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口と手はある。足はない。

作者: yulann

「「「カンパーイ」」」


 毎週金曜日、仲のいい友達との飲み会。それを楽しみに僕は毎日生活している。そこは何も隠す必要がない。本音を言い合える場所。


「恥を知れ恥を」


 ついていたテレビでは政治に関するニュースが流れていた。


「確かにそうだよな。俺たちは毎日せっせと仕事して、年寄り政治家は寝てるだけって。それでいて税金で給料は高いって。普通に考えてあり得ないだろ」


「だよね。なんの生産もしない年寄りのために労働者がたくさん税金納めて馬鹿らしいよ」


「今日なんて我が物顔で車の前横断してくる年寄りがいてさ。クラクション鳴らしたら睨みつけてきやがって。そいつどこいったと思う? パチンコだぜ? こっちはこれから仕事だってのにいい身分だよな」


 感じていた不満が止まらず僕らは語り合った。そして、いつの間にか眠りについていた。


「起床の時間です」


 大きな放送音で目を覚ました僕は見たこともない部屋の中にいた。


 僕は確かに昨日竜也の家で眠ったはず。なのに、どうしてこんな刑務所みたいなところで起きてるんだ?

 

 あたりを見渡すと同じ部屋には年寄りしかいない。慣れたように手早く作業着に着替えていた。


「おい。何してる? 早くしないと間に合わんよ?」


 放心状態に近かった僕に呆れて年寄り達は廊下に並び始めた。少し時間が経つと、点呼のような声が聞こえ始める。その声はだんだんと近づいてきた。


 僕は嫌な予感がして畳んであった作業着に急いで着替え始める。だが、ズボンに足を通そうとした時バランスが取れずに転倒してしまった。そこで俺は確信的な違いに気がついた。


「体が老けている」


 いつもスーツに着替える時は座ったりしたことはない。手もシワシワになっている。年寄り達に囲まれていた現状を加味すれば分からないことではない。僕も年寄りになっているんだ。


 現実をやっと理解できた時、部屋の扉が開いた。


「何をしている。時間も守れないのか」


 怒鳴り声と共に入ってきた看守のような人。胸ぐらを掴まれるとすぐに鈍い衝撃が左頬に走った。今までに感じたことのない痛みに悶絶した。


「早く立て。準備をしろ」


「待って下さい。僕は・・・」


 言葉を言い切る前に鈍い衝撃が二回。お腹を襲った。


「労働以外なんの価値もないゴミが口答えするな。わかったか?」


 頭を掴まれるが痛みで言葉がうまく話せない。彼は再び拳を握った。もう一度殴られるか歯を食いしばったがそれはなかった。


「何をしているんですか」


 入ってきた人は同じ服装をしていて、目の前の人より少し若そうな見た目だった。


「何って? なんの価値もないゴミの処理でもしようと思ってな」


「それはあなたが決めることではありません。国が決めることです」


 ヘラヘラとした返答をハッキリと否定する。


「そうかもしれないけどさ。労働中の怪我とかいえばどうにでもなるだろ」


「最近のあなたの行動は目に余ります。次に問題を起こせば必ず処罰が下ると思って下さい」


「ああわかったよ。相変わらずつまらねーな」


 悪態をつきながら部屋を後にしていく。


「ありがとうございます。何とお礼を言ったらいいのか」


 危機を救ってくれたことに自然と感謝の言葉が出てきた。


「そんなもの必要ありません。僕は僕の業務を全うしただけです。それよりも、遅刻は軽度の減点ですので同じことがないように気をつけて下さい。労働以外に価値がない年寄りなんですから、若者の、この国のために働いて下さいよ」


 感謝の言葉は機械的な冷たい言葉に切り捨てられた。その態度は現状を理解するのにとても役に立った。初めに入ってきた看守の行動は咎めるに値するいき過ぎた行為。だが、年寄りに対する考え方は否定をしなかった。その態度がこの施設が刑務所だからなのか。あるいは他の理由があるのか。まだ確定させるには情報が少ない。


