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9 女神とレバー

 

 ここに来てから、もうすぐ1ヶ月が経つ。

 陛下の体重はまだ1キロしか減っていないが、栄養マネジメントは今のところ順調だ。


 そういえば、以前、厨房で陛下にお出しするはずだった大量の食材をゴミ箱に破棄した犯人が、先日発覚したらしい。犯人は私に嫌がらせをしていた女性達の内の1人だった。私のせいで薪拾いに部署移動させられて、腹がたったらしい。当然ただの逆恨みなので、今回の件で彼女はクビになってしまった。冷たいかもしれないが、仕方ないと思う。


 さて、気持ちを切り替えよう。

 今日のお昼はポークソテーにサラダ、オニオンスープにパンだ。


「サラダはオリーブオイルに塩胡椒をかけてお召し上がり下さい」


「分かった」

 

 陛下はサラダにオリーブオイルをゆっくりかけ始めた。

 1つ分かった事があるのだが、陛下はすごい真面目だ。優等生君だ。王様なのに、素直に私の言った事を聞いてくれる。

 まぁ王様故に、天然な無茶ぶりもしてくるが。


 食後の数時間後には恒例のお散歩タイム。庭園にて私と陛下、少し離れた距離にいる陛下担当の近衛騎士さんとでウォーキングだ。王宮の庭園は広大で、貴族も自由に入場してよい事になっているらしく、玉の輿に乗るべくチャンスを伺うご令嬢が沢山いる。


 普段なら陛下をお守りするのは近衛騎士さんだが、庭園での王の盾は私だ! 常に辺りを警戒する。

 なんか最近楽しくなってきてしまった。


 今日も諦めて、私の愚痴を言いながら仲良く(?)ご令嬢達は帰って行く。

 

 その光景を見ていて、ふと気付いたのだが……


「そう言えば、ここに来てから同性で話せる人っていないなぁ」


「なんだ友達でも欲しいのか?」

 

 あ、声に出ていた。


「いえ、すみません。そう言えば女性とあまり話す機会がないなと思っただけです」


「……そうか」


 この時は、この話はそれで終了したのだが、翌日陛下から命令が下った。

 「同性と交流を深め、この国の作法や歴史を学べ」との事。

 うぅ、あの時なんで、あんな事言ってしまったのだろう。めんどくさそうな香りがプンプンする。


 衛兵の人について行く。城の南側に来るのは初めてだ。廊下の柱や窓枠などに花や鳥を象った装飾が施され、とても美しい。随分と華やかなエリアだ。


「ここです。中にお入り下さい」


 案内してくれた衛兵さんに、お辞儀をして中に入る。

 部屋の中は壁や家具がオフホワイトで統一された気品ある空間だった。部屋の中心には、シンプルだけど品格漂う、これまた同色のテーブルが置かれていた。そのテーブルに誰かがこちらに背を向けて座っている。

 

 この部屋の主人だろうか。

 部屋の大きな窓から光が差し、この部屋の主人を照らしている。

 勇気を持って声をかけた。


「あ、あの……」


「!」


 部屋の主人が振り返った。

 それと同時に私は身体が固まってしまった。


 めっ、女神がいる……


 そこに座っていたのは真っ白な肌に美しい空色の瞳、光り輝く金の髪を腰まで伸ばした女神が座っていた。

 私がもし男だったら、うっかり一目惚れしてしまいそうだ。


「まぁ! あなたがカンナね」


 女神は椅子から立ち上がり、私に駆けて来る……はずだったがフラフラッと左横に2歩移動。


「……え?」


 しばらくして、また私の方に駆けようとして今度は右横に2歩フラフラッと移動。


「????」


「ごめんなさい。めまいがして、いつもフラフラするの」


「座ってて下さい! 女神様!」


「女神?」


 女神様に椅子に座ってもらう。めまいは治ったようだ。

 ハーブティーを飲む仕草がなんとも神々しい。


「さっきはごめんなさいね。改めて、私の名前はセレン。フェルラニン王の妹よ。宜しくね」


 やっぱりそうだったか。もう格式高い部屋に通された段階で察してしまっていたが、この目の前の方は、陛下の妹君なのか。

 

 セレン様は嬉しそうに両手を合わせる。


「兄上から、お友達を紹介していただけると聞いて、とても楽しみにしていましたの」


「お、王女殿下……その、こちらこそお会いできて光栄です」


「まぁ、どうかセレンと呼んで。私もあなたをカンナと呼ばせてもらいますから」


 セレン様は上品に笑った。

 陛下の妹君と言うだけあって、陛下と似ている。瞳の色はセレン様の方が薄い碧色だが。


「昨日兄上からお手紙をいただいた時は本当に驚きましたの。まさか私と同じ事が好きな方がいたなんて」


「はい?」


「早速ですけど、あの人気の近衛騎士マグシムですけど、彼だったら相手はどなただと思います?」


「……何がですか?」


「マグシムの相手なら、どの男性がピッタリだと思います? 私は意外とナトムもいいと思ってますの」


「??????」


「マグシム×ナトムなら、攻めはマグシムで受けはナトムっぽいですけど、意外性でナトムが攻めだったら最高ですわね」


「……」


 まずい。何と返すのが正解か分からない。

 とりあえず分かった事は、女神様はBL女子だったと言う事だ。

 陛下め、交流を深め、この国の作法や歴史を学べだ〜? 騙された!


