消えし記憶、忘れし想い
その日、私は夢を見た
目の前に、誰かが居た
誰なのかわからなかった
だが、私はその人物に向かって楽しそうに会話してた
誰なのか、わからない
誰なのか、思い出せない
だが…
心なしか、懐かしい
「・・・」
私はそこで目を覚ます、まだ空は橙色だった
「んっ、ふぅ〜…」
後ろで声がした
「…ライト、起きたのか」
妹の一人が欠伸をした
「おはよ〜、んぅ…突っ立ってどうしたの?」
「いや、ただ早く起きすぎてね。しばらく散歩でも
してくるよ」
「はぁい」
私はそこらを歩いていた
「…ん」
途中である人物を見かける
「…叡智」
「ん、エニグマ。こんな早くにどうしたんだ?」
「ただの早起きだ。そっちはどうしてだ?」
「朝早くからの仕事だよ」
「そうか」
叡智、私とほぼ同じ姿をした騒霊
「…やっぱり、今日もやったのか?」
「何を?」
「とぼけるな、お前のことだ。妹にセクハラたっぷりしたんだろ?」
「セクハラだなんて勘違いしないでほしいな
あれはスキンシップだ」
「どうだかな」
私は叡智の言葉に頬を緩ます、こいつの妹に対する愛は全世界最強なのだから
「…仕事っていうのは、やっぱり音楽か?」
「そうだよ、今回は遠出するから早めにね」
「へぇ」
「よかったら、来る?」
「…構わないのなら」
私は叡智について行った
「・・・さて、言われた通りならここら辺のはずなんだが」
「ここら辺?」
「あぁ、ここらに小さな村があるはずなんだ」
「村?」
私は叡智とともに辺りを見回す
「・・・お、あれじゃないか?」
「…あれだな、そう遠くはない。行こう」
私達は村に向かって走った
「…なぁ」
「ん?」
「村にしては…人が居なさ過ぎないか?
完全に無人ってわけではなさそうだがな」
「私も貴方と同意見だ」
村を散策していると、ここの住人と思しき者を見つける
「…あの」
「な、何だ?」
「私はこの村に呼ばれた遠い場所に住む演奏家です。
失礼ながら、村の住人が少ないと思いましてね。
何かありましたか?」
「・・・」
ゆっくり村人の口から言葉が放たれる
「…攫われたんだ」
「…攫われた?」
「アダクトにみんな誘拐されちまった
残ってるのは一握りの住人だけだ」
村人は震えている
「アダクトって何だ?」
「アダクトは度々近くの村を襲っては村人を攫い
奴隷として死ぬまでこき使うやつらのことだ」
「…なるほど」
叡智は一呼吸置いた
「…叡智、まさかお前」
「別に、嫌ならついてこなくて良いよ」
「アンタ、アダクトのアジトに足を踏み入れる気なのか!?やめとけ!あいつらは強いんだぞ!」
「・・・」
叡智は村人の言葉に対し、しばらく黙ったあと
「・・・大丈夫ですよ、帰りに妹が待っているのです
私は仕事を終えて家に戻らなくてはいけない」
「…へ?」
「いえ、何でも。アダクトはどちらに?」
「確か…あっちだ」
村人は指さす
「よし、行くか。貴方は結局ついてくるの?」
叡智はそう私に問う
「・・・待っててもつまらないからな、一緒に行くよ」
「・・・・・っ、叡智」
「何だ?」
「見てみろ」
私達は茂みの中に身を隠しながらその先にある光景を見る
そこに居た人間達は、他の人間に力を振るい
無理やり仕事をさせていた
「・・・どう思う」
「…あそこがアジトで間違いなさそうだ、ほらあそこ」
叡智が指さす、私は目を凝らした
檻の中に人間が詰められている
「あれが攫われた村人だってのは間違いなさそうだ。
さて、叡智どうする?このまま正面突破か?」
「・・・いや、リスクが高すぎる。他の方法を…」
そこで言葉を止める叡智
「…ぐっ!?な、何するんだ…」
「シッ!静かに」
私の体を地面にめり込ませるかの勢いで体を伏せられる
視界に入ったのは逃げたと思しき人間
その直後、背後から飛んできた矢に頭を射抜かれ死んだ
