きっとあなたは幸せになれない
この世界が繰り返している、と確信したのはいつだっただろうか。
恐らく五度は繰り返してからだと思う。今の世界は十度目で、私はその内の二回あなたに殺されて、一回はあなたを殺して、後はくだらない理由で死んだ。
多分だけれど、私とあなたは幸せになるように出来ていない。おかしな話だ。あなたは素敵な王子様で、私はお姫様になる権利がある立場を持つのに、かわいいハッピーエンドには少しも届かない。
あなたが幸せになるためには、異世界から現れる天使が必要だった。悍ましいほどの慈愛の心と、ありふれた幸せを知る、恵まれた美しい女の子。そういう存在が必要だったのに、この世界はことごとく失敗してきた。
異世界から聖女を召喚する手筈は整っているのに、今や一度も成功した試しがない。
私が一度目の世界であの女を殺してからというもの、ただの一度も。
この世界は呪われているのだ。私が呪った。この身の全てをかけて。
皆が皆、絶望に満ちた顔で燃え上がる魔法陣を見つめる。聖女は現れない。救いを与えられない世界は瘴気に呑まれて、誰も彼もが苦しんで死ぬ。
でもそれが何だと言うのだろう。あの女は私からあなたを奪ったのだ。たまたま異世界から召喚されて、たまたま稀有な力を持っていて、『わたしなんて平凡で何の役にも立たないのに』なんて愛らしい顔で呟いて、持ち合わせた全てで私の自尊心を叩きのめした。
あの女が自分を卑下する度に、それにも劣る私には何の価値があるのかと詰られている気分だった。腹立たしいのは、どうやらあの女は本気でそう思っているということだった。
わたしなんて可愛くもないし。わたしなんて何の取り柄もなくて。わたしなんて頭も悪くて。わたしなんて、××××様に比べたら全然。××××様の方がわたしよりもずっと。
あの女の瞳は心からの尊敬で煌めいていた。私が手に入れられないものを全て手にしているくせに、心の底から、自分よりも私の方が優れているのだと信じ切っていた。本気で。
わたし、××××様みたいになりたいんです。強くて美しくて気高くて、わたしの憧れなんです。
気づいた時には、私の両手は真っ赤に染まっていた。足元にはまだ温いままの聖女が転がっていて、でも既に息はしていなくて、どう考えても助からなかった。それこそ、この女の稀有な回復魔法でもない限り。
警備の騎士は無能もいいところだった。こんなに素晴らしく慈愛に満ちた聖女を傷つける人間など存在しないとでも思っているようだった。もちろん、私もそのように振る舞った。こんなに素晴らしい女性はいないと。喜んで身を引きます、と振る舞って見せた。そのほうが都合が良かったからだ。妻として側にいることを許されないのなら、せめて友人として側にいることは許してほしかった。無理だったけれど。
駆けつけたあの人は、血塗れの死体に縋り付いて泣いていた。零れ落ちた腸をなんとか戻そうとして必死になっていた。そんなことで生き返る訳もないのに。
泣き叫ぶあなたの手はすっかり赤黒く染まっていて、私は自分の両手と見比べて、揃えたようなそれにひっそりと喜んだ。笑い出すのを堪えようとして、結局堪えきれずに笑みが溢れた。
その時の、あなたの憎しみに満ちた目と来たら。あんなにも素晴らしい気持ちは二度と味わえないだろう。
私はあなたの最愛にはなれない。けれど、仇敵にならばなれるらしい。
愛し愛される関係を築くには、私たちはあまりにも相性が悪かったようだ。
二度目の生を受けた時、私にはまだ記憶がなかった。聖女が現れずに半狂乱になる城の人々を眺めながら、私は漠然とした不安と、同時に強い安堵を感じていた。今ならば分かる。私は世界の崩壊を憂うと同時に、あの女が現れなかったことを無意識下で喜んだのだ。
三度目も四度目も同じようなもので、私は正気を失った付き人たちに嬲られて死んだ。身分も倫理も道徳も、世界が滅ぶ時に気にするようなことではない。
聖女は現れない。致命的に穢された世界には、聖なる乙女など喚び出せないからだ。
神官たちは揃いも揃って気が触れてしまった。ありったけの信仰を捧げたのに応えようとしない神を呪い、苦痛に満ちた死に絶望しながら息絶えた。
死は平等に与えられた。善良な者にも、そうでない者にも。苦痛から逃れる術はなかった。私も例外では無い。
肉体的な苦痛は私から容易く理性を奪い、惨めで無様な命乞いと共に死を迎えた。当然の報いだと言えた。私は聖女を殺したのだから。
だが、後悔は一度としてしなかった。私はあの選択を、一度たりとも悔いることはなかった。
当然だろう。これでもう二度と、あなたがあの女に奪われることは無くなったのだから。
狂気に満ちた、終わりに向かうだけの世界で、私は心からの愛をあなたに贈る。優秀なあなたは出来る限りの手を尽くして、皆の期待に応えようとして、世界を救おうと躍起になって、そうしていずれは壊れてしまう。
正気を失って、私に殺してくれと願ったり、私を殺してしまったりする。今回はどうだろう?
まだ間に合うと、必ず希望はあると、皆を鼓舞するその背を眺める。心の底では怖くてどうしようもなくて、恐ろしくて逃げ出したくて堪らないでいるのに、あなたはいつも気丈に振る舞う。結末は変わらないのに。
素敵な人だ。愛しい人。なんて素晴らしい方だろう。この世でたった一人、私が愛した人。
きっとあなたは幸せになれない。この世界にいる限り。
私は幸せだ。たとえこの身が反射によって命乞いを叫ぼうと、無様に喚き散らして自ら死を望もうと、あの無垢な少女が目の前に現れるよりずっと良い。
私は幸せだ。あの女が現れない限り、あなたが奪われることは決して無い。
あなたを幸せにするのがあの女だと言うのなら、私はその幸せを奪う女で良い。この世界で、私だけがあなたを不幸にすることができる。私だけがあなたの不幸の原因でいられる。
なんて幸せなことだろう。どうかこの世界が永遠に続きますように。
燃え上がる魔法陣を前に、私はそっと、祈りのように呟いた。




