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7 本格的始動

 

 プロン様の国葬が終わり1週間が過ぎた頃、私は王宮の敷地内にある鍛冶工房に向かっていた。


 広大な王宮の敷地には草花が生い茂り、蝶が舞っている。今日は気温も低くなく運動がてら散歩するにはピッタリの日かもしれない。

 横を歩く男さえいなければ。


「なぁ、なんで鍛冶工房なんて行くんだ。行くなら、もっと楽しい所にしてくれよ」


「私はお仕事なんです! 遊びじゃありません! 嫌ならついて来ないで下さい」

 

 早歩きをして、男の数歩先を行く。だがその男――近衛騎士のマグシムさんは、つまらなそうな顔をしながら、一歩で私の隣にきた。ぐぬぬ……脚が長くて羨ましい。


「そもそもなんで騎士様が私の護衛に付くんですか?」


「陛下の指示さ。あんたはあの大臣にも目を付けられてるし、一人じゃ危険と判断したんだろ」


「でも、なんで隊長クラスのマグシムさんが?」


「ほら、俺は今暇だからさ」


 あ……そうだ、この人はプロン様の近衛騎士だったんだ……。隣を歩いているので表情は分からないが、この人は私より長い時間をプロン様と一緒に過ごしてきたのだ。私より当然ショックは大きいはず。何も考えずに口に出した事を後悔した。


「それに俺は平民出身だから、陛下も平民同士なら話が合うだろうと思ったんじゃないのか」


「え! マグシムさん平民なんですか? 騎士様なのに?」


 驚きだ。ナトムさん情報によると、貴族しか近衛騎士になる資格はないと聞いていたのに。


「俺は例外だよ。元々はただの衛兵だったけど、優秀過ぎて近衛騎士にスカウトされたわけよ」


 そんな事があるのか。普通にすごい人だな、この人。すごいドヤ顔しているが。


「そういう事だから、宜しくなカンナ」


「宜しくお願いします、マグシムさん」


「呼び捨てでいいよ。歳もそう変わらないだろうし」


「そう、分かった。マグシム宜しくね」


「……切り替え早いな」


 歩き始めてから15分程、やっと工房らしき建物が見えてきた。

 煉瓦作りの大きな建物で、後ろには巨大な森林がそびえ立っている。そして、工房から遠く離れたこの場所にまで金属を叩く音が聞こえてくる。


 工房の入り口に到着し中に入ると、その金属音はさらに大音量となった。そして暑い! 暑すぎる。巨大な炉があるからか、一気に汗が吹き出る。熱風で肺が焼けそうだ。


 耐えられず、入り口に戻ろうとした時、責任者のような中年の男性が声をかけてきた。


「あんたら何の用だ」


「あ、あのカンナと申します。陛下の為に例の物をお願いしていたのですが……」


 その瞬間、男は目を見開き、肩に乗せていたハンマーを振りかざし叫んだ。


「あんたか! めんどくせぇ注文しやがったのは!」


 ひぃぃぃ! すみません! なんか前も似たような事あったような。


「ふっ、まぁいい。無茶な注文だったが中々楽しかったぜ。外に出な!」


 工房の裏に行くと、そこには巨大な物体が置いてあった。幅2メートル位ある巨大天秤はかりだ。


「なっ、何だこれは?」


「あ、そっか。マグシムは、天秤はかりは使わないから知らないか」


「天秤はかり?」


「天秤はかりとは質量計器の一種で、てこの原理を利用して、片方に質量を量りたい物体を、もう片方におもりとなる分銅を乗せて、つり合わせる事によって物体の質量を測定するの」


「……よく分からん」


「後で実際やって見せるね。それにしても、すごい! 注文通りです! ありがとうございます」


 感動だ! さすが王宮の職人。私が伝えた事100パーセント忠実に再現してくれた。私が興奮している横で、マグシムが訝しげに聞いてくる。


「こんな巨大な天秤はかり、何に使うんだ? 天秤の皿だけで1メートル位はあるぞ」


「ふふふ、これで陛下の体重を計測るのよ!」


「……まじかよ」


 ここには体重計という物が存在しない。薬を調合する時や、野菜の重さを量る時に使ったりはするが人の体重を量るものは無いのだ。天秤以外にも量る方法はあるが、工房の技術者に相談した結果、材料、予算、技術面、あと面白さを踏まえ、天秤を制作する事に決めた。


「何で陛下の体重を量る必要があるんだ?」


「現在の体重から、どのように栄養マネジメントしていくか決める為。それと定期的に計測して、順調に体重を落とせているかモニタリングしなくてはいけないし、痩せていけば数字に表れるから、それによって本人のやる気にも繋がるし」


「へーそれはすごいなぁ」


「早速だけどお城の中に運ぶからマグシム手伝って!」


「了解だ。お姫様」


 10人以上の衛兵さんや鍛冶工房の人達に運んでもらい、城の大広間に設置する事ができた。ふぅ、皆さんありがとう! 早速、今日でも陛下の体重を測定してみよう。


 日が暮れた頃、陛下が大広間にやってきたので、天秤はかりをお披露目する。巨大なので少し驚いていたが、はかりの話は既にしていたので、すぐに計測に応じてくれた。なんたって陛下が天秤はかりのスポンサーですから。