「・・・」
叡智はその場を偵察し、考える
「…おい、あれ」
私の視界にデカい楼閣が入る
そこには人間が一人居た
「…どうやら、ここの頭領らしいな」
次に見たのは小屋に集まる人間達
「…よし」
叡智は小屋に向かって手を翳す
真剣な表情で唸り声をあげる
「・・・・フンっ!!」
そう叡智が踏ん張った瞬間、小屋が崩れた
おそらくだが、人間達は無事ではないだろう
「…あれが、騒霊としての、能力」
「次は…」
叡智は楼閣を支える柱に向かって手を翳す
「…ぐっ」
叡智の額から汗が流れる
「・・・・・・・ぐうっ!!」
声と共に手で物を握りしめる素振りをする
その後、楼閣の柱はヒビを入れ、轟音を発しながら崩れていった
楼閣の中に居た人間が間一髪で逃げ出した
「…混乱している今がチャンスだ、行くぞ」
「了解」
奴らの前に立ちはだかる私達
「・・・」
頭領は檻の中の人間を見て
「…奴らを始末しろ!!」
そう叫ぶ、その後一斉に奴らは矢を放つ
「叡智!」
「任せろ」
叡智は放たれた矢に手を翳す、すると矢はその場で止まった、叡智が腕を振ると矢は奴らの方へ吹き飛んでいく
「叡智、お前はあいつらを助けろ。私は目の前の奴らをやる」
「わかった」
二手に分かれる
「させるか!」
叡智に向かって矢を放とうとする
「お前達の相手は私だぜ!」
私はそいつの首を折った
私の前方から斧を持って襲いかかるアダクト
奴の懐に潜り思い切り腹をぶん殴る
頭を殴って斧を奪い、背後からくるアダクトの頭に
ぶっ刺した
「・・・」
ゆっくりこちらに近づいてくるアダクト
「…お前がここの頭領か」
奴は吹き飛んだ扉の残骸を手にした
「・・・?」
扉の残骸で私に殴りかかる
「…速いな」
軌道を読み、攻撃を躱す
やがて真上から振るわれる重い一撃
私はそれを受け止めた
「…ぐっ!?」
奴は私を蹴り飛ばし、さらに追撃をする
地に倒れた私はぐるりと躱し、すかさず奴の心臓辺りに深く手をめり込ませた
ごきり、という音がする
「・・・ふぅ」
辺りにまみれるアダクト
「…エニグマ!大丈夫か?」
叡智がこちらに駆け寄る
「あぁ、全員殲滅してやったぞ。そっちは?」
「みんな無事だ」
叡智の後ろには捕らわれていた人間達
「・・・・」
ギィィィィィ
「・・・!?エニグマ!後ろだ!!」
私の後ろに、血まみれのアダクトが今まさに矢を放とうとしていた
私は避けようと考えた、しかし矢は人間達にあたってしまうだろう
あぁ、もう間に合わない
「・・・・・・?」
矢に撃たれるのを覚悟した、しかし激痛はどこにも
ない
目の前に居たアダクトは、蹴り飛ばされていた
「…ライト、それにファントム。ついてきてたのか?」
「だって、姉さん帰りが遅いんだもん」
「だとしても…よく分かったね、ここに居るって」
「分かるよ、姉さんとは…繋がってるもの」
村に戻った私達
「おお…助けてくれてありがとうございます…ありがとうございます…命の恩人達よ…」
「いえいえ…私らはただの通りすがりの者ですよ」
叡智はこちらに振り返ると
「それじゃあ、あっちで依頼された仕事パパッと
済ませてくるよ」
「ああ、わかった」
早足で向こうに行った
私は改めて村を見回した
住人が戻った村は活気がわんさか溢れている
「・・・」
しかし、何故だろう
この拭いきれない既視感は
ずっと前からここを知っている気がする
何故かはわからない
「…そういえば、若干夢にも出てきたような?」
タッタッタッタッ
誰かがこちらに来る
「…誰?」
人混みを掻き分けながらこちらに来た人間
ふさふさとした口髭を生やしている
膝に手を置き深呼吸する
「・・・・会えた」
「…?」
「ようやく…会えた、私の…愛しい娘よ…」
「私が…お前の…娘?」
こいつは何を言っているんだ?