 「……ってカンナも思いませんか! 絶対あの2人はお似合いですもの!」


 興奮MAXのセレン様は勢いよく立ち上がった。そしてフラフラっと倒れた。


「セレン様!!」


 顔色が悪い。


「私ダメね。いつも目眩がしてフラフラするの。身体もだるいし、すぐ疲れてしまう」


「ちょっと失礼します」


 セレン様の手を持つ。手先が冷たい。そして爪がスプーンのように反り返っていた。


「セレン様は普段お食事はどういった物を食べてますか?」


「お肉は正直あまり好きではないの。揚げ物とか重たい物ばかりで気が滅入るし。普段はスープとか、お菓子を食べてるわ。あと何故か無性に氷が食べたくなるのよね」


「……」


 うーん。もしかしたら、鉄欠乏貧血かもしれない。断言はできないが、症状は一致する。

 女性は毎月血を失う。1回の経血で約20から140ミリリットルの血が失われる。加えて極端なダイエットや偏食によって貧血を起こすのだ。

 彼女が本当に鉄欠乏性貧血かはこの国では検査はできないから、もしかしたら違う病気の可能性もある。だけどまずは試してみる価値はある。


「セレン様、私とティータイムをしませんか? 私が軽食を用意します」


「ティータイム? お腹は空いていないけど別にいいわよ」


 急いで厨房に行き調理を始める。料理長が手伝ってくれた。


「お前は本当に変わった料理を考えるなぁ」


「私が考えた訳ではありません。先人のおかげです」


 セレン様の部屋に戻ってお茶と軽食をテーブルに並べた。

 珍しい食べ物にセレン様は目を輝かした。


「まぁ、何なのこの変わった料理は」


「軽食にレバームースのサンドイッチを用意しました。あとついでにオレンジもあったのでどうぞ」


「レバーのムース? それをパンに挟んだの?」


「はい。試しに一口だけでも召し上がってみて下さい」


 セレン様は恐る恐るサンドイッチを口に運んだ。

 女神の目が覚醒した。


「なっ何なの、これ美味しいわ! レバーってこんな味だったかしら」


 ここでもレバーの料理は出てくる。タイミング良く、今晩レバー料理を提供する予定だったらしく、料理長が下処理をしていてくれたので少し貰ったのだ。でも今回のレバー料理はいつもとは違うぞ!


 まずレバーを蒸して裏ごしして、バターと蜂蜜、塩胡椒で味付けし生クリームを入れ練っていく。ただ、ここには生クリームがないので、バターと牛乳、小麦粉を加えてとろみがでるまで混ぜて、生クリーム代わりにする。

 そして少し焼け目をつけたパンに、レタス、スライスした茹で卵やピクルス等をトッピングして、レバームースをたっぷり挟んだら、レバームースのサンドイッチの完成だ。


「カンナ、とっても美味しいわ。でもこの食事は私は症状と関係があるの?」


「はい、セレン様の症状が貧血からくるものでしたら、とても有効な食べ物です」


 鉄欠乏性貧血の対策は勿論、鉄分の豊富な食品を取り入れる事。例えば一番有名なレバーや、あさりやイワシ等の魚介類、卵やレンズ豆、ひじきにも鉄分は含まれている。

 そして鉄の吸収を高めるビタミンCも忘れてはいけない。ビタミンCは野菜や果物に含まれているが、今日はオレンジが厨房にあったのでカットして持ってきた。


「へぇ、食べ物ってそんな効果があるのね」


「勿論、レバーとか1つのものに偏って食べては意味がありません、バランス良く食べる事が大前提です」


「そう」


 セレン様はパクパクと上品にサンドイッチとデザートのオレンジまで全てたいらげた。そしてハーブティーに口をつける。


「こんなに親身になってくれる女性はあなただけね。貴族の令嬢は皆、親切な振りをして近づいてくるけど内心何を考えてるか分かったものではないですからね」


 お姫様も大変なのか。近づいてくるやつが欲深い人間ばかりだったら、私なら人間不審になってしまう。


「その点、あなたは完璧だわ。貴族でもないから私と仲良くして権力を手に入れようとする必要もない」


「はぁ。私の何が完璧なのでしょうか?」


 セレン様は女神の微笑みを向けた。


「私のお友達として完璧な相手だわ」


「!」


 …………え、ウソ。 

 少しでも粗相したら即刑罰の世界で、あまり王族貴族と仲良くするのはご遠慮願いたいのですが。

 ……とは言えず。


「こっ光栄です……」





「そう言えばセレンの体調が少しずつ良くなっていると聞いたぞ、良くやったカンナ」


「はぁ、そのようですね。貧血が改善してきて本当に良かったです」


 習慣となった庭園でのお散歩中に陛下は嬉しそうに話してきた。


 あれから、少しずつセレン様の症状は改善が見られてきたそうだ。陛下の食事とセレン様の食事を両方見ていくのは大変だが仕方ない。それで少しでも良くなるなら管理栄養士冥利に尽きるではないか。


「カンナ〜!!」


「……え? 今の声は」


 何とセレン様がこちらに走ってくるではないか! ただし時速5キロくらいで! 


「うふふ、一回もフラフラせずにたどり着いたわ!」


「こんな遠い所までいらして、どうなさったのですか?」


「あら、ただ大事なお友達に会いたかっただけよ」


 笑顔が眩しすぎる! 女神様!

 私が見惚れていると女神の口から驚きの発言がでた。


「それにここなら魅力的な男性が沢山いますでしょ。カップリングし放題だわ」


「……」


 陛下を見ると遠い目をしていた。


「私考えたのですけど、兄上とナトムの組み合わせもかなり良いと思うのだ……」


「うわぁぁぁああ、ストップ、ストップ! セレン様あちらで話しましょう!」


 陛下を見ると……さらに遠い目をしていた。


 うぅ、何でこんな目に……


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