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2 始めから前途多難

 

 私がこの世界に飛ばされてから1週間がたち、だんだんと周りの状況が分かってきた。


 私の予想した通り、ここは日本ではない、そして海外でもない。ここはフィラデルという王国で、海に面した温暖な気候の豊かな国らしい。人や建物はまるでヨーロッパの中世を思いおこす。


 そして私がいたあの場所は、本当に神殿で、国の催事を行う格式高い場所だそうだ。普段なら少数の神官しかいない所だが、あの日は国の繁栄を祈る大事な日で、お偉い方々が沢山来ていたというわけだ。だから私は即座に見つかってしまったわけだけど。


 そして誓約書についてだが、あの後、沢山の人に囲まれて、誓約書にサインをさせられた。3ヶ月でどの位、体重を落とせるのか、尋問のように聞かれ、焦って普段患者さんに伝えている「1ヶ月にだいたい2パーセントくらい」とそのまま言ったら、それを誓約書に書かれてしまった。

 しかも、どこの国の文字だろうか、全く文字が読めない。だから契約書に、本当にその通りに書かれたのかは分からない。読めない物にサインするのは恐ろしいが、サインしないと、残された道は死刑のみだ。もう書くしかなかった。


 ただ、唯一、待遇については、今の所はかなり良いと思う。自分が住んでいたボロボロの1Kのアパートとは比較にならないほど、綺麗で広い部屋を与えられた。ここは神殿近くの、世界遺産のように美しい白亜のお城の中で、私の部屋は、お城の一番奥の部屋。お風呂や洗面所もあるし、食事は侍女さんが毎食持って来てくれる。


 だから文句を言ってはいけない。たとえ、部屋から1週間出れなくても……部屋の扉の前に見張りが立っていても。そして、あの男に1週間何も食事についてアプローチができなくても。

 

「んなわけあるかぁ!! こっちは命のリミットが3ヶ月しかないんだぞぉぉ!」


 勢いよく机に突っ伏す。長くて真っ直ぐな黒髪が机に広がった。しばらく、そのまま突っ伏していると、ふふっと笑い声聞こえた。


「おはようございます。カンナ、元気そうですね」


「あ、ナトムさん! おはようございます」


 乙女の部屋に毎日勝手に入ってくるイケメンのお兄さんこと、ナトムさんは、今日も素敵な笑顔を向けた。

 ナトムさんはどうやら、あの太った男の側近のようで、いつもあの男のわがままに苦労させられているそうだ。


「カンナ、お待たせしてしまいましたが、ついにお呼びがかかりましたよ。行きましょう」


「やっとですね! ありがとうございます」


 やっとあの男に会える。期間はわずかしかない。まずは早急に彼のカウンセリングだ。

 

 その前に着替えさせられた。中世ヨーロッパを思わせるようなワンピースだ。この国の女性の服装は、男性のチュニックと似ているが、男性のより丈が長い。床すれすれの長さだ。ナトムさんから手渡され、淡い青色のワンピースのようなチュニックに、グレーの帯ひもを締める。着替え終了! コルセットとかがなくて良かった。


 いざ出陣!

 長い階段を登り、さらに長い長い廊下を行くと、大きな広間に出た。部屋の真ん中に大きなテーブルが置かれ、20人程が和気あいあいと食事を取っている。そしてその真ん中にあの男が座っていた。


 私は男の2メートル近くまで歩いていき、そこで膝を折って顔を伏せた。


「久しぶりだな。この城の生活には慣れたか?」


「はい。これも陛下の寛大なお心遣いのおかげでございます」


「ふん、それは良かったな」


 そうこの男は、この国の王様だったのだ。初めナトムさんに聞いた時は驚いたが、あの男の天まで届く上から目線の態度ですぐに納得した。しかしいきなり王様に会うなんてすごい偶然だ……23年間生きて来て、日本の君主にも会った事ないのに。

 まぁそれはいいとして、とにかくこの男の食生活の実態を把握しなくては!


「フェルラニン陛下。早速ですが食事についてお聞きしたい事が……」


「お前は目が悪いのか? 私は今食事中だ。後にしろ」


「では食事の後にお時間いただけませんか?」


「今日は忙しい」


「ではいつなら可能ですか?」


「10日後なら食事中に会ってもいいぞ」


 全然やる気ねぇぇぇ。食事中がダメなら10日後もダメじゃないか。この人いじめっ子だよ。このままだと私処刑まで一直線だよ!