 二人が出て行った後、フラつく足でなんとか着替えを済ませ部屋の外に出る。そこにはドラマの中で見たように、廊下の両脇に年寄り達が整列していた。若い人はただの一人もいなかった。


「よし。揃ったな行け」


 看守の掛け声と共に列は駆け足で進んでいく。正直走れる状況ではなかったが、看守からふるわれた恐怖が僕の足を無理やり動かしていた。


 朝食を取らないまま大型のバスに乗り、ビルの建設現場のような場所についた。周りは全てが囲われており外を確認することは不可能だ。


「よし労働を開始しろ」


 掛け声と共に作業が始まった。この体で持たせるのかと思うような重たいものも運ばされた。その度に年寄りだと痛感させられた。蒸し暑い中での作業。太陽がちょうど真上に来たあたりで笛が鳴った。


「休憩だ。一列に並べ」


 順番に並んで渡されたのは一つのおにぎりと一本の麦茶だった。こんなものでこの作業が続けられるわけがない。そう思って困惑して周りを見渡したが、誰も不満そうな顔はしていない。いや、おにぎりを拒否しようとする年寄りすらいる。その行動を看守は褒め称えている。


 ありえない。たとえ犯罪者であったとしても、生きることを拒否するような行動。こんなことがまかり通るものなのか。まるでここにいる人には人権がないような扱いだ。


 各々が自由に休憩を始めた。現状把握の好機。俺は一番近くにいた人に声をかけた。


「あの。少し聞きたいことがあるんですけど」


「なんじゃ?」


「僕達って何か悪いことしましたっけ? ちょっと記憶が混乱してて」


「悪いこと? そりゃそうじゃろ。儂らはまだ生きている。もうとっくに死ぬべき命なのに、まだ生きてしまっている。そんなことを聞いてどうかしたのか?」


「いや、なんでもないです」


 少しでも参考になったらと思い、聞いた答えは恐ろしいぐらい的確な答えだった。その後も他の人に同じ質問をしたが返ってきた答えは同じものだった。


 休憩が終わりその後の作業が開始された。日が暮れるまで作業は続き体はヘトヘトだった。そして、再び同じ建物に戻り食事をして就寝する。


 俺はその生活を七日間くり返した。代わり映えのない日々だったが、得られた情報は多かった。全ての人が60歳を超えると命を全うして死ぬべきという思想を持っていること。施設での労働は61歳から死ぬまで続き、労働によって命を使い切って死んでいくこと。そして、偶然にも見ることができた外の世界。年寄り人は一人もおらず若い人が生き生きと笑顔で暮らしていた。


 今までのことから考えると僕が歳をとった可能性はとても低い。たった四十年近くでここまで思想が偏るなんて考えにくい。今までの常識を変える洗脳装置なんかが開発されたなら別かもしれないが。


 ある程度の情報が集まったことで僕は決心した。今までの仮説を確証に変えるためにも大きな一歩を踏み出す。それは時代を聞くことだ。実際、今までの質問ですらきみ悪がられて不審に思われる事が多かった。あとは命を全うするだけなのに年代を聞くなんておかしいことだ。施設内全体がその思想に取り憑かれているなら、それがどれだけ危険なことかよくわかる。だが、今のままでは命を浪費するだけだ。


 朝の労働が終わり僕を救ってくれた看守のところへ行った。


「あの聞きたい事があるんですけど」


「なんだ?」


「もうそろそろ限界だと思うんです。今まで生きていて申し訳ない。せめて、今日の日にちだけでも教えてくれませんか?」


 これは賭けだ。不審に思われれば死に繋がるかもしれない。その光景を何度か目にしてきた。


「そうか。今日はXXX年X月XX日だ。今までよくやった。この国のためによく働いてくれた」


 賭けは成功した。同じ言葉が話されていることで国は変わらないはず。つまり、ここは僕がいた国の約三百年後ということだ。そして、次にやるべきことが思い浮かんできた。今と同じことを死ぬまで続けたとしてもなんの意味もない。僕がこの時代に来た意味もわからないし、この時代のことを何も知ることはできない。人権がないように扱われるんて絶対に間違っている。