「誰かと勘違いしてるんじゃない?」
「私達に…親はいないもの」
妹達が人間に言う
「いいや…見間違えるわけがない。私の大事な娘を
誰かと勘違いするはずがない」
人間は私の肩を掴むと
「お、覚えていないのか?2年前のことを」
「2年…前?」
そう言われた私は、自分の記憶を探る
・・・あれ?
私はあの日人間に作られて…
それでそこから逃げて…
そのあと…妹を作って…?
あ・・・れ・・・?
どうして自分の記憶に違和感があるのだろう
必死に私は思い出す
「・・・ッ!」
もし、この人間が言ってることが本当なら
もし、今朝の夢が夢ではなかったとしたら
「…ぐっ…ぐうっ…!!」
「えっ、姉さん!?」
私は思わずその場から逃げるように去った
崩れていた記憶が次々に修復されていく
もしこの記憶が本当だとしたら…
私はあの日逃げ出した後、そこらを放浪していた
あてもなく、帰る場所もなく
その日は雨が降っていただろうか
冷たくなった私の前にあの人間がいた
人間は傘を私に差し出しこう言った
「・・・私の娘になるかい?」
私はあの村に連れてこられた
私が人間に作られたとも知らずに
みんな私を歓迎した
人間は私の手を握り、家へ連れて帰る
もちろん、最初は警戒心が高かった
何されるか、わからなかったから
…だが、人間は何もしなかった
ただ私を本当の娘のように扱った、それだけだった
私はすくなくともその人間だけには心を開いていた
だろう
本当の親子のように過ごしていたある日のことだった
私の目の前に奴らが現れた
私を回収しにきたとのこと
もちろん奴らに抵抗しようとした
その時だ
人間が奴らに突っ込んだ
そして放った言葉
「今のうちに逃げなさい!!」
表情は娘を敵から死ぬ気で守る父のような感じだった
その言葉を聞いた私はすぐさま逃げた
逃げてる途中、崖があった
その時の私は直前まで気づかなかったのだろう
慌てて道を変えるも足を捻りそのまま落ちた
下にあったのは川だった
川に落ちた私はそのまま流されていった
その時だろう、記憶を失ったのは
「・・・はぁ・・・はぁ」
どれだけあそこから走ったのだろう
「・・・」
何故か罪悪感が私を蝕んでいる
今まで忘れていたことに対する罪悪感が
「・・・うぐっ!?」
突如右足に激痛が走った、すぐさま確認する
「…棘?」
棘が私の足を貫通している
「…ギニャー」
聞こえた声、そこに居たのは尾に棘を生やした猫の
ような怪物
「先手をうたれたってことか、これは…まずいなぁ」
「ギシャー!!」
怪物が爪を剥き出し、こちらに走ってくる
「伏せろ!」
声が聞こえた、咄嗟に私は伏せた
「ギニャー!!」
怪物の苦しむ声、よく見ると額に矢が刺さっている
「姉さん!大丈夫?」
「あぁ…棘刺さっただけだよ」
そう言うと、私は足に刺さった棘を抜いた
「・・・」
妹達の奥には人間が居た、ボウガンをしまう
やがて白い布を取り出すと、私の患部に巻きつけた
「…よし、これでもう大丈夫だ」
「・・・」
私は気づけば人間を抱きしめていた
「おぉ、どうしたんだ?」
「ごめん…ごめんよ父さん。ずっと忘れてて
ごめんよ…」
「…私はお前が生きていたというだけで十分嬉しいよ
あの日からずっとお前の帰りを待っていた
そして今こうして会えた、父さんはとっても嬉しい」
・・・・おかえり、ライズ
「どこに行ってたんだ?探したぞ」
「悪い、少しな」
すっかり夜になっていた
