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4 ピクルス事件

 

 料理長の協力を得る事ができた。こんなに心強い事はない。

 まずはいきなり献立をガラッと変える事はできないから、数品だけ私が考えた物をお出しして見ようという事になった。


 う〜ん、悩むなぁ。いつもの食事にも合う物で健康面を改善できる物。そんな劇的に変えられる物は存在しないし。

 しばらく考えて、いくつか思い付いたので料理長に相談すると、あっさりオッケーを貰った。そして試作を行い二人で味見を繰り返す。


「よし! 明日お出ししてみよう」


「はい!」


 仕込みは準備万端! 明日いくつかお出しして、その中から陛下が1つでも気に入ってもらえたなら嬉しい。少しワクワクした気持ちで、眠りについた。

 

 だけど、結局陛下にお出しする事は出来なくなってしまった。次の日、厨房に行くと、私の仕込み食材だけゴミ箱に捨てられていたのだ。

 なんで? 誰がこんな事を……

 私が唖然としている横で、料理長は冷静に口を開いた。


「カンナ、今は犯人探しをする時間はねぇ。もう陛下にはお前の料理を出すと言ってしまった。今更、取り消せない。急いで、何か考えろ!」


 マジですか……どうしよう。陛下には野菜を沢山食べて欲しくて、野菜料理をいくつも準備していた。それを今日出すつもりだったのに。保管庫に行って確認したが、もうあまり野菜は残っていなかった。


「どうしよう、どうしよう……」


 厨房内の食材を探し回ったけれど、いい食材は見つからない。その時、1つの物が脳裏に浮かんだ。


「あ、あれなら、陛下にお出しできる」


 私は料理長に了承をもらい、それの準備をした。そして、時間になり、侍女がその一品を運んで行くのを流し場で皿を洗いながら見ていた。緊張する。陛下は好き嫌いは無いそうだが、食べてくれるだろうか。


 30分後、片付けや仕込みでバタバタしている中、何やら厨房の外が騒がしくなった。窓から覗いて見ると、衛兵達が厨房の入り口にいる。一体どうしたのだろう。そして衛兵の一人が厨房に入ってきた。その人は厨房の中を見回すと声を張り上げた。


「料理長とカンナという女はいるか? 食事の事で大臣からお呼び出しだ!」


「えぇ!」


 ……とっても行きたくないんですけど。料理長をチラッと見ると、溜息付いてました。絶対に私のせいだ、ごめんなさい!!


 私と料理長は、陛下や大臣達がいつも食事している大広間に連れて行かれた。到着すると陛下はいなかったが、代わりに顔を真っ赤にして怒って近づいて来るおじさんがいた。


「お前だな! こんな貧相な物を出したのは! 我々を馬鹿にしているのか?」


 その人は私が作った一品を指差した。

 ひどいなぁ、貧相だなんて。


「それはピクルスです」


「は?」


「ですから、ピクルスです。野菜を酢で漬けた物でとても身体にいいのですよ」


 私がにっこり営業スマイルをして答えたが、余計に怒らせてしまった。


「ふざけるな! 今すぐ破棄しろ、こんな見っともない食べ物初めて見たわ! 今すぐだ」


「お言葉ですが大臣、これはカンナが陛下のお身体を考えてお出しした物です。陛下もご理解されるかと思います」


 料理長がすかさずフォローしてくれる。でも大臣は怒りが収まらないようだ。

 

 実はこのピクルスは昨日、余った野菜を捨てるのが勿体無くて、自分用に作った物なのだ。まさか、陛下にお出しするとは思わなかったけど……それでも、味は美味しいんだけどな。 


 でも味なんて、このおじさんには関係ない。なぜなら普段この人達は野菜をほとんど食べない。野菜は安くて簡単に手に入る庶民の食べ物で、貴族は手に入るのが難しい、つまり平民がなかなか買えない肉や魚を食べる事が当たり前なのだそうだ。

 

 私にはさっぱり理解できないが、この世界の人にとっては普通の考えなのだろう。その常識やプライドを、私がぶち壊してしまったから怒っているのだ。まぁ怒るのは当然と言えば当然か。

 私が何と返答しようか考えていると、大臣は衛兵達に向かって叫んだ。


「こいつらを地下牢に連れていけ!」


 えぇぇぇぇぇ!!

 でた! 地下牢! 勘弁してくれぇぇ! ピクルス出しただけなのに〜!

 衛兵の人達も微妙な顔をしているが、仕事だと気持ちを切り替えたのか、私と料理長に近づいて来た。


「何の騒ぎだ」


 遠くから低く澄んだ声が響いた。

 その一言に、一瞬で皆の動きが止まる。広間の扉から陛下と、後ろからプロン様が現れた。陛下は大臣と私を見て、少し驚いた顔をしたが、すぐに一人怒り心頭の大臣に問いかけた。


「大臣。これは一体どういう事だ?」


「陛下! この女、我々にとんでもない物を食事に出して来ましたぞ! 見てください」


 大臣はピクルスの皿を持って陛下の前に差し出した。陛下は数秒ピクルスを凝視して今度は私を見た。


「カンナ、何だこれは?」


「ピクルスです。野菜を酢で漬けた物です。普段のお食事は肉や魚、パンだけで栄養が偏ってしまうので本日一品だけ野菜を提供させていただきました」


「……」


「ピクルスはとても栄養価が高く、疲労回復や整腸作用、高血圧の予防など沢山の効果があります」


 陛下は再び黙ってピクルスを凝視する。大臣の方は、ほらねこの女ヒドイでしょって顔をしている。私は気にせず話を続けた。


「もちろんこの一品だけで健康的になれるわけではありません。ですが、これから少しづつお食事を変えさせていただければと思っています。今日はそのスタートとして1品提供させていただきました」


「聞きましたか陛下! とんでもない女です! デタラメな事を言って我々を侮辱している」


「1口食べて見てください」


「毒かもしれませんぞ陛下!」


 あぁもう、大臣邪魔しないで!! 