 僕は脱走を決心した。ここにいても何も変わらない。命を浪費するだけだ。思いついたら行動。前の僕ならすぐに行動できなかったかもしれない。でも、今ならできる気がする。今まで見たことのない、本当の理不尽を目の当たりにしているから。


 次の日、いつも通りバスに乗って建設現場へ向かう。バスから降りると同時に看守を蹴り飛ばし、周りが封鎖される前に建設現場を飛び出した。どれだけ走ったのか、膝が笑っている。この体でこの運動は堪えるらしい。無我夢中だったが、僕は目的を果たす事ができる場所に辿り着いていた。そこには多くの若者が、いや、僕の同世代の人達が僕を軽蔑の眼差しで見ていた。


「おい。あれ何歳だよ」


「とっくに六十は超えてそうだけどな」


「何でまだ生きてるんだ?」


「俺たちで終わらせてやろうか?」


「いい考えだね」


 狂った犯罪者のような表情じゃない。もっと純粋にそれが当たり前だというふうに、彼らは僕にに近づいてくる。さも当然のように、その行動がおかしいなんて微塵も感じさせない。


 僕は走り出した。自然と足が動いていた。


「殺される。助けて」


 動くはずがない足を無理やり動かし走った。昔もこんなに走ったことはない。でも、走れた。この体の持ち主が運動をしていたからなのか。命の危機を感じたからなのか。僕にもわからない。


 彼らを振り切ったところで足を止めた。そこには偶然にもテレビに似た何かがあった。そこに映し出された映像には、大統領の文字があった。そして中継であろうビデオには、歳のとった議員はただの一人も映っていない。全員が若々しく、まるで大学を彷彿とさせるようだ。


「国民の皆さん。こんにちは」


 挨拶をしたのは堂々として、凛とした若い男性だった。


「今日は記念すべき日です。私の祖先がこの国を変えようと立ち上がり、革命を起こしてちょうどXXX年が経ちました。それまでは若い人たちが増えすぎた老人達に圧迫され辛い生活を送ってきていました。給与は増えず、物価は上がり、少ない人数で多くの老人を支える。そんな環境で楽しく生活できますか? お金なんて気にせず可愛い我が子を育てられますか? 毎月数万円を収めることで歳を取れば十数万円がもらえる。笑いが止まらない。その差額はどこから出ているのか。魔法のタンスにでもしまってあるのか。そんなわけがない。それは若者達の血と涙。労働の結晶だ。その結晶をなんの感謝もせずに過去を語り我が物顔で使う老人達。確かに、過去の人物がいなければ国はなかったかもしれない」

 

「ですが、そこからの時代を生きるのは若者達です。国を担うべきなのは活力のある若者達です。その活力を奪ってまで生きていたいのか。繁栄には、新陳代謝が必要です。古いものは素早く若い細胞に切り替わらなければ繁栄の機会を失う。選挙で変えようにも行動するものは少なく。選挙を行ったとしても若者が有利になるような法案は老人達が許さない。後先短い自分のことしか考えていない。そもそも、若者全体が投票に行ったとしても数の力で絶対に負ける。そんな理不尽を変えたのが、今日この時のXX年前です。私たちは感謝しなければなりません。彼らの勇気に。彼らに協力して今のこの国を作ってくれた若者達に」


 僕はゾッとした。それは昔の僕が確かに体験していたことだからだ。まるで昔話のように語られるが、それは紛れもなく僕が生きていた時代の話だ。どれだけ足掻こうと意味はなく。彼女にも金がないと振られた。絶望しながら生きていた。そんな時代の話だ。


「反吐が出る」


 過去のことを我が物顔で語る年寄りにも。今と昔の違いに気づけない生き遅れにも。歳をとることがそんなに偉いのか? ただの老ぼれの分際で。そんな世界なくなってしまえば。


