6 別れ
プロン様が倒れた。
私を含め周りの衛兵達も驚いて全く動けない中、数秒後誰かが走ってくる足音がした。マグシムさんだ。
プロン様に駆け寄り、意識がない事を確認すると近くの衛兵に指示を出した。
「至急、医者を呼べ! 早くしろ!」
すぐにお医者さん達が駆けつけ辺りは騒然となった。
プロン様は私室に慎重に運ばれた。
一体、何が起こっているのか。頭が真っ白で何も考えられない。
皆が一斉にプロン様の部屋に入っていくので私も入ろうとしたが、衛兵に止められた。
どうして倒れた。どうして。必死に考えようとするが頭が回らない。
後ろから息を切らしながら、私を処刑しようとした大臣が走ってきた。扉の前で立ち尽くしている私を通り過ぎる。
「この疫病神め」
私に目一杯の嫌悪の表情を向けて部屋に入って行った。
それから数分後、真っ青な表情で陛下とナトムさんも走って来た。しかし私には全く気が付かず、そのまま扉の向こうに消えてしまった。
プロン様が倒れてから、どの位時間がたったのだろうか。
地上に出た時は朝だったが、今は窓の外は真っ暗だ。
一体どうなったのだろうか、プロム様は無事なのだろうか。部屋から数人出てきたが、誰も状況を教えてくれない。
しばらくするとナトムさんが部屋から出てきた。すごい疲れた顔だ。大丈夫だろうか。
「カンナ、まだそこにいたのですね。丁度良かった。部屋に入りなさい」
ナトムさんは私の寒そうな服装を見て自分のマントを肩に掛けてくれた。
「……はい」
今の自分の気持ちが分からない。中に入ればプロン様の状況が聞けるはずのに、部屋に入りたくない。それでも身体は勝手に部屋の中へと足を進める。
プロン様の私室は、王族の部屋でありながらとてもシンプルだった。だがシンプルでありながら、調度品1つ1つに品があり高級感ある物が置かれ、その部屋の主人が高位である事を示していた。
部屋に入ると何十人もの人間が窓際に置かれたベッドの周りに集まっている。
ベッドに人が囲うように集まっているのでプロン様の様子は見えない。
「カンナ」
陛下の声がした。だけど人が多すぎて、どこにいるのかは分からない。
「叔父上は倒れた時、どのような状況だった」
陛下の声はひどく疲れていて今にも消え入りそうな声だった。
「プロン様は頭を押さえたまま動かなくなってしまって……返事もなく、突然意識を失って倒られました」
そうかと陛下が呟くと医者の声がした。
「申し訳ありません陛下。なぜ倒られたのか今の医学では私どもでも分かりません」
「誰かが呪いをかけたに違いない!」
あの大臣が私の方を向きながら叫んだ。
「やめろ」
陛下の低い声が響く。
「……皆、疲れたであろう。詳細は明日話し合う。ナトムとカンナ以外は退出しろ」
皆陛下にお辞儀をして出て行った。部屋には、私とナトムさん、陛下にプロン様だけだ。プロン様はベッドに横になっていて顔は私の位置からは見えない。
「陛下、プロン様の容態は……」
「カンナ、お前なら何の病気か知っているか? お前は未知の世界から来たと言っていたではないか」
「……思い当たる事はありますが……私は医者ではありませんので」
「言え」
「確証もない事は言えません」
「いいから言え」
言いたくない……でも言わないと言う選択肢は無いのだろう。
「……私は医者ではないので、あくまで推測ですが。脳梗塞や、くも膜下出血などの脳血管疾患の可能性があります」
「なんだそれは」
脳血管疾患とは、脳内出血、くも膜下出血、脳梗塞などの病の事をいう。脳の血管が破れ、もしくは詰まってしまい脳細胞が破壊されてしまう恐ろしい病なのだ。日本でもこの病にかかる人は沢山いる。食事や運動不足、喫煙、ストレスなど様々な生活習慣が引き金となる。
ここにはカルテも血液検査もない。そもそも私は医者ではない。だから判断できない。あくまで推測の域を出ないが、プロン様のおおよそのBMIや食習慣、倒れた時の様子、朝に話していた身体の痙攣やめまい等の症状を考えると、その可能性が高いのではないかと思っただけだ。
確証がないから言いたくなかったが、一通り説明すると陛下は黙りこんだ。
私はベッドから少し離れた位置にいて、プロン様も陛下の表情も見えない。
「父上と倒れた時と同じだ」
「陛下、確証はありません」
「はっ、呪いと言われるよりマシだ」
「……」
「叔父上は分け隔てなく優しく愛情を持って接する人だった」
いきなり陛下がプロン様について語り出したから驚いた。
なんで、陛下はいきなりそんな事言うんだ。
「父親のように育ててくれた、私の理解者だった」
陛下から紡がれる言葉が怖い。
なんでそんな事……まるで……みたいな言い方。
「陛下……」
陛下が私の方を向いた。
「私も父上や叔父上のように死ぬのか?」
ただぼそりと呟かれた一言が、こんなに胸に突き刺さった事は無かった。部屋に入った時から、何となく感じていた事が真実に変わった。
亡くなったのだ。朝は私に笑顔を向けていた人が。こんな突然に。
涙が自然と流れる。なんで私が泣いているんだ。一番辛いのは家族を失ったこの人なのに。
「脳血管疾患の原因となるのは様々ですが、喫煙、飲酒、肥満、ストレスなど、それらを改善していけばこの病気のリスクは下がります」
「……」
涙が止まらない。
「私ができる事は限られていますが、少しでも陛下が健康で長生きできるように頑張ります。だから……」
陛下はゆっくり私に近づき目の前で止まった。目が合う。それは私を地下牢から救い出してくれた人と同じ瞳だった。綺麗な深い海の色。
「何故お前が泣く」
「……すみません」
陛下の指が私の涙を拭う。
「カンナ、倒れた時に叔父上の近くにいたそうだな」
「何も出来ず申し訳ありません」
「叔父上はお前を気に入っていたからな。最後にお前が側にいて良かった」
この人はなんで、こんなに優しいんだ。一番辛いはずなのに、私が現れたからこうなったのだと、大臣のように私を疫病神と罵っても不思議でないのに。
「お前に協力する」
「え……」
「お前に協力すると言った。私の食事の事は全てお前に任せる」
「陛下……」
陛下は再びベッドの前まで行き、膝を折る。プロン様は胸元の位置で両手を組んでいる。そこに陛下も手を重ねた。
「叔父上、必ずやここを平和で繁栄した国にして見せます」
私はそれをただぼんやりと眺めていた。