 陛下は無言のまま大臣からピクルスの皿を受け取りテーブルに置くと、そのままテーブルを回り込みいつもの席に座り食事を始めた。

 え、食べてくれないの? 失敗した? 私がショックを受けていると大臣と目が合った。極悪人のように笑っていた。あ、死ぬわ。


 大臣が衛兵達に合図する。私と料理長は衛兵達にがしっと両脇を掴まれ引きづられた。

 ちょっと待ってぇぇ! まだ食べてないだけだからっ! デザートの感覚で最後に食べるつもりなのかもしれないじゃん! 助けてぇぇ!


「うまい」


「へ?」


 皆が一斉に陛下の方に振り返る。静かになった大広間に陛下がボリボリと咀嚼する音だけが響く。陛下は飲み込むと、また一つ掴み口に放り込んだ。


 ボリボリ……


「……」


 私は衛兵達に掴まれたまま、おそるおそる陛下に尋ねた。


「陛下、お味はいかがですか?」


 その瞬間、陛下はこちらを向き目を輝かした。


「カンナ、これはとても上手いぞ。酸味も程よく味がいい。それに赤や緑、オレンジと色鮮やかで綺麗だ」


「赤色はビーツで緑は胡瓜、オレンジは人参です」


「野菜とはこんなに美味しい食べ物だったのだな」


 陛下の目はキラキラして楽しそうだ。大変失礼だが小学生みたいで可愛い。こういう表情もするのだとまじまじと眺めてしまった。

 横にいた陛下の叔父プロン様もピクルスを口にする。


「おぉ、これは上手い! 初めて食べる味だ。カンナ、良くやった! お前は天才だ!」


 プロン様はわははと豪快に笑ながら食事を始めた。プロン様は褒めすぎだ。しかも王族なのにフレンドリーでニコニコしてるからか、親戚のおじさんみたいな親近感を感じてしまう。


 私と料理長は目を合わせ、同時に胸をなで下ろした。

 は〜心臓に悪い。でも助かった。これがきっかけで少しでも陛下の気持ちが変われば、こちらとしては嬉しいのだが。


 結局、ピクルスの件は陛下に咎められるどころか大絶賛だったので、そのまま料理長と私は、無事に厨房に戻る事ができた。

 大広間を出る時、チラッと大臣を見たが、顔を真っ赤にして怒りに震えながら私を睨んでいた。


 厨房に到着し扉を閉めると料理長はいきなり大声をあげた。


「この大バカ者が!」


「はい!! 巻き込んでしまい申し訳ありません!」


「あははは! いやいや、こんなに愉快な気持ちになったのは久しぶりだ」


 料理長は大声で怒ったと思ったら今度は笑いだした。どうしたんだ。変なキノコでも食べたのか。厨房にいる人達も若干引いてるぞ。


「あんな嬉しそうなご尊顔を拝する事ができるとは! あはははは! カンナ、良くやった」


「……」


「私達も陛下に喜んでいただけるように努力し続けなくてはいけないな」


「料理長……」

 

 料理長に褒められた。嬉しい。なんか父親に褒められている気分だ。

 すると、周りにいた料理人達が声をかけてきた。


「カンナ、ピクルスの話はもうここまで広まってるよ。すごいじゃないか」


「みなさん……」


 先ほど起きた事が一瞬で城中に広まっている。相変わらず怖い所だ。

 まぁ、それは置いといて、今まで遠巻きに私を見ていた人達が話しかけてくれるようになった。純粋に嬉しい。少しづつ皆に受け入れられているように感じた。

 

 ピクルスは家庭でも作れるお手軽な一品だが、こうまで好評いただけるとは……それだけ王族や貴族が野菜を使った料理を食べてこなかったからなのか。

 とりあえず今日は激動の1日だった。

 

 

 ――その夜

 自分の部屋で今後の献立を考えながら、ウトウトと眠りに就こうとしていた時、誰かが扉を強く叩いた。


「カンナ殿! カンナ殿、扉を開けられよ」


 え! 今度は何? 何が起こったの? 

 急いで扉を開ける。扉の前には沢山の衛兵がいた。


「夜分に失礼。カンナ殿、あなたに国家侮辱罪の容疑がかかっております」


「…………は?」


 いきなり何? 国家侮辱罪? 何だそれは、聞き慣れない言葉ですけど。取り敢えず、良くない事が起きているという事は分かる。恐怖を顔に出さないように、はっきりとした口調で答えた。


「なんでそんな容疑が? 身に覚えがありません」


「とある上の方から、あなたを審議する必要があると仰せつかっています」


「とある上の方?」


 瞬時に思い当たる人物が頭に浮かぶ。


「あ! あの大臣!」


 私を捕らえるように命令したのは、間違いなく今日大広間で大恥をかいたあの大臣だ。

 くっそー仕返ししたつもりか!


「まずは地下牢に拘束、その後、その方による取り調べを行います。さぁ行きましょう、カンナ殿」


「え、えっと先にトイレに行っていいですか?」


「地下牢の中にあります」


「……」


 誰か助けて……


 こうして私は今度こそ本当に地下牢にぶち込まれてしまったのだった。


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