 溢れ出る感情に僕は驚いた。ここまで不満が募っていながら、行動を起こせていなかったことにも。


 一方で、この体で僕が体験した記憶がドロドロとした感情を否定しようとしてくる。


 年寄りに人権はないのか。なんの意味もなく命が奪われていいのか。六十まで生きれば価値がなくなるのか。年寄りを見ればさぞあたり前のように襲ってくる若者。それが当たり前なのか。


 そんなことはないはずだ。確かに、現状には不満がたくさんあった。でも、僕はこんな世界になってほしいなんて微塵も思ってなかった。僕は気づいた。なぜ、僕にこんな機会が訪れたのか。未来に飛び、誰かの体を体験することになったのか。


 この国を変えるためだ。行き過ぎたこの国を元に戻すまでとは行かずとも、人が人として尊重されるための・・・。


 バンッ


 異常なほど大きな音。腹部が一気に熱くなるのを感じた。痛い。痛い。痛い。それを声に出すことすらできない。血の気が引いていき、命の終わりが近づいているのを感じた。


「目標を射殺しました」


「ご苦労。ただでさえ価値がないのに労働から逃げ出すとは。何を教えられて育ったのか」


「これでこの人にも良い眠りが訪れるでしょう」


「そうだな。命を全うできただろう」


 耳を疑う会話。いや、この世界、この時代、この国ではそれが普通なのか。次第に目にも力が入らなくなってきた。意識が朦朧として命の終わりを告げている。そんな俺の目に最後に映ったのは、大統領の名前。

「紫藤 涼介」という名前だった。


 ハッ


 不意に目が覚めた。まるで長い夢を見ていたような気がした。いや、そんなことはない。僕の意識はすぐに覚醒した。僕は確かにあの時の記憶がある。だが、ここは僕の部屋ではない。


「今は何年だ?」


 カレンダーを探して部屋の外に出た。リビングにはカレンダーらしき物はひとつもなかった。


「どうしたの健ちゃん? 探し物?」


 そこにはお婆ちゃんという表現がぴったりの女性が立っていた。


「なんでもないよ。志麻ちゃん」


 聞いたこともない名前が相手の口からも、僕の口からも飛び出した。どうやら、再び誰かの体に乗り移ることになったらしい。


「今って何年だったけ?」


「何をバカなこと言っとるんよ。昨日それ聞いたばっかやろ」


「そうだったかな?」


「本当にそろそろ頃合いだね」


「そうかもしれないね。それで、今は何年だったかな?」


「今はXXX年のXX月X日だよ」


「え? もう一度教えてくれないかい?」


「だから、XXX年のXX月X日だよ」


「それって革命の日だ」


「革命か。そうかもしれないねえ。ほら、もうこの国は止まらないだろうね」


 志麻ちゃんはそう言いながらテレビをつけた。そこには、暴動を起こす若者達の姿が映されていた。あの時と同じだ。僕が体験した最悪の未来。若者達が年寄りの命を奪おうとする光景。


「私たちは、もうお役御免なんだろうねえ。正直に言ってお荷物なのは確かだから」


「そんなことよりも、なんで革命が起きたんだっけ?」


 僕には余裕がない。次があるかも分からない状況。少しでも悲劇を止めるためにやるべきことを明確にしなければいけない。そのためにも、革命の原因をいち早く知る必要がある。


「なんだったかな。一番初めはSNSがどうのって。それから、若い子達の活動が活発になって。それから・・・」


「それから?」


「そう! 新しい人が大統領に選ばれたの。それからは酷かったね」


「その人の名前は?」


「どうしたの? そんなに怖い顔して。もう先は長くないんだから、ゆっくり笑顔でいようよ」


「お願いだ志麻ちゃん。僕はこの時のために生まれたんだ。そして、この悲劇を終わらせたいんだ」


 志麻ちゃんの腕を掴んで僕は懇願した。僕がこの人になった意味。あの人になった意味を現実にするためにも。


「そうなのね。その人は確か・・・紫藤あかねさん。だったかな」


「やっぱり」


 紫藤。その名前は分かる。最悪な出来事の中で、消えかけの命の中で見た名前。あの時代で大統領をしていた人の名前だ。つまり、この革命が起こればあの悲劇が確定の未来になってしまう。


