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1 生き残る為に

 

 あぁ、味噌汁が飲みたい。

 囚われの身でそんな事望めるわけないが、それでも日本の味が恋しい。

 溜息をつきながら、焦げ付いた鍋を鉄のお玉でかき混ぜる。ふぅ、さて今日の晩ご飯の一品、オニオンスープの完成だ。


 私、坂下環奈はどこにでもいる23歳の社会人だ。

 ただ仕事は過酷で、万年人手不足のせいかサービス残業、休日出勤は当たり前。おまけに彼氏もいない。


 ある日、いつもと違う帰り道を通っていたら、道路沿いの小さな神社が目に留まった。


「そういえば、仕事でお正月も神社に行けなかったなぁ」


 せっかくだから、お参りして行くか。

 鳥居をくぐり、本殿にある賽銭箱の前で立ち止まる。鈴を鳴らし、5円玉を投げて二礼二拍手一礼。


(転職活動して、良い職場が見つかりますように! そしてどうかイケメンと巡り会えますように。神様お願い致します!)


 心の中で強くお願いしたのがいけなかったのか。

 帰るか、そう思って、振り返り石段を降りるはずが、脚を滑らせ数段下の地面に顔面を打ち付けた。


 痛った……これ絶対鼻血出たよ。


 そしてゆっくり起き上がった瞬間、息が止まりそうになった。


 そこは神社ではなく、真っ白な大理石が延々と広がる神殿のような場所だった。


 ……は? ここどこ? 

 今さっきまで神社にいたはずだけど……一体どうなっているの。


 痛みも忘れてしばらく呆然としていたところ、背後に人の気配を感じた。


「おい、貴様」


 男の凄みのある声がした。

 振り返ると10人程の甲冑姿の兵士と、その真ん中に豪華な金の刺繍が縁取られた赤いマントを纏った男が立っていた。真ん中の男をよく見ると、歳は私と同じ位だろうか、金髪に碧眼で顔は整っている。ただかなり膨よかではある。


 身長175前後で体重100キロ位かな……他人とはいえ職業柄、健康面が心配になってしまう。

 私がまじまじと見ていたからだろうか、男は険しい目つきで私を睨んだ。


「貴様、見たことも無い顔立ちだな。どこから来た。ここは高位の者しか入れない神聖な場所だぞ。ただの不法侵入とはわけが違う。その意味が分かるか?」


 太った男は剣をこちらに向けながら、ゆっくりと近づいてきた。初めて剣を目にして、それが自分に向けられているものだと理解するのに一瞬時間がかかった。


「ま、待って下さい! 私は怪しい者じゃありません!」


「怪しい奴は皆そう言う」

 

 たしかに……って納得してどうする。


「本当なんです! 転んで顔をあげた瞬間、ここに移動していて……」


「もう少しまともな嘘を考えてから侵入するんだったな。こいつを地下牢に連れて行け!」


 は? 地下牢? うそでしょ……いきなり知らない所にやってきて、いきなり牢に放り込まれるのか。無理無理。こっちは、か弱い日本人ですよ。地下牢なんかに入れられたら死んじゃうって。


 兵士達は私に近づいてくる。


「ちょっと待って! 嘘じゃないんです!」


「お待ち下さいフェル様」


 兵士達の動きが止まった。さっきまで兵士達に紛れて気が付かなかったが、兵士達の後ろからもう一人、ゆったりとした緑色のチュニックを纏った男性が出てきた。こちらの男性は歳は30前後だろうか。明るい茶髪に翡翠色の目をしている。こんな状況なのに、とても穏やかな顔をしている。


「フェル様、いきなり連行する前にまずは彼女の話を聞きましょう。聞いてから判断しても良いのでは?」


 そう言って私に対してにっこり笑った。

 イケメンのお兄さん、ありがとう!


 太った男は舌打ちはしたが、剣を収めてくれた。

 イケメンのお兄さんに感謝しつつ、私は必死に彼らに事の成り行きを説明した。自分は日本人で近所の神社にいたはずが、階段から落ちた瞬間に何故かここにいたのだと……

 だがこんな不思議な現象を信じるわけがない。周りを見回しても、さっきよりも私に対する不審者レベルが上がっただけのようだった。

 

 うっ……空気が重たい。


 イケメンのお兄さんも微妙な顔をしている。確かに私が逆の立場なら、かなり怪しい不審者にしか思わないかもしれない。 

 太った男の方を見ると、眉間にシワを寄せて考えこんでいた――のだが、私はそれよりも男が何故か一人だけ汗をかいているのが気になった。男はハンカチで額の汗を拭うと、今度は兵士に椅子を持ってこさせた。膝を抑えながら椅子に座ると、男は私に目線を向けた。


「話を聞いてはっきりした。貴様が疑いのない不審者だという事がな。私に嘘をつけば、極刑だという事は分かっているはずだが」


 はいっ? 極刑? 私は殺されるの?