「何かいつのまにか盛り上がってるが、祭りか?」
「そうらしい、私は家に戻るけどエニグマ達はどうする?」
「・・・もう少し、ここに居る」
「そうか、わかった」
叡智は帰路へ向かった
「…さて、父さん。こっちだっけ?」
「そうだよ、その先を行けば…私達の家だ」
「…ワン!」
歩を進め、家が見える。その前には黒い短毛の犬が
いた
「あ、ワンちゃんだ!うえっぷ!」
犬が勢いよくライトに突っかかり、顔を舐める
「…ブレイク、ただいま」
「ワン!!」
その後、私達は団欒をしていた
「お父さんっ、お父さんっ」
妹達もすっかり父さんに懐いたようだ
「はっはっは、娘が増えて父さん嬉しいよ」
父さんが妹達を撫でる、その光景を見た私は思った
これが家族、なのだと
これが幸せ、なのだと
窓の外で花火が上がる
良かった、私は誰かに愛されていたんだ
それを私が忘れていたんだ
愛を知らないわけじゃなかったんだ
「・・・ん」
翌朝、私はベッドで目を覚ます
隣には妹達が居る
「…角笛?」
外が何やら騒がしい、窓から外を覗く
住人達が焦った様子で武器を持ち右往左往していた
「…ふぁ〜、何の音?」
妹達が目を擦りながら起きる
「…何か緊急事態なのかもな、行ってみよう」
私は妹達を連れて外に出る
辺りは踏み散らかされた農作物でいっぱいだった
角笛の音を頼りにその場所へ向かう
村人達が武器を持って入口に居た
まるで何者かが入ってくるのを阻むようにだ
「父さん!」
「ライズか」
「何があったんだ?こんなに村が荒れてるじゃないか」
「…あれだ」
父さんは指をさす、その先には角笛を吹く人間
「…アダクトだ」
「・・・」
角笛を吹き続けるアダクト、やがて地面が微かに揺れる
「…!」
アダクトの後ろから大量のアダクトが現れ、こちらに向かってくる
「…アイツが頭領ってわけか」
頭領は吹くのをやめると、こちらに向かって指をさした。それとほぼ同時にアダクト達が走ってくる
アダクト達が門を踏み入れた瞬間
「…総員突撃!!何が何でも村を守りきれ!!」
その声の後のみんなの雄叫び
雨のように降り注ぐ矢
両軍が激突した
(…父さんは無事だろうか)
そう思いながらライズはアダクトを蹴散らしていく
(…いや、父さんは強い。心配する必要もないだろう)
アダクトの首を折り、投げ飛ばす
「…ぐっ!」
背中に走る激痛、背後に居たアダクトに背中を
斬られた
「いってぇだろうが!!」
アダクトの武器を奪い、心臓を穿つ
「・・・はぁ・・・ぐっ」
「…姉さん!」
ライトが彼女に駆け寄る
「大丈夫?」
「あぁ…背中やられただけ…」
喋る途中で目を見張るライズ
「ライト!気をつけろ!!」
「ふぐっ!?」
彼女の真横から獰猛な獅子が飛び出し、彼女を
吹き飛ばす
壁に打ちつけられたライトは吐血した
「…いっ…だいなぁ…!!」
「ガルルルルルルル…」
唸り声をあげ、獅子は再びライトに襲いかかる
横に回避した彼女は地面に落ちていた剣を拾い
獅子の脇腹に傷を入れ、蹴り飛ばす
「うぐぁぁぁぁぁ!!」
突如聞こえた叫び声にライズは振り返る
頭領が手を振る、すると地面から生えた蔓に村人達が捕らわれ、そのまま地面の中へ引きずり込まれていた
「…くっ、このままじゃやばいぞ!」
だが策を考える暇もない、頭領はライズの方を見ると
彼女に向かって蔓を生やし襲う
「くそ、捕まったら終わりだッ!」
次の攻撃の構えをする頭領