 その未来を変えるために僕がいる。


「志麻ちゃん。僕にはやるべきことがあるんだ。一緒に行こう」


「・・・」


 驚いた表情の志麻ちゃんは無言で僕を見つめ返した。


「あなた。健ちゃんじゃないのね。私の名前を知ってたからまさかと思ったけど。どうなの?」


「うん。僕は健ちゃんじゃない。ある使命を授かってこの体に宿っている。と思う。だから、一緒に行こう」


「ううん。もういいの。一人で行って。私はもう疲れたの。最後ぐらいゆっくりするわ」


 そう言って志麻ちゃんは近くにあった端末でメールのようなものを見せてくれた。


 XX年XX月XX日より 60歳を超える大林志麻さんの人権は剥奪されます。それにより、同日回収用の大型バスが向かいます。今までありがとうございました。


「ふざけるな」


 僕は志麻ちゃんの持っていた端末を奪い取り力いっぱい地面に叩きつけた。告知された内容はもちろん許されることじゃない。だが、それ以上に最後の一文だ。今までありがとうございました。だと。ふざけるのも大概にしろ。人を人とも思わないことを書いておいて、最後にはいい顔をしてやがって。反吐が出る。


「あなたの分も来てるから。これからは若い子達の時代なんだ」


 諦めて微笑む彼女に僕は心底腹がたった。


「そういう人がいるから、悲劇がまかりとおる世界になるんだよ。勝手に諦めるな。行動を起こさないと最悪な未来が訪れるんだよ」


「そうかもしれないよね。でも、今まで辛い思いをしてきた若い子達が行動を起こした形がこれなんだよ? 私たち老いぼれが楽しく余生を過ごすために、若い子達は笑顔を失っていった。私はそれを悲劇だと思うから」


「それでも・・・」


 僕はうまく言葉が出てこなかった。確かに本来の僕は辛い生活を送っていた。老人を疎ましく思ったことがあるのも確かだ。でも、こんな行動の起こし方は間違っている。もっと、両者が笑顔で暮らせるための何かが必要なんだ。


「一人で行っておいで。あなたには私には分からない光景が見えているんでしょう。なんだか、若い頃の健ちゃんを見ているみたいだわ。楽しい時間をありがとうね」

 

 僕はもう一つあった端末で政府に反抗している組織を探した。絶対にこの革命に賛同していない人もいる。一人で行動しても何も変わらない。何かを変えるのは数の力なんだ。反抗している組織はいくつもあり、そのうちの一つが近くの地下鉄に集まっているのを知った。


「志麻ちゃん。いや、志麻さん。僕にはやるべきことがあります。だから、ごめんなさい。行ってきます。色々とありがとうございました」


「うん。行っておいで」

 

 僕は志麻さんと握手を交わして家を出た。車を使って目的の場所まで向かおうとしたが、途中で検閲があり車を手放して走った。僕は少し楽しみだった。前の時にはなかった自分と同じ気持ちに賛同してくれる人。僕が孤独でないと感じられる場所に向かっている。


 ピンポーン


 インターホンの音が聞こえる。何度目かのインターホンの後、ドアが壊される音と一緒に数人が私を囲うように並んだ。


「大林志麻さんですね。これより強制連行を行います。大林健さんはどちらに?」


「最後に家の周りの散歩コースを見て回るって言ってたよ。周りを少し探したら見つかるよ。一つだけ質問していいかい?」


 返事はない。


「この革命が成功したら、絶対にあなた達若い子は笑顔で暮らせるんだよね?」


 返事はなかった。


「そうなのかい。なら、最後のお願いきいてくれないかな? ここは健ちゃんと四十年過ごした家なんだよね。できたら、ここで終わらせてくれないかな?どこで幕を閉じたって同じでしょう? 健ちゃんも後からここでお願いね」


