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3 厨房の人々


「料理長お願いします! 話を聞いてください」


「うるせぇ邪魔だ。あっちに行け」


「ここの食事はとても美味しいですが、陛下に長生きしていただくには、美味しいだけじゃダメなんです!」


「お前みたいな小娘に説教される程、俺は落ちぶれちゃいねぇ」


 鉄の大鍋を運ぶ料理長の後に、くっついて行き、必死に説明する。


「でも栄養のバランスが悪いと身体の調子が悪くなったり、身体の維持に支障が出たり、最悪病気になったりします」


「そりゃ大変なこった」


「料理長!」


「あぁもう、うるせぇぇ!」


 料理長の怒号に厨房は静まり返る。


「お前が陛下に健康な食事を提供したいなら好きにしろ! だが厨房の事を何も分からねぇ奴が偉そうに口出すな!」


 料理長は言い終わると、天井から下がっている鎖に大鍋の取っ手をかけ、鍋の真下にある薪に火をつけた。

 料理長の言った事は確かにその通りだ。私はここの厨房の事は何も知らない。ここは働いていた病院の厨房ではないのだ。何も知らない人間にあれこれ言われるのは、不愉快だし、納得出来ないだろう。


「料理長! では私を料理長のアシスタントにして下さい! この厨房の事を教えて下さい」


「あ? いきなり何言ってやがる。却下だ」


「……」


 しばらくお願いし続けたが、料理長が却下としか口にしなくなったので、別の方法をとることにした。私はナトムさんの所に急いで行き、(強引に)説得し紹介状を(強引に)書いてもらった。こうして最速で料理長のアシスタントになる事ができた。

 

 と言っても、やる事はじゃがいもの皮を延々と剥いたり、食材を何度も往復して運んだり、皿洗いを延々としたり……要は下っ端のお仕事を仰せつかったわけだ。単純作業だが大事な仕事で、そして過酷な作業を。


 しかも新入りの定めなのか、ちょくちょく先輩の女性数名が嫌がらせをして来るのだ。背中を押されて、保管してあった大量のブドウの池に突っ込んだり。洗い終わった食器に生ゴミをぶちまけられたり……まぁ普段の私ならブチ切れてるが、今は小さな事にかまっていられない。

 こっちは命が助かるかこの3ヶ月にかかってるのだ。諦めてたまるか。分かってくれるまで料理長に何度も話しかけるのだ。


 あ! 視界に料理長を発見。ストーカーのごとく静かに背後に接近する。


「料理長」


「うぉ! なんなんだお前は! 脅かすな」


「あ、すみません。どうしてもお話したくて」


「あ? しねぇよ」


「栄養には3つの役割があります。1つは身体、精神の調子を整える。2つ目はエネルギーになる。3つ目は筋肉や血液、歯や骨など身体を作る役割があり……」


「おい」


「バランスの良い食事を続ける事で、病気のリスクを減らす事が出来るのです」


「……」


 あれ? 何も返ってこない。


「お前は自分勝手だな。俺はお前には協力しない」


「……」


「俺は忙しい。仕事の話以外で話しかけるな」


 料理長は私に背中を向けて去っていってしまった。

 さすがにあそこまで言われたら、図太い精神の私でも追いかけられない。ちょっと、いや大分へこむ。そう思われるような事を自分はしているのか。反省しなくてはいけない。

 

 だけど、ひとまず今は与えられた任務――作業台に大量に積まれている魚の解体作業を終わらせよう。

 腕をまくって、切れ味の悪い包丁を握る。そして猛スピードで魚をさばいていった。

 少しでも料理長に認められように仕事をどんどん片付けよう。


「痛っ」


 そう思った矢先、手先に違和感を感じた。


「え……何で」


 見ると左の親指から血が出ていた。

 今日は厄日だ。でも何で血が出たんだろう。

 さばいていた魚に顔を近付ける。原因はすぐに分かった。




 

 仕事をしているフリをしながら、おしゃべりしている女性達の元に足早に向かう。


「失礼」


 そしてさっきまで、私がさばこうとしていた頭がない魚を、彼女達のリーダー格の女性の顔に思いっきり押し付けた。


「きゃぁぁぁぁああ! 何するのよ!」


「あんた、何のつもり!」


「臭っ! こんな事して済むと思っているの!」


 彼女達は鬼の形相で怒鳴ってきた。


「失礼、手が滑りました。それよりお顔は大丈夫ですか? 何やら魚の腹のあたりに、光るものがあったようなんですが」


 その瞬間、彼女達は一斉に青ざめ、私が顔に魚を押しつけた女性は、自分の顔を指で触り確かめだした。

 やはりそうか。彼女達は私への嫌がらせで、魚の腹近くに縫い針を潜ませていたのだ。


 今までの嫌がらせを、私がスルーしていた為にエスカレートしてしまったのか。どちらにせよ、今回はいたずらが過ぎる。


 一人が魚を私から奪って縫い針があるか確認する。針が無い事を確認すると、全員安堵の表情をした。そしてすぐにこちらに怒りの目を向ける。


「あんた、最低ね。謝罪だけじゃ済まされないわよ!」

 

