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隻眼の呪師  作者: 喜世谷猿
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開眼


「おい!片目野郎!」


「気持ち悪いんだよ!近づくな!」


今日も石を投げられた。


特に近づいた訳でもないが、彼らの視界に入れば石を投げられる



僕には片目が無い。無いわけでは無いが、普通の人よりも眼球が小さく、右眼の方が窪んでいて瞼を開ける事ができない。


そのアンバランスな眼の様子が人に不快な気持ちをさせるみたいなので、僕は眼帯をつけて右眼を隠している。


みんなに不快な想いをさせないよう気をつけているのに今日も石を投げられる。


そんな生活が、ずっと続いている。


小学校はろくに友達もできず、中学校生活も二年の夏休み前だが今だに僕は独りだ。


「学校なんて無くなればいいのに」


1人呟いて、投げられた石を河原へ思いっきり蹴り飛ばした。


「いたっ!」


石が人に当たってしまった。


咄嗟に「ごめんなさい!」と叫んで、その場に固まってしまう。


ガサガサ草むらが動く音がする。石を当てた相手がこちらに向かってくるようだ。


僕は怖くて俯いていた。あぁ、なんて散々な日なんだろうとふと考えが巡る。


僕は黙って石をぶつけられ、その石にぶつける事ができない憤りをぶつけたら、他の誰かの怒りを買ってしまう。


石をぶつけた相手に申し訳ない気持ちと毎日のやるせなさに無力感を感じ、ただただうつむいていた。


ザ、ザ、


俯いていた視界の先にに、石をぶつけた相手の足元が入る。


袴?


視線をあげる。


そこには、珍しく袴を着たお爺さんが立っていた。お爺さんは、頭は綺麗に禿げていたが、立派な白髭を蓄えていた。


不意に肩を叩かれた。


「石を蹴ったのはお主か」


お爺さんは、どこか優しさを感じさせる声だった。


「ご、ごめんなさい。」



なんでこんな所にこんな仙人みたいな人がいるのかと混乱したが、自分の過失を想い出し、再び謝る。


「ごめんなさい。石を蹴ったのは僕です。」


「そうか。」


お爺さんはそう言うと黙った。


怒っているのかどうか分からないが、まじまじと僕を見ている。


相手の感情が読めないのは、これほど怖いのかと冷や汗をかいていた。相手の意図が読めないので、ただただ黙るしかない。


すごく時の流れが遅く感じた。


多分、数秒くらいだと思うけど。


お爺さんは再び話す。


「目を怪我しているのか。」


返答に困った。混乱しているからもあるが、目の事を言う事に抵抗を感じた。


ただ一言


「怪我ではありません。」と答えた。


お爺さんは、優しく僕の右側の額に触れた。医者が検診するような手つきで僕の顔の右側を上から下に触れていく。


手はシワシワで乾燥していたが、不思議と心地良かった。


「そうか」と呟いた。


「その眼は生まれつきか。」


「はい。胎児の時にへその緒が絡まって圧迫したみたいです。」


普段は誰も眼の事を聞きたがらない。


黙って聞いてくれるお爺さんに安心したのか、沈黙に耐えられないからか分からないが、つい話してしまう。


「僕は、出産の時にへその緒が絡まってしまって仮死状態みたいだったんです。なんとか蘇生できたのですが、お医者様から脳に重度の障害が残ってしまうかもしれないと母は言われたようです。」