「わかりました」


 目を瞑るとカチャっという音がした。腰につけていた拳銃を取り出したんだろう。怖いけど、痛いのは一瞬だから。


 頑張って健ちゃん。あなたなら何かを変えられる。私はそんな気がしている。老ぼれのどうしようもない勘だけど。


「今までありがとうございました」


 機械的な小さな感謝の言葉。ああ。できるなら、最後は健ちゃんと一緒がよかったな。


「ふざけるな」


 聞いたことのある声だった。もう何十年も聞きなれた声だった。


「どうしてここに? あなたにはやることがあるんじゃなかったの?」


 目を開けるとそこには拳銃を奪った健ちゃんの姿があった。


「動くな。これは脅しじゃない。若い人の考えも僕には分かる。だが、この革命は絶対に間違っている。人を人とも思わないなんて許せることじゃない」


 バンッ


 大きな音が部屋の中にこだまする。


「確かにあなたの意見もわかります。しかし、古い細胞が死ななければ若い細胞は芽吹かない。いずれこの国は腐って根本から倒れることになる。そうなれば全ての人が貧困に苦しむことになる。そうしないためにも、この決断は間違っていない」


「ああ。健ちゃん。健ちゃーーーん」


 血を流す健ちゃんは力なく地面に倒れた。涙が止まらない。私の愛した人が死んでしまう。


「どうして? 私は平気だったの」


「理屈じゃないんですよ。僕にはやるべきことが確かにあります。でも、僕が、僕の体が、健ちゃんがそれは違うだろって。志麻ちゃんを見捨ててまで行動を起こしたって、それは人権を軽んじているのと変わらない。大義名分は命を見捨てていい理由にはならない」

 

「命を奪うことは確かに許されることではない。だが、私はこの先に生まれる命に比べれば今失われる命の方が有意義だと思っている。現状が続けばこれから生まれる命の数も減ることになる」


「それでも、命を奪う行為は等しく悪だ」


「そうだ。だが、私には覚悟がある。全ての人の憎しみを、怒りをこの体に全て受けようとも私は止まることはできない。この紫藤あかねはこの国の未来のために命をかけたのだ。暗殺されるのも覚悟の上だ」


「あなたに譲れないものがあるように、僕にも譲れないものがある。だから、絶対に悲劇の未来は許さない」


「そんな未来は訪れません。今までありがとう。あなた達の分もこの国を反映させると誓います」


 バンッ


 焼けつくなような痛みで私は意識を手放した。ああ、助けにきてくれた健ちゃんかっこよかったな。



 ハッ


 また目覚めた。記憶は確かになる。もう驚くこともない。僕は悲劇を食い止める。


「俺たちの時代が来るぞ。若い人たちにより良い時代が来る」


「ああ。後三日だ。あと三日で老害達の時代が終わる」


 僕の目の前には若い男が二人立っていた。この会話でもう理解ができている。これが最後のチャンスかもしれない。残酷な未来を経験して、その未来を変えられる唯一の時代。革命が起きる前の時代だ。


「やっとだな。これで俺たちも楽しく生活できる。こんな汚い寮で押し込まれて生活するのはもうやめだ」


「あと三日だ。こんなに仕事に行くのが楽しみなことはない」


 ここはとある会社の寮らしい。そして、幸運なことにPCが目の前にあった。全てを解決するのに必要なのは情報。この革命の元凶を全て変えなければ未来は変えられない。


「ごめん。俺、今日調子悪いわ。仕事休むな」


「そうか? そんなようには見えないけど」


「まあいいじゃないか。俺たちはあの老害どもの最後を少しでも記憶に焼き付けに行こうぜ」


「ああ。そうだな。しっかり休めよ。お前の分まで今までのツケを返してくるから」


「うん。お願いするわ」


「じゃあな」


 そうして二人は会社へ向かっていった。すぐにPCを立ち上げ、元凶の確認をする。


 紫藤の存在はもちろん大事だ。だが、あんなに偏った思想がまかり通り、大統領になるほどこの国は終わってなかったはずだ。XX年で僕の時代とそこまで変化することは流石にないと思う。つまり、それだけ若者の中に眠る負の感情を刺激する何かがあったはず。


