城の最奥であり最上階である魔王が座す空間。
高い天井や広い空間を明るくするのは、見事な彫刻が施された燭台やシャンデリアの数々。黒光りする床に映える赤き絨毯は、ここがそれ相応の身分のものでないと入れない事を物語っている。
そんな空間を汚す者たちがいた。
魔王の目線の先、三メートルはあろうかという大きな扉は開かれており、その向こうには数人の見知った人影が見えた。
彼らこそ、魔王を討たんとする勇者一行そのものである。
「魔王、貴様の悪行もこれまでだ!」
「——忌々しい。我がここまで追いつめられるとはな」
自信に溢れた威勢の良い啖呵に、ぼやきの一つ二つ出るというものだ。
だが、それにしても来るのが早すぎる。
魔王城には各部族から選りすぐりの精鋭が詰め、勇者とも互角に渡り合える四天王が控えているはずだ。
だというのに、勇者侵入の知らせを受けてからまだ数刻も経っていないではないか。
それほどまでに勇者の力は強大だというのか。
——それとも、皆が裏切ったか。
後者だろうな、と魔王は嘆息する。
予てから人望は厚くはないと感じていたが、最後の最後でまさか全員に見捨てられるとは思わなんだ。
いや全員とは思わないが、それでも四天王は誰一人として勇者と戦っていないだろう。
四天王は、四天王でありながらどちらかというと四人でパーティを組んで戦うスタイルだ。
全員が勇者と互角の力を持っているのに、目の前に立つ勇者があからさまに無傷であり、勇者一行も誰一人として欠けていない様子が伺えることから、裏切りは明白だ。
「大人しく投降しろ!貴様の部下は我らについた!」
勇者からの言葉に「嗚呼、やはりか」と魔王はどこか安堵していた。これで実は四天王がやられてしまっていたら、魔王は正しく四天王を把握していなかった事になる。
王であるもの、誰がどう考えているかは常に正しく把握しておきたいものだ。
もっともそれが裏切りを防げるか、という事には直結しないが。
しかし、である。
「しかし、我にも役目というものがあるのだよ。喩え裸の王であっても、最後まで無様にあがいて見せようではないか」
玉座から立ちあがる。
携えるのは魔族に伝わりし秘宝の杖。
拳大もの大きなルビーがはめ込まれた杖は、使用者の魔法攻撃を何倍にも底上げしてくれる。
纏うマントは小さなサファイアが様々な紋様として散りばめられ、こちらも秘宝と呼べる魔法無効化が付与された物だ。
「——さぁ、最後くらい我を楽しませておくれ、勇者どもよ」