「えっ、ちょっと待って! 本当の事なんです。信じて下さい!」


「信じて欲しければ、まず貴様が私達に話した事が真実であると証明するんだな。まぁ、そもそもお前は大神殿への不法侵入で、既に極刑は確定だ。こいつを地下牢に連れて行け」


「そんな!」


 イケメンお兄さんに視線を向けたが、その表情には諦めの色が浮かんでいる。先ほどのように助けてはくれない。太った男に視線を向けると、問題解決したとばかりに、何やら兵士に揚げ菓子を持って来させて、一人でもぐもぐ食べていた。


 私は呆然としながら兵士に両腕を掴まれ、出口に向かって引き摺られていく。

 

 先程から薄々感じていたが、ここは日本でもなければ海外でもないのだろう。どう考えても、服装や甲冑姿は現在ではありえない。なのに何故か言葉は理解できるというのが不思議ではあるが。

 タイムスリップなのか異世界なのか知らないが、きっとここには弁護士もいなければ、国際法も存在しないのだろう。ここには私を助けてくれる人はいない。つまり地下牢から出られる可能性は低い。そしてこのままでは処刑されてしまう。

 

 そんなのゴメンだ!

 私は覚悟を決めて息を吸い込んだ。


「ちょっと待って! 証明する方法はあります!」


 広い神殿のような空間で、私の叫びは予想以上に反響した。

 私を引き摺っていた兵士も、太った男も、イケメンお兄さんも驚いてこちらを見た。


「あなたは、私が話したことが真実であると証明しろと言いましたよね。先程話した通り、私はこの場所で私を証明できるものは何もありません。だから、私が話した事が真実だと証明できる時間を下さい!」


 太った男はじっと私を見た後、菓子を投げ捨てて、椅子から立ち上がった。そしてゆっくりと近付いてきて、私を見下ろした。先程と違って、男の眼は何やら楽しそうだった。


「不審者がどうやって証明する」


「失礼ながら、あなたは体重が重い故に、身体に問題を抱えていませんか」


「…………なんだと」


「体重が重いと、心臓への負担や、膝や腰への負担が大きく、生活に支障をきたします」


 男は無表情だったが、口元が少し引きつっているのを私は見逃さなかった。膝が痛いから、先程から1人だけ椅子に座っていたのだ。体重が原因の可能性は高い。


「体重が重いと、それ以外にも糖尿病や高血圧、脂質異常症など様々なリスクを抱える事になります」


「何が言いたい」


 私は深呼吸した。覚悟を決めろ。ここがどこだか知らないが、意味の分からない理由で死ぬのはごめんだ。おそらくこの場所で一番権限のある人物は、間違いなく目の前のこの男。この男を落とせば助かるはず。


「私は管理栄養士です。色々な人の栄養指導をしてきました。あなたの栄養マネジメントをさせて下さい。すぐには変化はありませんが絶対に今より健康な身体にさせてみせます」


「……」


 誰も何も話さない。失敗してしまったのか……

 そもそも不審者の提案なんて受け入れるわけがないか。

 

 終わった……私の人生終わってしまった。お母さんお父さん、親孝行もできずにごめんなさい。


 私が俯いていると、男は低い声で私に立つように命じた。ゆっくり立ち上がると、近距離で眼が合った。男は背が高いので見上げる形になってはいるが、その眼は好奇心で溢れていた。


「貴様が言っている事は全く理解できん。管理何とかというのは職業なのか? よく分からんが食事で私の健康面を改善できるという事か?」


「はい、できます。管理栄養士は食事で健康面を維持、改善するのが仕事です。この国では存在しない仕事かもしれませんが、だからこそあなたの健康面が改善できれば、私の話した事が真実であると証明できます!」


 男は鼻で笑った。


「食事で健康を改善するなど馬鹿げている。ただ助かりたいだけの作り話しではないのか」


「命にかけて嘘でないと証明します……その代わり、私の話が真実であると信じていただけたら、私を自由の身にして下さい。あと、その時は少しばかり餞別をいただけると嬉しいです」


 私の図太さに、イケメンお兄さんも兵士達も唖然としている。だって生きてくのにお金は必要でしよ。


「ふっ図々しい奴め……いいだろう。その約束守ろう。後で誓約書を作る。ただし期間は3ヶ月だ。3ヶ月立っても私の身体に変化がなければお前は処刑だ」


「わっ、分かりました」


「あと鼻血を拭け。汚いやつは、近寄らせんからな」


 真っ白なシルクのハンカチを私に投げて、男は去っていった。

 なんて事だ、神社の階段から落ちて顔面を打った時から鼻血が出ていたのか。もっと早く教えてくれてもいいじゃないか。でも、ひとまず処刑は免れた。私は安堵感からか、足の力が抜けて冷たい大理石の床に座り込んだ。


 助かった。助かったのだ。

 ただ、あの男と約束した通り、3ヶ月で本人が自覚する位に体重を落とさなければいけない。この未知の世界で、それがどれほど難しいかもまだ推測できない。それでも、やるしかない。やってやる。


 この時、まさか自分の命の危機が、これから何度も訪れる事になるとは、夢にも思わなかった。


読んでいただき、ありがとうございます。

「面白そう」「続きが気になる」と少しでも感じましたら、

是非ブクマと↓の☆☆☆☆☆ボタンを★★★★★に変えていただけますと嬉しいです。


本日はあと数話投稿予定です。

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