「これだ」


 その記事はすぐに見つかった。


 『XX年XX月XX日 国民的YOUTUBERとその家族が高齢者の運転する車に追突され本人を除く家族全員死亡』清楚系YouTuberとして人気を博していた紫藤えいなさん。同月に第二子を出産し、順風満帆の彼女を襲った悲劇。高齢者の危険運転。なぜ、防ぐことができなかったのか。


「紫藤」


 間違いない。この事件をきっかけにこの国が変化することになる。


「なんだこれ?」


 紫藤えいなさん自身のYouTubeにて声明を発表。その下にはYoutubeのURLが貼られていた。なにも思わずその動画開いたことを僕は心の底から後悔することになった。


 映し出されたのは記事に貼られていた可憐な姿とは程遠い女性の姿だった。痩せ細り、顔には異常なほどの傷跡があった。


「私は今まで辛いことばかりでした。両親を亡くし、それでも負けずに頑張ってきました。アンチにも良い顔をして過去の自分を払拭するために全てを費やしてきました。なのに、なのに。この先短い老ぼれが私の幸せな生活を奪うんですか? これからもっともっと幸せを感じて、人生がやっと良い方に向かっていっていたのに。気づいている方もいると思いますが、今まで私はできるだけ本音を隠してきました。それは私の幸せのためにあまり必要性の少ないものだったから。でも、もうその幸せはこの世界にはありません。なので今日は私の本音を語りたいと思います」


 僕は動画に釘付けになった。未来のことなど忘れ、今画面に映る彼女が何を感じて、何を伝えたいのか。それだけ彼女の言葉は魅力的で人を惹きつける何かがあった。


「ぼれが・・・。この先短い老ぼれが。私の長い長い幸せを奪いやがって。何が良く覚えていないだ。そんな状態になるなら車なんて運転するな。私はその人間を絶対に許さない。刑務所の中で死ぬかもしれないけど。刑務所から生きて出てくるなら、どんな手を使ってでも居場所を突き止めてこの手で殺してやる。私の人生は今後そのためにだけにある。この国も許さない。散々同じような事故が起こっていたのに。老人ばかりの国で老人優先の思考で何も進展しない。車がなくて老人が死のうが、若者が死ぬほうがはるかに損失が大きいことに気づかない。老害が若者の幸せを奪うこの国を、私は絶対に許さない」


 しばらく時間が止まったように画面の前で立ち尽くしてしまった。僕は彼女の言葉に心を奪われていた。理屈じゃない。心の奥底に語りかけるような感情剥き出しの言葉。彼女は何もおかしなことは言っていないんじゃないか? 老人に家族を奪われ、幸せを奪われ。それを憎み、それを放置した国を憎み。何がいけないことなのだろうか。


 自分の中の感情が揺れ動くのを感じた。だが、それと同時に僕の体験してきた記憶が蘇る。命を命とも思わないような扱い。無条件に奪われる大切な人。そうだ。この言葉がどれだけ正しいことだろうと、あの未来は絶対に間違っている。


 きっかけは分かった。でも、きっかけはもう起こった後だ。それならやることは一つ紫藤に直接会って彼女の考えを変えるしかない。


 僕は大統領の住む建物へなんの考えもなしに飛び出した。だが、目的の建物へはすぐにたどり着けた。大統領に会うために、下水道をとおって中に侵入することにした。なぜだかわからないが、その建物の地下の地図が頭の中に浮かんできた。元々の宿主の記憶。やっていた仕事の関係かもしれない。


 中につながると思われる梯子まで辿り着くことができた。あの時の強い目を変えられるかどうかはわからない。でも、それ以外に今できることはない。梯子を登ろうとしたところで足を引っ張られて地面に叩きつけられた。