 ゆっくりと陛下が天秤皿に乗り、反対側の天秤皿におもりを置いていく。20キロ、もう20キロ、さらに20キロ……

 なんか、自分で考えた方法だけど、かなりシュールな光景だな。まぁいいか。

 陛下の体重が計測できた。


「陛下の体重は100キロちょうどですね」


 うーむ。やはりこの位だったか。陛下の身長は178センチだからBMIは31.6。BMI 25未満までが正常範囲。25まで行かなくても出来れば近付けたい。


 いまいち自分の体重にしっくりきていない陛下はナトムさんに命令する。


「ナトム、お前も計測してみろ」


「え……はい」


 陛下、パワハラになりませんか……


 ナトムさんが恐る恐る天秤皿に乗る。さっきより短時間で結果が出た。


「ナトムさんは70キロですね。身長が180センチだから正常範囲です」


 ナトムさんは細身なので、このくらいの体重だと思った。どうやら天秤はかりは正常に計測できているようだ。

 陛下はナトムさんの横で、自分の体重にショックを受けていたが、私は計画を立てるべく思案する。


 日本からこの国に来て、約2週間が経つ。私に残された時間はあと約2ヶ月半。

 周りが気付くほど劇的に痩せるには大幅な減量が必要だが、それだと内蔵疾患や精神疾患の危険があるし、リバウンドの可能性が高い。たとえ私の命がかかっていても、管理栄養士として無茶な計画は立てられない。

 

 減量するなら1ヶ月に体重の3パーセントまでが減量の許容範囲だけど、陛下にいきなり無理させられないし、減量はゆっくりやるものだ。そもそも契約書には、1ヶ月で2パーセントの減量と明記されてしまった。だから1ヶ月に2パーセント、つまり1ヶ月2キロの減量が目標だ。この国に来てから、2週間は立っているから、あと約2ヶ月半で、最終的に5キロの減量を目指す。


 それと、大事な事を忘れていた。体重を落とすと契約書に明記されているのに、今まで体重計がなかったのだ。だから契約書に、『今日から2ヶ月半でマイナス5キロの減量』を追記してもらうように、陛下にお願いしなくては。

 

 陛下をチラリと見た。

 う〜ん。ただ懸念点としては、この短期間で痩せたとしても見た目に変化が出るかどうかと言う事か。でも栄養バランス良く食べていれば、体重以外にも、体調や肌、膝など細かい所に変化もあるだろうし、少しの減量でも、本人は体重が落ちた事を実感できるかもしれない。


 まずは1日の必要摂取カロリーを算出する。陛下の身長に対する標準体重は69.7キロ、約70キロだとする。

 減量するには簡単に言えば、摂取カロリーより消費カロリーが上回ればいいのだ。

 

 体脂肪1キロ落とすのに7200キロカロリー消費しなくてはいけないから、1ヶ月にマイナス2キロなら、14400キロカロリー。それを30日で割って、つまり1日あたり480キロカロリー減らせばいい。


 陛下の1日の消費カロリーは、基礎代謝量や体重、生活活動指数を元に計算すると、約3260キロカロリーだから、3260キロカロリーから480キロカロリーを引いて、2780キロカロリーを1日の摂取エネルギーとすればいい! 結構あるな。

 運動療法と食事療法で十分可能な数値だ。


「何を考え込んでいるんだ」


 陛下が目の前にいた。なんかちょっと、ふてくされている気が……

 天秤はかりを見ると、今度はマグシムが天秤皿に乗っている。遊んでるよ。


「色々計画を立てていたんです! 聞きますか?」


「あぁ」




 

 あれから陛下に説明して、契約書に「今から2ヶ月半でマイナス5キロの減量」を追記してもらえた。とりあえず良かった……。

 次の日、私は何故か、陛下と王宮の庭園をお散歩していた。なんで? 

 いや、運動療法は必要だから、普段身体を動かしていないなら、まずはお散歩からやってみましょう、とは言ったけれど。何故、私も一緒にお散歩しなきゃいけないんだ?


「いい天気だな」


 陛下、棒読みです。とりあえず私も適当に相槌する。


「はぁ、そうですね」


「ほら見てみろ、あの花は今が見頃だぞ」

 

 陛下、それよりも庭園の至る所にいる貴族のご令嬢が、私に殺気を向けているのはお気付きですか? いや絶対気付いてるだろ。 

 令嬢達は、私がいるからか、陛下には近づいて来ない。


 そう言えばナトムさんが、独身の陛下と結婚する為に、玉の輿に乗りたい貴族のご令嬢達が、あの手この手でアタックしているとか言っていたな。


「なんなの、あの地味な外国人は」


 聞こえてますよぉ、ご令嬢。地味はちょっと傷付くな。


「はぁ、だから私も一緒に散歩しろって言ったんですね」


 私がちょっと不満気に言うと、陛下はフッと笑った。


「ストレスも病に良くないと言っていたではないか。しばらくは令嬢たちから私を守れ」


 ここに来て、2週間。私は令嬢から陛下を守る盾になりました。


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