「母さんは、障害が眼だけでよかったと言ってくれるのですが、、、」


お爺さんの雰囲気に呑まれ、そのまま本音が出てしまう。


「もう生きるのが、辛いです。」


自然と涙が溢れた。悲しいのか、悔しいのか分からない。こんな孤独な毎日に疲れたのは事実だ。


母さんを心配させたくない僕はずっと孤独である事を黙っていた。


初めて本音を打ち明けた。


お爺さんは、少し考えるような間の後に、驚く事を言った。


「右眼を治したいか。」


僕の思考は様々な想いが駆けめぐり、出てきた言葉は


「そんなのできないよ。」


諦めの言葉だった。


「この病気は治らない。」とたくさんの医者達から診察を受けている。もちろん、眼科で有名な病院でも診てもらった。


母さんは様々な治療を僕に受けさせてくれた。


だけど、僕の眼は一向に治らなかったのだ。


だけど、初対面のこの人には、言葉にできない安心感、信頼できる何かを感じていた。


仙人の不思議な力で治してくれるんじゃないかと期待させてくれる何かがあった。


「治ると信じれば治る。」


とお爺さんは答えた。


治るって考えた事もなかった。一生僕は片目が見えない事を覚悟していた。


急に訳が分からなくなってしまった。


コミュ障の僕にはあまりにも情報量が多かったのだ。


このお爺さんが嘘をついているように思えないが、今さら治るとも信じられない。


そして、治るのが本当だとしても、うちにそんな高額な医療費を払う余裕は無い。


母さんは朝早くから夜遅くまで働きづめだ。これ以上負担はかけられない。


だからこの人には悪いが、やっぱり丁重に断る事にした。


「あ、ありがとうございます。でもうちは貧乏でお金が無いんです。」とだけ、答えた。


お爺さんは答えた。


「大丈夫、金の事は心配ない。」


「それよりも眼が治ったら、どうしたいか教えてくれないか。」


「眼が治ったら、、、」


また考えた事もない問いだった。


正確には治療を諦めた時に、その願いも深く僕の心の奥底にしまい込んだのだ。


眼が治ったらどうしよう。


胸の中の重みが少し軽くなった事を感じた。


自然と口から出た言葉は。


「と、ともだちが欲しい!」


僕には、これ以上ない切実な願いだった。


「なるほど。」


お爺さんは慈愛の満ちた笑顔で受け入れてくれた。


「もう一度聞くが、眼は治したいか。」


「治したいです!」


この眼を治して、孤独な毎日から抜け出したい。僕の胸は久々に火照っていた。


「よろしい。その気持ちだ。」


「では、治すにあたり3つ、わしと約束をしよう。」


お坊さんの急な条件に身構えてしまう。


「一つ目は、人を助ける事。」


「二つ目は、人を許す事。」


「三つ目は、自分に正直である事。」



「どうだ。守れるかな。」


すごく簡単な約束だと思った。


「はい。分かりました。」と返事をする。



「よしっ」


「君はきっと、たくさんの友に恵まれる。君は誰よりも傷を負ってきた。その傷は君の強さだ。君は誰よりも強い。これからはたくさんの友を守りなさい。」


「はい。」


今はまだ、自分の強さを信じられない。友達なんていない。自信もない。だけど、僕はお爺さんとのこの約束を一所懸命に守ると固く決心をした。


お爺さんは合掌をしてお辞儀をした。目に溜まった涙を隠すように僕もお爺さんと同じようにお辞儀をした。


そしてお爺さんの両手が僕の右側の眼を眼帯越しに覆った。


「では、お主の眼に力を戻していく。」


その時だった。右眼の暗闇パァっと明るくなり、熱くなるのを感じた。


そのまま、僕はフラッシュを浴びたかのように目の前が数秒間真っ白になった。視界が戻る頃にはお爺さんは姿を消していた。


「なんだったんだ。」


狐につままれるってこんな感じなのかなと習ったばかりの慣用句を思い出した。


ほんとに仙人だったんじゃないか。


はっと我に返ると右眼の見え方に違和感を覚えた。


眼帯の隙間に光を感じる。


あまりにも大きな期待にワクワクを抑えられない



ワナワナ震える手でゆっくりと眼帯に手をかけ、一気に剥ぎ取り、右眼を見開いた。


眩しいくらいの黄金の矢が眼に飛び込んできた。右眼から真っ白な光を感じる。それは徐々に風景の輪郭をなしていった。


「み、見える!!」


生まれて初めて見た、両眼の視界。


まるでそれは別世界だった。人の見る視界はこんなにも広かったのか!驚きと興奮で言葉がでない。


これなら投げられた石を避けられる!


そもそも石を投げられる事もない!



僕は身の丈に合った万能感に酔いしれた。


目が見える。早く鏡を見たい。


はやる気持ちを抑えられず、今まで出した事もない全力の全力ダッシュで急いで家に帰った。


「た、ただいま!ハァハァ」


誰もいない部屋に自分の声だけが木霊した。


息切れ混じりだが、自分の威勢の良い声に少し驚いた。


靴を投げ捨て洗面所に直行する。ドタドタ


鏡を見た僕の思考は一瞬止まった。



「え。」


右眼はこの世で見たこともないほど、鮮やかな紅い色をしていた。


「何だ。。。この眼は」


僕は外国人の眼を移植されたのか?そもそも紅い眼の人間なんているのか?


あの出来事をよく思い返せずにいる。


この眼はこの眼で、また注目されてしまう。


さらに、この眼の事を人に説明できない。


「母さんにどう説明すればいい。」



途方に暮れた僕は、自分の部屋に戻る。


いつも通り、また新しい眼帯を取り出して右眼を隠す。


「何で普通の眼に治してくれなかったんだ。」


一生の恩人に対して、早くも悪態をつく自分に気付き反省する。


右眼が治っただけ、素晴らしい事じゃないか。


僕は今日この日から、生まれ変わったんだ。


もう僕は見えるんだ。いじめられる側でなく、守る側として強く生きるんだ!


お坊さんと約束したじゃないか!!


鏡の自分にそう問いかける。


鏡に写るいつもの自分は、心無しか自信を取り戻したように見えた。


だが、僕はまだこの右眼の秘密を知らなかった。

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