「何してるんだ?」


 そこには仕事に行ったはずの同僚二人がいた。


「お前ら」


「何してるんだってきいてるんだ」


 ここで変な言い訳をしても意味はないと感じた。


「僕は紫藤あかりさんに会いにいく。革命をやめさせるために。確かに若者が辛くて自殺する人が多いのも事実だ。でも、老人たちの命を奪っていい理由にはならないはずだ」


「そんなことは分かっているよ。でも、それを差し置いても俺たちの時代は終わってるんだ」


「それでも・・・」


「もう年寄りのご機嫌を伺う時代は終わったんだ」


「どうしても俺たちに我慢を強いるならお前も敵だ。今まで辛いことを強いてきたあの年寄り達の仲間だ」


 僕は二人に襲われた。これが国の、時代の力なのか。いや、今まで辛い思いをしてきた反動なのだろう。それだけ若者の中に不満が募り、苦労を強いられてきていたということだ。


 結局ダメなのか。どれだけ死力を尽くしたところで人の考えは変わらない。きっかけを変えない限り未来を変えることはできない。お願いです。神様どうか僕に後一度だけチャンスを下さい。そう願いながら、意識を手放した。


「どうだった今日学校は?」


「普通だよ。講義もそんなにないし」


「そろそろ就活だったよな? おじいちゃんの若い頃はな・・・」


「おじいちゃんもういいよ。その話は三回目」


「そうだったかな。ハッハッハ」


 可愛い孫の顔。幸せな生活。本来の僕が辿るべき穏やかな生活。そんな日常の中で僕は覚醒した。いや、思い出した。今までに体験した記憶。悲劇が待つ未来の光景。今日の日付はXX年XX月XX日。間違いない。


「なあ、紫藤えいなって知ってるか?」


「え? おじいちゃんからそんな名前が出るなんて意外。Youtuberの紫藤えいなさんだよね。もちろん知ってるよ。そういえば、明日からバカンスに行くって動画あげてたな」


「そうか。ありがとうな」


「どうしたの?」


「ううん。なんでもないよ。ただ、おじいちゃんはこの時の為に生きてきたんだなって」


「どういうこと?」


「僕は未来を変えるために今ここにいる」


「どこかで頭でも打ったの?」


「大丈夫だよ。志麻ちゃん。健ちゃん。僕が必ず幸せにする」


「どうしたのおじいちゃん。どこ行くの?」


 僕は車に乗って走り出した。目的地は覚えている。あの一室で調べた時に目にした。ここからそんなに遠くはない。ナビに従って車を走らせた。全てのきっかけとなった最悪の事故が起きたあの場所へ。


 事故が起きたのは十二時ごろだったはず。少し飛ばそう。そう思いアクセルを踏み込む。それが間違いだった。交差点から左折するために少し頭を出した車と衝突してしまった。昔ならブレーキが間に合っていたと思うが間に合わなかった。すごい衝撃が体を襲った。何分経っただろうか意識を取り戻して痛む体を引きずって車の外に出る。


「大丈夫ですか?」


 衝突した車を覗き込むと衝撃の光景が目に入った。記事で目にした顔と全く同じ人が車の中で血を流していた。


「え?」


 その瞬間頭の中にあの動画がフラッシュバックした。


「私たちの幸せを奪った老害を絶対に許さない」


 力なくその場に倒れ込んだ。


 僕が今までやってきたことは無駄だったのか。なんのために僕はここまで頑張ってきたんだ。いつの間にか目からは涙が溢れていた。


「ごめん。未来は変えられなかった」


 パトカーのサイレン音が近づいてくる。僕は絶望と共に意識を手放した。


 全ての記憶を持ったまま僕は目覚めた。僕として。


 僕はこれからどうするべきなのか。確定していない未来を変えるために何ができるのか。


 他人の顔を伺っていても何も変わらない。ネットで何を愚痴っても意味がない。本当の意味で未来を変える力。行動する力。


 この経験を経て僕がどう行動するのかを神様は見てみたいのだろう。


 その第一歩として選挙に行こうと思う。


 皆さんも選挙にいきましょう。皆さんが選挙に行ったと言う事実は必ず未来を良い方向に変えるはずです。何もしなければ本当に何も変わりません。意味がないと思う前にまずは行動してみましょう。


 口と手で愚痴ってばかり。その足は動かないんですか?

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