「陛下、今お話したいのですが、少しだけ宜しいですか?」


「カンナ、これ以上しつこく聞くと陛下のご機嫌が……」


 ナトムさんが後ろで私に耳打ちした。じゃあ、どうすればいいのよ。

 私が頭を抱えていると陛下は自分の向かいの席を指差した。


「そこに座れ。お前の分も十分にあるぞ」


 テーブルを見ると、確かに陛下の向かいの席は空いていた。

 ふむ、いきなり王様との食事……皆が私を、興味津々に凝視しているし、テーブルマナーも知らないが、王様の気が変わらない内に急いで座った。


 テーブルには豪華な食事が並んでいた。

 丸々チキンを揚げたものやスパイスの効いた卵のスープ、ベーコンらしき塊や巨大なチーズ。デザートのカスタードパイもある。それらを自分で食べたい分だけよそって、皿代わりのパンにのせて手掴みで食べるのだ。

 陛下の周りに座っているおじさん達は、ばくばくと料理をほうばっている。私もお腹は空いていたが、今は食べるのは後回しだ。


「陛下、いつもお食事はこういったものが多いのですか?」

「そうだが」


 ふむ、フライドチキンやベーコン、チーズやカスタードパイなど明らかに高脂質、高カロリーな食事だ。陛下を始め、周りのおじさん達もそれを何度もおかわりして食べている。


 陛下が毎日何キロカロリーを摂っているかは、今は分からないが、このような食事を1日3回、しかも数回の間食でお菓子も出てくるとなると、おそらく1日に必要な摂取エネルギーはオーバーしているはずだ。あと、陛下の体重が分かれば、今後のスケジュールも作れるのだが……

 

 頭の中で考えていると、陛下の横に座っていた髭面のおじさんに声をかけられた。こちらの方は陛下より、さらに体重が重そうだ。


「君がフェルの身体を痩せさせると啖呵を切ったカンナちゃんだね。面白い子だ。私はプロンだ、宜しく頼むよ」


「は、はい」


 プロンさんと言う人は、わははと笑いながらチーズを口にほうばった。


「だが痩せる必要があるかね? 別にフェルも私も病気になった事はないぞ」


「今は大丈夫でも、こういった食事を続けると、体重は確実に今より増えていきます。体重が重たいと、病気のリスクが高くなるんです。例えば……」


「考えすぎだよ」


 プロンさんは、わははと笑って陛下の肩に腕を回した。


「なぁ、フェル。膝が痛いくらいで、太ってても別に問題ないよな」


「叔父上、口から食べた物が飛んでいます……まぁ今の所、支障はないですけどね」


 なっ! なんと言う事だ。彼らは太っててもいいよね同盟を組んでしまっている。まずいぞ。栄養マネジメントは相手の理解と協力がないと成功しないのに。


 陛下は何も食べていない私に気づき、フライドチキンを取り分けてくれた。


「あ、ありがとうございます」


「お前が私を痩せさせたいなら協力はするが、特段膝が痛いくらいで困ってはいない。それに食事は厨房から出てきた物を食べているだけだし、間食も出された物を食べている。私ではなく料理人と話し合ったらどうだ」


 え? 確かに厨房の人との相談は必須だけど、どの位の量を食べるか、どんな料理を選ぶかは陛下自身なのだが……

 失言したら、おそらく極刑。私が何て言おうか慎重に考えていると、プロン様が笑いながら、また陛下の肩に腕を回した。


「フェル、お前は本当に優しい奴だな」


「叔父上、ギトギトの油ぎった手で肩に触れないで下さい」


 そして、忙しいのか、陛下はすぐに席を立ち、出て行ってしまった。


 私はその後、このお城の厨房に向かった。厨房はお城とは別に、専用の建屋があり、屋根付きの回廊で城と繋がっている。

 本来は、陛下とまず、しっかり食事について話さなければいけないが、話す時間をちっとも貰えない。仕方ないから、先に厨房の人達と話し合おう!


 厨房はお城と違って、とても質素なレンガ作りの建物だ。扉を開くと、中はとても広い空間が広がっていた。多数の釜戸や暖炉、鉄製のフライパンや鍋などの調理器具が所狭しと置かれ、肉や魚、野菜が至る所に積み上げられている。その場所で100人位の使用人があくせくと働いていた。


 ここまで案内してくれた侍女に、料理長は誰か教えてもらう。


「あの方です」


 侍女が指差した先に、何やら大声で怒号を飛ばしている男性がいた。50代位だろうか、白髪が少し目立ちはじめてはいる茶色の髪を白いハットにきっちりとしまい込み、腰には年季の入った白い前掛けをしている。そして忙しそうに使用人に指示を出していた。


 そっと近付いて声をかけて見る。


「あの……」


「あ? 誰だあんた。新しく入った下働きか」


「いえ、違います。陛下の食事の事で少しご相談がありまして」


 料理長は『陛下』という言葉が出た瞬間、近くにあった長包丁を手にした。


「お前か! 俺の食事に、いちゃもんつける奴は。お前なんかと話す時間はない! この包丁で豚のように解体されたくなかったら出ていけ!」


 ひぃぃぃぃ! もうやだ怖すぎる!


 どうやら先程、陛下と話した内容が、即座に噂話として広まったらしい。うぅ、宮中怖い。


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