 彼女達の1人がそう叫ぶので、淡々とした口調で返す。


「ご存知の通り、これは陛下のお口に入る食材です」


 私の言葉に、彼女達は一斉に固まった。


「つまらない事の為に、何も関係もない人の命を危険に晒すつもりですか? それにもし、陛下に何かあったらあなた方含め、厨房の人間は皆処刑ですよ」


 許せなかった。嫌がらせなんて可愛いものだ。だけど、これはダメだ。陛下がこれを間違って口にしていたらと思うとゾッとする。私達は美味しいものを提供する以前に、安心して食べれる食事を出さなくていけないのに。


「だって、あなたが生意気で……」


「事の重大さが分からないのなら、他の仕事をした方がいいですよ」


 冷たく言い放ち、私は元の作業台に戻って行った。彼女達の方はただただ呆然として動けないでいる。戻る途中に視界の端で料理長が彼女達に近づいて行くのが見えた。


 で、作業台に積み重なった魚についてだが……幸いな事に、縫い針はその1尾だけだった。だけどこの事件のせいで時間がたってしまい、魚担当の料理人が、もう時間がないから別の料理を作る。それは捨ててしまおうと言い出した。

 

 こんな大量のお魚さんを捨てるだと! そんな勿体ない事できません! と私が反論した為、今こうして干物にするべく1人で捌いてるわけだ。


 もう窓の外は真っ暗だ。この世界は時計がないから、今何時なのかさっぱり分からない。

 早く終わらせて寝なくては。そんな事を考えながら一人で黙々と作業をしていると、背後から声がした。


「あんたは本当に変わりもんだな」


「……料理長」


 料理長は私の横に椅子を持ってきて座り、私と同じように魚を捌き出した。


「あ、ありがとうございます」


「針を仕込んだ奴等だが……異動処分だ。厨房には入らせねぇで当分薪拾いをさせる」

 

「そうですか」


「この処分じゃ不満か?」


「いえ反省してくれているなら、十分です。逆にそれだけで済んで良かった」


「ふん、お人好しだな」


 しばらく無言が続き、少し気まずくなってきた時に料理長は手を止め私に向き直った。

 

「あんたは何で、そんなに陛下の食事を変えたいんだ?」


 料理長の瞳は深いグレーの瞳だ。いつもその瞳からは仕事への熱意を感じる。そして、今その真剣な眼差しが、私の考えは何かを探ろうとしているのが分かった。同時に、この人には誠実にありのままの気持ちを言わなくてはいけないという事も。


「私は、陛下の栄養マネジメントを行い、陛下の体重を、3ヶ月で落とすとお約束しました。そして、期間までに成果がなければ処刑されます」


「何だって! 何でそんな事になった?」


「詳しくは言ってはいけない事になっていますが、そのせいで料理長に迷惑をかけた事は謝罪します。すみません」


「……」


「気持ちが焦ってた事は事実です。でも今は自分が助かりたいからだけではありません。陛下の事はまだあまりよく知りませんが、陛下の現状を知ってしまったからには、何とかしたいんです。体重があそこまで重いと、既に何か病気を抱えているんじゃないか心配で。陛下とも結果を出すとお約束しましたしね」


 そうだ。これはいつもの仕事と同じだ。たとえ患者さんの身体が心配で、私がムキになって食事について力説しても、患者さんや周りの人達の心は動かせなかったじゃないか。

心を通わせて、理解して、初めて栄養マネジメントとして一歩進めるのだ。


「それがあんたの目的か?」


 私はまっすぐ料理長を見た。


「それが私の仕事です」


「……」


「手伝って頂いてありがとうございます。後は1人でやりますので……」


「協力してやるよ」


「え?」


「少しだけな」


 口を開けて驚いている私を見て、料理長は少し笑った。


「あんたが今まで何考えてるか分からなかったが、少し理解できた。俺も陛下は大切な人だ。だから協力する」


 その言葉を聞いて少しだけ泣きそうになった。なぜならこの世界にきてから、一度も人と心を通わせた事がなかったから。

ここは日本じゃないけど、自分を受け入れてくれる人がいるのだ。


 心が温かい気持ちになった。


 だけど次の日その気持ちは急降下する事になるのだけど……


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