その時聞こえた銃声
飛んだ銃弾が頭領の右腕を負傷させる
「・・・・」
不味いと思ったのか、頭領は数人のアダクトを
連れて逃げる
「逃がすか!」
ライズは剣を手に取り、追いかけた
「…うぐっ!!」
村人の頭に矢が刺さる
アダクトは辺りに火をつけ村を燃やし始めた
「・・・」
ザクリ
「・・・!」
頭領は後ろを向く、そこにはアダクトを背後から
刺したライズの姿があった
すぐさまアダクトはクロスボウから矢を放つ
ライズは矢を剣で薙ぎ払い、高く舞ってアダクトの
頭を刺す
それを見た頭領、蔓を地面から生やす
ライズはその蔓を剣で切り刻んだ
「・・・・!」
横からアダクトが襲いかかる、斧を振りかざし
ライズの頭をかち割ろうとする
剣でその攻撃を受け止めると、腹部を蹴り
怯ませ、刺した
頭領は再び蔓を伸ばす、ライズはバックして躱し
背後にあった井戸の屋根に登る
「・・・・!!」
四方八方から蔓が襲いかかる
ライズは避けながら、それを足場にして頭領のもとへ
向かい…
「これで…終わりだ!!」
空高く飛び、頭領の脳天に剣を深く突き刺した
「・・・」
死体を蹴り飛ばすライズ、辺りの炎は燃やす物もなくなったのか、既に鎮火していた
「姉さん!」
ライズは妹達のところへ戻った
「…どうなった?」
「勝ったよ!あいつらみんな逃げてった!!」
「そうか、良かった」
ライズは傷だらけの妹の頬を優しく撫でる
ギギギギ・・・
何かが軋む音に、ライズは振り向く
背後にはクロスボウ、振り向いた瞬間
クロスボウに装着されていた矢がライズへと
飛ぶ
(不味い…当たる…!)
グサッ
「・・・。・・・・?」
彼女は自分の体を確認する、痛みはない
「…父…さん?」
彼がライズを抱きしめていた
よく見れば肩に矢が刺さっている
「…無事か?」
「…う…うん」
「…そうか、良かった」
力なくそう言った後、彼は地に倒れる
「父さん!!」
「…ライズ」
彼は彼女の頬に触れる、ライズはその手に軽く触れる
「・・・・父さんからのお願いだ
妹達と…幸せになるんだぞ」
それだけ言うと、目を閉じた
同時に腕の力が抜ける
「・・・父さん?」
動かぬ父をライズは揺らす
「…父さん、何でだよ?死んだっていうのかよ?
ふざけんなよ…矢で…死んじまうのかよ?」
冷たくなりかけている手を握る
「・・・何でっ…折角思い出せたのに…
折角会えたのに…こんなのアリかよ…」
いつのまにか、ライズ達はその村から姿を消していた
「・・・」
夜、ライズは妹達が眠ったのを確認した後
指を鳴らす
彼女の目の前に楽器が現れ、それを担ぐ
「・・・」
そこには人の声も妖の声も霊の声も何もない
だから彼女は音を奏でることにした
大勢の人に聞いてほしいわけじゃない
小さな小さな演奏会
彼女が楽器を弾くたびに空気が揺れ、草が踊る
無音というキャンパスに彼女は彩りを加える
「・・・父さん、私…騒霊の髪の毛から生まれたんだ
変なこと言ってるかもしれないけど、本当なんだ。
それでも…父さんは私を娘だと思ってくれる?」
彼女の問いに答えるかのように、風が吹く
「…それじゃあ、今から演奏するよ。
父さんだけに聞いてほしい、私の夜想曲を」
再び、彼女は音を奏でる
彼女の近くに本が落ちていた、風は本のページを
捲っていく
やがて止まったそのページに書かれていた言葉
辛うじて読めるほどインクが滲んでいる
"大好きな父さんを埋めました"